「心の機微」を知るはずの私がいともたやすくだまされました(2024年3月24日『新潟日報』-「日報抄」)

 人気漫画家の井出智香恵さんは驚いた。ハリウッドスターから交流サイト(SNS)経由でメッセージが届いたのだ。以前から、その俳優のSNSで「いいね」を頻繁に押すほど大ファンだった

▼夢中でメッセージをやりとりした。偽者かもと疑ったが、ビデオ通話の画面には俳優の顔が映し出された。画面越しに結婚の儀式もした。すると、金の無心が繰り返されるようになった

▼大量の黒い紙の保管を頼まれたこともあった。妙な液体に数枚を浸すとドル紙幣が現れた。しかし液体をさらに入手するためとして、さらに金を要求された。周囲から借金を重ね、大切な生原稿も売るなどして金を工面した

▼詐欺だと気づいた頃には先方に渡した額は計7500万円にもなっていた。今思えば、ビデオ通話で現れた映像は人工知能が本物そっくりに合成した「ディープフェイク」のようだった。悲劇を繰り返したくないと、井出さんが2022年に出版した本「毒の恋」には、事件の過程が赤裸々につづられている

▼恋愛感情を悪用したロマンス詐欺の被害が拡大している。20年には本県の女性から金をだまし取ったとして外国籍の男が逮捕された。最近は「2人の将来のため」などと投資名目で金を渡すよう迫る手口が目立つ

▼年齢にかかわらず、恋愛感情が絡むと人は平常心を失いがちになるようだ。男女の愛憎や嫁姑問題をテーマにした作品が多い井出さんは著書に記す。「心の機微」を知るはずの私がいともたやすくだまされました-