落語の「抜け雀(すずめ)」の舞台は小田原の宿。あまり繁盛し…(2024年3月26日『東京新聞』-「筆洗」)

 落語の「抜け雀(すずめ)」の舞台は小田原の宿。あまり繁盛していない宿屋の主人が客を呼び止める触れ込みがおもしろい
▼「手前どもはこの小田原の宿で、一、二(大声で)…よりは下がります。三(やはり大声で)よりはやっぱり下がりますが、でも四よりは…下がるんで…」。高い評判を取っているのかと思って聞いていれば順位がどんどん下がっていく
▼貧しいながらも、正直な宿屋の主人の顔が浮かんでくるが、近ごろは怪しげな「1位」を宣伝し、消費者の目を欺く商売が後を絶たないらしい。商品やサービスに合理的な根拠のない「No.1」を表示する広告などに対し、消費者庁が実態調査に乗り出すそうだ
▼商品やサービスを実際に利用したかどうかを問わず、ウェブサイトの印象だけの調査で「満足度No.1」。そんなやり方もあるようで、でたらめな「No.1」がまかり通るのなら、消費者の不信度の方が「No.1」になるだろう
▼ねじ曲げたアンケート結果で「1位」を演出するリサーチ会社もあると聞く。根拠のない「No.1表示」はもちろん、景品表示法違反であり、消費者を混乱させるやり口を実態調査で封じたい
▼似た商品が並んでいれば根拠がなかろうと「No.1」の方に手を伸ばしたくなるのが人情か。よく分かるのだが、消費者の方も大声の「1位」をうかつに信用せず、むしろ警戒したい。
 

 古今亭志ん生の噺、「抜け雀」(ぬけすずめ)によると。

 

志ん生」 『土門拳の昭和』風貌 小学館より

 小田原宿に現れた若い男、色白で肥えているが、風体はというと、黒羽二重は日に焼けて赤羽二重。紋付も紋の白いところが真っ黒。誰も客引きはしないが、袖を引いたのが、夫婦二人だけの小さな旅籠の主人。男は悠然と「泊まってやる。内金に百両も預けておこうか」と言った。

 安心して案内すると、男は、おれは朝昼晩一升ずつ飲むと、宣言。その通り、七日の間、一日中大酒を食らって寝ているだけ。こうなるとそろそろ、かみさんが文句を言いだした。危ないから、ここらで内金の5両を入れてほしいと催促してこいと、気弱な亭主の尻をたたく。
 ところが男「金はない」、「だってあなた、百両預けようと言った」、「そうしたらいい気持ちだろうと」。男の商売は絵師。「抵当(かた)に絵を描いてやろうか」、「絵は嫌いですからイヤです」。新しい衝立(ついたて)に目を止めて「あれに描いてやろう」 それは、江戸の経師屋の職人が抵当に置いていったもの。「だめです。絵が描いていなければ売れるんです」。
 亭主をアゴで使って墨をすらせ、一気に描き上げた。
 「どうだ」、「へえ、何です?」、「おまえの眉の下にピカッと光っているのは何だ」、「目です」、「見えないならくり抜いて、銀紙でも張っとけ。雀が五羽描いてある。一羽一両だ」。これは抵当に置くだけで、帰りに寄って金を払うまで売ってはならないと言い置き、男は出発。

 とんだ客を泊めたと亭主にぼやくし、朝になっても機嫌悪く女房は起きない。亭主が二階の戸を開けると朝日が差し込み雀が鳴きながら外に出て行った。はて変だとヒョイと見ると、例の衝立が真っ白。外から先程の雀が戻ってきて何と絵の中に納まった。

 これが小田原宿中の評判を呼び、泊まり客がひっきりなしで、大忙し。
 それから絵の評判が高くなり、とうとう藩主・大久保加賀守まで現れて感嘆し、この絵を千両で買うとの仰せ。絵師が現れないと売れない。

 数日後、六十すぎの品のいい老人が泊まり、絵を見ると「さほど上手くは無い。描いたのは二十五、六の小太りの男であろう。心が定まらないから、この様な雀を描く。この雀はな、止まり木が描いていないから、自然に疲れて落ちて死ぬ」。
 嫌がる亭主に書き足してやろうと硯を持ってこさせ、さっと描いた。
 「あれは、何ですか」、「おまえの眉の下にピカッと光っているのは何だ?」、「目です」、「見えないならくり抜いて、銀紙でも張っとけ。これは鳥かごだ」なるほど、雀が飛んでくると、鳥かごに入り、止まり木にとまった。老人、「世話になったな」と行ってしまった。

 それからますます絵の評判が高くなり、また藩主・大久保加賀守が現れてこの絵を二千両で買うとの仰せ。亭主は律儀に、絵師が帰ってくるまで待ってくれと売らない。

 それからしばらくして、仙台平の袴に黒羽二重という立派な身なりの侍が「あー、許せ。一晩やっかいになるぞ」。見ると、あの時の絵師だから、亭主は慌てて下にも置かずにごちそう攻め。
 老人が鳥かごを描いていった次第を話すと、絵師は二階に上がり、衝立の前にひれ伏すと「いつもながらご壮健で。不幸の段、お許しください」聞いてみると、あの老人は絵師の父親。「あー、おれは親不孝をした」、「どうして?」、
「衝立を見ろ。我が親をかごかきにした」。