憲法に基づく平和主義を掲げる日本が、戦後初めて戦闘機の輸出に踏み出す。安全保障政策の大きな転換だ。にもかかわらず、根本的な問題が議論されていない。
政府は、英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機を直接、第三国に輸出できるようにすることを閣議決定した。武器輸出のルールを定めた「防衛装備移転三原則」の運用指針を緩和した。
日本は長年、武器輸出を厳しく制限してきた。海外の戦闘で日本の武器が使われれば、武力行使と一体化し、憲法9条に抵触しかねない。国際紛争を助長する恐れもある。
1967年には佐藤栄作首相が共産圏諸国、国連武器禁輸国、国際紛争当事国に武器輸出を認めない「武器輸出三原則」を表明した。その後、三木武夫首相が、実質的な全面禁輸へかじを切った。
なし崩しの拡大に懸念
抑制的な姿勢を転換したのは、安倍晋三政権である。2014年に「防衛装備移転三原則」と名称を改め、日本の安全保障に資する場合などに輸出を認める方針を打ち出した。
22年の国家安全保障戦略の改定で、岸田文雄政権は、防衛装備の輸出を「重要な政策的な手段」と位置づけた。
昨年末には、殺傷能力を持つ武器の完成品でも、ライセンス生産品であれば、製造許可を受けた相手国への輸出を認めた。自衛隊の地対空ミサイル「パトリオット」の米国への輸出が、第1号となった。武器輸出が急拡大している。今回、次期戦闘機が殺傷兵器の完成品の輸出容認リストに加わる形となる。
次期戦闘機は、自衛隊のF2が退役する35年ごろから、後継機として配備される。共同開発が決まった22年当時、日本からの輸出は想定されていなかった。
英国、イタリアと交渉するうち、調達コストを下げるため日本も輸出を求められた。足並みをそろえなければ、日本が戦闘機に要求する性能が十分に反映されない恐れがあるという。
コスト低減や交渉力保持のために、共同開発国の主張に合わせて武器輸出の重要な原則を曲げるのでは本末転倒だ。国の安全保障政策の根幹に関わる問題を、なし崩しで判断すべきではない。
政府は、輸出ルールに「歯止め策」を盛り込んだが、実効性に欠ける。
今回は次期戦闘機に限るが、将来、対象が広がる可能性がある。その都度、閣議決定し、運用指針を改定すれば済むからだ。
輸出先は武器の適正管理などを定めた協定を結ぶ国に限られる。現在は15カ国だが、今後、増える可能性がある。現に戦闘が行われている国には輸出しないというが、いつ紛争に巻き込まれるか分からない。
実際に輸出する際には、個別案件ごとに閣議決定をするというが、国会の関与がないままで、有効な歯止め策として機能するとは思えない。
国会で徹底した議論を
世界は、二つの大きな戦争のさなかにある。
国連安全保障理事会の常任理事国のロシアが、国際法を犯してウクライナに侵攻した。
パレスチナ自治区ガザ地区でのイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘は、深刻な人道危機を招いている。
国連は対応能力を欠き、米国は国際問題への関与を控える「内向き志向」を強めている。トランプ氏が米大統領に再登板すれば、「自国第一主義」に拍車がかかるのは確実だ。国際秩序は崩壊の危機にひんしている。
同盟国や同志国のネットワークを駆使して、安全保障体制の強化を図る国が増えている。米国との同盟を基軸とする日本も、新たな戦略が求められているのは確かだ。中国や台湾、北朝鮮を巡る東アジア情勢もにらみながら議論する必要がある。
岸田政権は、防衛費を23年度からの5年間で国内総生産(GDP)比で2%に倍増させ、総額43兆円に膨らませた。
しかし、防衛力の増強だけが突出し、どのような国際秩序を構築しようとしているのか、よく見えない。
憲法の精神を生かしながら、国際情勢の変化にどのように対応するのか。平和国家としてのあり方が問われている。国会で徹底的に議論すべきだ。
次期戦闘機輸出 平和国家の理念が遠のく(2024年3月27日『新潟日報』-「社説」)
極めて殺傷能力の高い戦闘機の輸出に、厳格な歯止めをかけたとは言えない。国会の議論を経ず、なし崩し的に拡大される武器輸出に、戦後、平和国家として歩んできた日本の国際的信用が損なわれることを深く憂慮する。
政府は26日、英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機の第三国輸出を解禁する方針を閣議決定した。これに基づき、国家安全保障会議(NSC)で、防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、要件を定めた。
昨年12月に、外国企業の許可を得て日本で製造するライセンス生産品などの輸出を解禁したのに続く、安保政策の転換だ。
