大谷選手の通訳 ギャンブルに関する社説・コラム(2024年3月27日)

大谷選手が声明 一刻も早い真相解明を望む(2024年3月27日『河北新報』-「社説」)


 「思った以上に踏み込んだ内容で納得した。霧が晴れた」「肝心な部分にはなお疑問が残った」。受け止め方はさまざまだろう。

 声明を読み上げ、質疑応答に応じない形になったのは残念だが、本人が自らの立場を説明したことは、シーズンの本格開幕を前に、ひとまず事態を落ち着かせたいとの狙いもあっただろう。

 真相は、調べを始めたとされる捜査当局や日本の国税庁に当たる内国歳入庁、米大リーグ機構(MLB)の捜査、調査の結果を待つしかない。

 米大リーグ、ドジャース大谷翔平選手(29)=岩手・花巻東高出=がロサンゼルスのドジャースタジアムで25日、通訳を務めた水原一平氏(39)の違法賭博の疑いに関して初めて報道陣に対応し、胴元への送金や賭博についての自身の関与を否定した。

 米メディアによると、水原氏は違法ブックメーカー(賭け屋)に借金があり、大谷選手の口座から少なくとも450万ドル(約6億8000万円)が送金されたとされる。

 臆測や混乱を生んだのは、水原氏が米メディアの取材に対して当初、大谷選手が借金の肩代わりをし、送金してくれたと説明した後、一転して撤回したためである。

 大谷選手がどこまで事態を把握し、関与していたのかが大きな焦点となった。違法賭博の債務と認識した上で胴元への送金に関わっていた場合は、罪に問われる可能性もあるとされるからだ。

 25日の報道対応で大谷選手は「僕自身が何かに賭けたり、送金を依頼したりしたことはない。彼(水原氏)が僕の口座から金を盗んでみんなにうそをついた」と述べ、関与を否定。水原氏の違法賭博疑惑や巨額の借金を知ったのは、20日にソウルで行われた開幕戦後だったと説明した。

 疑問が残ったままなのは、水原氏がどうして大谷選手の口座から送金できたかということだ。大谷選手は、開幕戦後のホテルで水原氏から「勝手に口座にアクセスしてブックメーカーに送金していた」と伝えられたと話したが、声明ではその具体的な手段について言及はなかった。

 捜査との絡みで明らかにしにくいのだろうが、大谷選手側の「大規模な窃盗」「詐欺」という主張の根拠となる核心部分だ。真相を解明する上で、大きな鍵となる。

 大谷選手は、ドジャースと10年総額7億ドルというスポーツ史上最高額の契約を結んだ。MLBでは違法なブックメーカーと賭けをしたり、関与したりした選手や審判員は、コミッショナー判断による処分対象となる。大谷選手が完全なる被害者であったとしても、脇が甘かったとの指摘は受ける必要があろう。

 大谷選手の活躍は日米の野球ファンにとどまらず、多くの人に喜びと活力を与える。捜査当局などによる早期の真相解明を望みたい。

 

大谷選手の通訳 ギャンブル依存の怖さ示した(2024年3月27日『読売新聞』-「社説」)

 

 世界最高の野球選手と歩みを共にしてきた盟友の違法賭博疑惑に、衝撃を受けた人は多かろう。真相を究明し、心からプレーを楽しめる環境を取り戻してほしい。

 米大リーグ・ドジャース大谷翔平選手の通訳を務めていた水原一平氏に違法賭博疑惑が浮上し、球団から解雇された。水原氏は、大谷選手から巨額の資金を盗んだ疑いも持たれている。

 疑惑は、韓国で行われた開幕戦の後に判明した。ドジャースに移籍した大谷選手が、今季どれだけ活躍するかと胸を躍らせていたファンに冷や水を浴びせる格好となったのは、極めて残念である。

 事実関係は不明確な点が多い。米メディアによると、大谷選手の銀行口座から賭け業者側に少なくとも450万ドル(約6億8000万円)が送金されたという。

 水原氏は当初、賭博でつくった借金の肩代わりを大谷選手に頼んだと釈明したが、翌日になって「大谷選手は何も知らなかった」と前言を翻したとされる。

 このため大谷選手にも疑惑の目が向けられ、本人が日本時間26日、報道陣に経緯を説明した。

 大谷選手は「水原氏が僕の口座からお金を盗み、周りの人にウソをついていた」と述べ、自身の賭博への関与を否定した。記者の質問は受け付けなかった。

 すでに米大リーグ機構などが調査に乗り出している。大谷選手の説明の通りなら、水原氏はなぜ大谷選手の口座に無断でアクセスできたのかという問題が残る。真相を見極めるには、もう少し調査の進展を待たねばなるまい。

 水原氏は、大谷選手が所属していた北海道日本ハムファイターズ時代からの同僚で、通訳だけでなく、キャッチボールの相手や球場への送迎役まで務めていた。

 今回、「自分はギャンブル依存症だ」と告白したという。米国では多くの州でスポーツ賭博が合法とされ、スマートフォンでも気軽に賭けられるため、依存のリスクが高まっているとされる。

