一面識もない相手に、そんな大金を注ぎ込むなんて-。交流サイト(SNS)詐欺に巻き込まれた人は世間の冷ややかな反応という〝二次被害〟にも苦悩する。ばかにされるのを恐れ、周囲に相談もできず、孤立しがちだ。経済的な被害だけでなく、心にも深い傷を負う。
2人で家を建てるための「共同作業」。兵庫県在住の女性(49)はそのフレーズに舞い上がった。4年前の11月、マッチングアプリに登録。そこで知り合った「ジャック」に、一度も会わぬまま1カ月で約570万円をだまし取られた。
夫と離婚し、働きながら12歳の長女を育てるシングルマザー。当時は新型コロナウイルス禍の真っただ中。身近な人がアプリで再婚相手を見つけたこともあり、淡い期待をもってアプリをダウンロードした。
翌月にマッチングしたのが《京都在住、ジャック・リー、34歳》。アプリ上のプロフィルによれば父は韓国人、母は日本人。自動車部品の輸出業を営み、年収は数千万円近くあると書いていた。
《母のようにしっかりとした日本の女性と出会って結婚し、日本に定住したい》
女性を呼ぶ時は「ベイビー」と甘いささやき
マッチングした次の日には、アプリ上ではなくラインでやり取りしようと誘われた。
昼になると《なにしてる?》とラインが来た。他愛のないやり取りは女性が寝るまで続いた。翻訳ソフトを使ったような拙い日本語だったが、女性を呼ぶのに「妻」「ベイビー」を多用。そして「『結婚』という言葉をとにかくよく使っていた」という。
ジャックは日常的に「自撮り写真」を送信してきた。自分の裸だという画像も送って寄こし、親密さをアピールしてきた。女性には《娘の写真を見せて》とリクエストし、家族のことも考えているようににおわせた。女性は対面で会うことを求めたが《すぐにでも会いたいが、コロナが明けたら》と言われていた。
ある日のライン。《結婚して2人で家を買おう》と持ちかけられ、そのための資金づくりとして投資を勧められた。指示されるまま投資アプリをダウンロード。最終的に500万円以上を入金した。
年が明けた1月、突然金を引き出せなくなった。ジャックに理由を尋ねると《サポートセンターに聞いたら?》。他人行儀な反応に、ようやく「詐欺だ」と気づいた。
手の平返しの「go to hell」
金を返してと詰め寄ったが《go to hell》(地獄に落ちろ)とひどいメッセージを送ってきたのを最後に音信は途絶えた。後から調べると、写真はベトナム人のインスタグラマー、免許証記載の住所はコンビニの所在地だった。
警察へ相談に行ったが「会ったこともない人に大金払って、何してるんですか」と当時は冷たくあしらわれた。
だまし取られたのは、亡き父が女性の長女のために残してくれた資金。以来「最低な母親だ」と自分を責める日々が続く。あれから3年以上たつが、傷は癒えず、ジャックを名乗った犯人が許せない。
「被害者の心の傷は深い。誹謗(ひぼう)中傷を受けずに気持ちを話し、情報交換ができる空間をつくりたかった」。女性と同様の被害に遭った長野県に住む会社員男性(43)は令和2年、ライン内のオープンチャットに「心と心の交流スペース」と名付けたロマンス詐欺被害者らのためのトークルームを立ち上げた。
現在30~50代を中心に100人台のメンバーが匿名で登録。男性は「生活に窮する被害者をメンタル的に少しでもサポートしたい。警察には捜査面で積極的に動いてほしい」と求める。
被害額は振り込めなど従来型詐欺の1・4倍に
主に40~50代の中年を狙ったSNS悪用型の詐欺が深刻化している。「うまい投資話」への勧誘と「恋愛感情」に乗じた金の無心の2パターンが典型で、古典的な手口ともいえるが、対面のやり取りがなく、ほぼSNS上で完結するのが特徴。こうした詐欺の被害は昨年、大阪で約49億円に上り、従来型特殊詐欺による約36億円を上回った。全国的にも同様の傾向があるとみられ、警察当局が警戒を強めている。
SNS悪用の2つの手口で詐欺被害全体(約130億円)の約4割を占め、1人あたりの平均被害額は1千万円超に及び、男女比は半々だった。
全国的な統計はないが、奈良県警や福井県警でも10億円以上の被害が確認され、警察庁の露木康浩長官も先月、SNSを使った非対面型の詐欺被害について「大きく増加しており、極めて憂慮すべき状況だ」と危機感を示している。
詐欺空間である可能性の認識を
被害者心理に詳しい日本大危機管理学部の木村敦教授(心理学)によれば、そもそもSNSのユーザーには、知らない人と知り合ってみたいというモチベーションが少なからずある。それが「詐欺の空間」として悪用されているという。
また一度でも金を払ってしまうと、費やした金や時間、労力を惜しみ、撤退しにくくなる「サンクコスト効果」が被害者側に生じる。木村氏は「SNSが詐欺のフィールドとなり、高齢者ではなくてもターゲットになり得るとユーザーの認識を変えていく必要がある」と指摘する。(藤木祥平、鈴木源也)