このとき政府は2014年の三原則制定後、初めて殺傷能力を持つ武器である地対空誘導弾パトリオットの対米輸出を決めた。
パトリオットに次いで戦闘機という相次ぐ武器輸出の決定になる。憲法9条に基づいた専守防衛の理念の空洞化が、一層進むことが危惧される。
それなのに、国会に一切諮らず、自民党と公明党の与党協議だけで決めた手法は国民を軽視し、あまりにも不誠実だと言えよう。
共同通信社が今月実施した世論調査では、共同開発した次期戦闘機の他国への輸出について、「同盟国や友好国などに限定」が48%、「輸出は一切認めるべきでない」が45%と拮抗(きっこう)していた。
だからこそ国会で堂々と論議すべき問題のはずだ。
運用指針の改定では、現に戦闘が行われている国には輸出せず、輸出先を日本と「防衛装備品・技術移転協定」を締結した15カ国に限定した。個別案件ごとに閣議決定することも決めた。
自民は当初、戦闘機を含め幅広く国際共同開発品を輸出できるようにルールを見直す方針だった。これに対し、「平和の党」を掲げる公明が慎重姿勢を示し、歯止め策を要求していた。
しかし、輸出先では監視が行き届かず、国際法違反の攻撃に使用される可能性がある。
木原稔防衛相は「万一、侵略などに使われる場合、是正要求や部品移転の差し止めを含め厳正に対処する」と国会で答弁した。これでは、使用されることを前提としているようなものだ。
現に戦闘が行われていない国だとしても、いつ紛争当事国になるか分からない。
協定を結んだ15カ国の他にも複数と交渉中で、今後対象国が増えていくことも考えられる。
今回は次期戦闘機に限定したものの、将来の輸出品目の拡大が懸念される。その都度閣議決定をするとしても、国会が関与する仕組みがなくては、歯止めにならないことは明らかだ。
政府は、武器輸出を安易に拡大させず、国民が納得できる説明を尽くすべきだ。
戦闘機輸出解禁 なし崩しの拡大許されぬ(2024年3月27日『西日本新聞』-「社説」)
殺傷兵器の輸出がなし崩し的に拡大することを強く危惧する。決定過程、運用指針のいずれも納得できない。
政府は英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機について、第三国への輸出を解禁する方針を閣議決定した。防衛装備移転三原則の運用指針を見直し、要件を定めた。
昨年12月には地対空誘導弾パトリオットなど、日本企業が製造する兵器を開発国に輸出することを可能にした。これに続き、殺傷能力が高い戦闘機の輸出にも踏み出す。
重大な政策転換である。日本で製造された兵器が、他国で人の命を奪う恐れはないと断言できるだろうか。懸念する国民も多いのではないか。
政府は(1)第三国への輸出は次期戦闘機に限る(2)輸出先は防衛装備品・技術移転協定を結ぶ15カ国のみとする(3)現に戦闘が行われている国は除外する-と要件を設けた。輸出の際は個別案件ごとに閣議に諮ると説明している。
これが一定の歯止めとなり得るかは疑問だ。
自民党の小野寺五典元防衛相は、この先、輸出可能な国際共同開発品を生産したときは「新しい案件を追記していけばいいだけで何の制約もない」と話した。次期戦闘機だけでなく、いつでも追加できると言わんばかりだ。
輸出する時点で戦闘が行われていない国でも、将来に戦闘が起きる可能性はある。輸出先での戦闘機の運用を把握できる保証はない。
岸田文雄首相は閣議決定や与党協議で「厳格なプロセスを経る」と述べた。その言葉も今回の決定過程を見れば説得力を欠く。
自民、公明の与党協議は少人数の実務者による非公開の場で進められた。
英国、イタリアとの共同開発が決まった2022年当初は第三国への輸出を前提としていなかった。解禁に慎重だった公明党は徐々に容認へ転じた。「平和の党」を掲げるなら、より厳格な手続きを迫るべきではなかったか。
武器輸出は政府、与党の密室で決めることではない。自民党の渡海紀三朗政調会長は与党合意を受けて「国民の理解が深まった」と語ったが、何を根拠にした発言なのか理解できない。
これまで日本が殺傷兵器の輸出を禁じてきたのは、憲法の平和主義の下、国際紛争の助長に手を貸さないためだ。戦後貫いてきた姿勢は国際的な信頼を築いてきた。
その国の針路が変わりつつある。岸田政権発足以来、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有など、防衛政策の転換を閣議決定で済ませることが相次ぐ。安全保障環境が変化しているとはいえ、正常な政治の姿ではない。
何より、国民に開かれた国会での手続きが必要だ。先端兵器の開発、輸出拡大を経済成長に利用する風潮が強まることへの懸念もある。国民の代表者で議論を尽くす過程を避けてはならない。