 日本でも2年前、経済産業省がスポーツ賭博の解禁に向けた素案をまとめた。スポーツ産業の振興が狙いだとされたが、今回の疑惑は、ギャンブル依存の怖さとともに、安易な導入論がいかに危険かを示したと言えよう。

 大阪府では、カジノを中核とした統合型リゾート(IR)の開業計画が進んでいる。水原氏のように巨額の借金を背負い、人生を棒に振る人々を新たに生み出さないか。疑念は強まるばかりだ。

 

大谷の釈明声明 言葉を信じて見守りたい(2024年3月27日『産経新聞』-「主張」)

水原一平氏の違法賭博問題に関して、硬い表情で記者対応するドジャース大谷翔平選手(Sportsnet LA/Los Angeles Dodgers提供・共同)

 大リーグにおける大谷翔平の投打にわたる活躍は多くの日本人にとって朝の活力の源泉だった。「快投乱麻」で強打者をねじ伏せ、驚異的飛距離の本塁打を量産してきた。

 「勝ったね」「今日も打ったね」で始まる朝の会話は、その日一日を明るくした。もちろん、大谷にも野球にも興味がない人はいるだろうが、彼に嫌悪感を抱く人はそう多くあるまい。

 日本人のみならず、全野球少年の憧れの的となった大谷が、事もあろうにプロスポーツ選手としては致命的な違法賭博問題への関与を問われた。日米を中心にメディアの大きな関心事となったのは当然である。

 そして大谷は、自ら登壇して声明を発表した。賭博やブックメーカーへの送金における関与を明確に否定し、賭博による多額の借金を大谷の口座から送金したとされる元専属通訳、水原一平氏の虚偽の弁明の数々を、時系列を追って説明した。

 そこに矛盾はなく、質疑の応答こそなかったものの、表情や態度は、従来の大谷の良好な印象を覆すものではなかった。素顔をさらして臨む会見は、往々にして噓を許さない。

 疑えばきりはなく、米メディアにも「疑惑は晴れていない」といった厳しい論調はある。ただしこれ以上の真偽の追及は捜査当局に任せるしかなく、ファンは大谷の言葉を信じて応援を続けるのみだろう。

 救いは、大谷を知る大リーグの仲間たちが「大谷は野球に夢中だ」「彼が賭け事に熱中するはずがない」と口をそろえていることだ。そうした信頼は、大谷が過去のシーズンを通して真摯(しんし)に野球に取り組んできたことで得たものである。

 「警察当局に全面的に協力したい」と話した大谷が今後、本当に専心すべきは、バットを振り、手術した右ひじのリハビリに励んで一日も早いマウンドへの復帰を実現することだ。

 野球での活躍でファンを喜ばせることである。

 水原氏は通訳にとどまらず、練習や生活のパートナーとして極めて大きな存在だった。

大谷は「信頼していた方の過ちは悲しく、ショック」「気持ちを切り替えるのは難しい」とも語った。新天地ドジャースに移籍し、新妻とともに迎えるただでさえ難しいシーズンを、熱く静かに見守りたい。 

 

高い授業料、裏切られた大谷選手(2024年3月27日『産経新聞』-「産経抄」)

 
【MLBドジャースドジャース大谷翔平と水原一平通訳(左)=3月5日、グレンデール(撮影・蔵賢斗)

 人生において難しい作業の一つに、親疎の線引きがある。例えば、友人と知人の境界線をどうやって引いたものか。明快な答えを持ち合わせている人は少なかろう。『悪魔の辞典』の著者であるA・ビアスは、辛口の警句を残している。

▼「知人とは、金を借りるほどには親しいが、金を貸すほどには親しくない人のこと」。英語教育研究家である晴山陽一さんの訳を拝借した(『すごい言葉』文春新書)。身も蓋もない言い方をすれば、親しき仲に金銭の沙汰を持ち込むことなかれ―となるのかもしれない。

▼違法賭博で7億円近い負債を抱え、口座からの無断送金で穴を埋める。信を置いた元通訳の裏切りに遭い、胸の内は複雑だろう。「ショックという言葉が正しいと思えないほど言葉にするのも難しい」と吐露したドジャース大谷翔平選手である。

▼過日の入団会見で「翔平の親友」とまで評された元通訳は、どんな思いで信に背いたのか。「借金の肩代わりをしてもらった」と米メディアについた噓はスーパースターの致命傷になる恐れもあった。人として、越えてはならなかった一線である。

▼ともあれ、自身は違法賭博にも胴元への送金にも関与はないとする大谷選手の肉声に接し、正直なところ安堵(あんど)を覚えた。誰を近づけ誰を遠ざけるのか、親疎の線引きはかくも難しい。こと金銭がからめばなおのことである。あすはわが身と、構える人も多いのではないか。

▼大谷選手にとって、窃取された額の多寡が問題の本質でないことは分かっている。いるのだが、授業料と呼ぶにはあまりに高く、代償と呼ぶには残酷に過ぎよう。「夢」を届けてくれるその人を容赦なく北風にさらす野球の神様が、これほど恨みに思えることもない。