核危機に直面する世界 使わせない仕組み今こそ(2024年4月28日『毎日新聞』-「社説」)

キャプチャ
軍縮・不拡散をテーマとした国連安全保障理事会閣僚級会合に出席した上川陽子外相=米ニューヨークで2024年3月18日(外務省提供)
 
 「核の危機」が世界に差し迫っている。一歩間違えれば人類の破滅につながる深刻な事態だ。惨劇を回避する道を探る必要がある。
 ロシアが核兵器を使用するのではないか。米国が身構える局面があった。2022年秋のことだ。
 ウクライナ軍が南部の要衝を奪還し、ロシアの支配下にあるクリミア半島に迫ろうとしていた。プーチン露大統領は「領土が脅かされれば、あらゆる兵器を使う」と警告した。その後、東・南部4州の併合を一方的に宣言すると、「広島、長崎」に言及して核使用をほのめかした。
 事態を憂慮したバイデン米大統領は「(1962年の米ソ)キューバ危機以来の核の脅威に直面している」と警鐘を鳴らし、中国やインドに働き掛けを求めた。同調した中印首脳が「核使用」に反対する態度を明確にすると、プーチン氏は「核の脅し」をトーンダウンさせていった――。
「確率50%」に走る緊張
 緊迫の経過を明らかにしたコリン・カール前米国防次官は「核使用の恐れは五分五分と考えていた。水面下で『核を使えば、米国の死活的な利益を損なう』とロシアに警告した。中印首脳による使用反対の表明は緊張緩和の一つの要因になった」と振り返っている。
 プーチン氏が核のボタンに手を掛けようとしていたとすれば、背筋が凍る。
 「核の危機」はウクライナに限らない。火種は世界に散らばる。
 米国は核抑止を最優先に戦力強化を図る。中国は米国を標的とする核弾頭の増産を急ぐ。北朝鮮は韓国に敵対姿勢を示して弾頭小型化に取り組む。インドとパキスタンも核の備蓄を増やしている。
 中東では、事実上の核保有国であるイスラエルと核開発を進めるイランが報復合戦を繰り広げた。
 核軍拡が激しさを増す一方で、核軍縮の動きは止まっている。
 米露間の新戦略兵器削減条約(新START)交渉はウクライナ侵攻を機に途絶えた。国際的な軍備管理の枠組みである核拡散防止条約(NPT)の加盟国による会議は決裂を繰り返し、「核の秩序」は大きく揺らいでいる。
 このままでは核戦争の瀬戸際に追いやられるという危機感が国際社会に募る。歯止めをかけるために知恵を絞る必要がある。
 まず、目の前に迫る核の使用をどう防ぐかだ。
 軍拡の背景には根深い相互不信がある。相手の核攻撃を警戒するあまり過剰な軍備増強を図り、それが新たな不信を招いている。
 先行するロシアに対抗して米国が核配備を増強すると、これを脅威に感じた中国が核戦力を強化する――。疑心暗鬼が生む軍拡とは、およそこういう構図だろう。
 「負の連鎖」を断ち切るには、対話が欠かせない。意思疎通を続けることで、誤解が生じるリスクは少なくなるはずだ。
 NPTの下で続く核保有5カ国の実務者協議はその土台になる。各国の指導者の考えを共有することは、何より重要だ。衝突を避ける道筋を描くことができる。
米中露の対話も視野に
 米国はウクライナでの「核の危機」のような状況がアジアで起きることを警戒している。想定するのは台湾を巡る中国との紛争だ。
 核戦略を議題とする米中協議の枠組みはあるが、軍縮交渉に中国は否定的だ。核システムに対するサイバー攻撃核兵器への人工知能(AI)搭載など共通の懸念から対話を始める選択肢もある。
 米中露の協議も視野に入れるべきだ。ロシアが警戒する米国のミサイル防衛や、米国が中露に後れを取る極超音速兵器を議題にすれば、交渉の機運も高まるだろう。
 過去には、核戦争の危機に直面しながら、それを乗り越えて軍縮に進んだ例がある。
 キューバ危機では、水面下で粘り強い交渉を続け、難局を打開した。その教訓は部分的核実験禁止条約に結実した。
 87年に締結された中距離核戦力(INF)全廃条約の交渉では、米国がソ連に「交渉か配備か」を迫り、外交決着に導いた。
 学ぶべきは、当時の指導者たちが発揮した強いリーダーシップだ。不信が渦巻く今こそ、各国首脳が事あるごとに核不使用の決意を表明すれば、世界の不安を和らげるメッセージになるだろう。
 唯一の戦争被爆国として日本が担う役割は大きい。核使用に反対するだけでなく、核廃絶の歩みを前進させる努力が求められる。