「ジャック・リー」にだまされて… ロマンス詐欺被害者に冷たい目 娘の500万円つぎこみ「最低の母」と自責(2024年3月4日『産経新聞』)

 
詐欺師の男からのライン(被害者女性提供、一部画像処理しています)

一面識もない相手に、そんな大金を注ぎ込むなんて-。交流サイト(SNS)詐欺に巻き込まれた人は世間の冷ややかな反応という〝二次被害〟にも苦悩する。ばかにされるのを恐れ、周囲に相談もできず、孤立しがちだ。経済的な被害だけでなく、心にも深い傷を負う。

2人で家を建てるための「共同作業」。兵庫県在住の女性(49)はそのフレーズに舞い上がった。4年前の11月、マッチングアプリに登録。そこで知り合った「ジャック」に、一度も会わぬまま1カ月で約570万円をだまし取られた。

夫と離婚し、働きながら12歳の長女を育てるシングルマザー。当時は新型コロナウイルス禍の真っただ中。身近な人がアプリで再婚相手を見つけたこともあり、淡い期待をもってアプリをダウンロードした。

翌月にマッチングしたのが《京都在住、ジャック・リー、34歳》。アプリ上のプロフィルによれば父は韓国人、母は日本人。自動車部品の輸出業を営み、年収は数千万円近くあると書いていた。

《母のようにしっかりとした日本の女性と出会って結婚し、日本に定住したい》

女性を呼ぶ時は「ベイビー」と甘いささやき

マッチングした次の日には、アプリ上ではなくラインでやり取りしようと誘われた。

昼になると《なにしてる?》とラインが来た。他愛のないやり取りは女性が寝るまで続いた。翻訳ソフトを使ったような拙い日本語だったが、女性を呼ぶのに「妻」「ベイビー」を多用。そして「『結婚』という言葉をとにかくよく使っていた」という。

ジャックは日常的に「自撮り写真」を送信してきた。自分の裸だという画像も送って寄こし、親密さをアピールしてきた。女性には《娘の写真を見せて》とリクエストし、家族のことも考えているようににおわせた。女性は対面で会うことを求めたが《すぐにでも会いたいが、コロナが明けたら》と言われていた。

ある日のライン。《結婚して2人で家を買おう》と持ちかけられ、そのための資金づくりとして投資を勧められた。指示されるまま投資アプリをダウンロード。最終的に500万円以上を入金した。

年が明けた1月、突然金を引き出せなくなった。ジャックに理由を尋ねると《サポートセンターに聞いたら?》。他人行儀な反応に、ようやく「詐欺だ」と気づいた。

手の平返しの「go to hell」

金を返してと詰め寄ったが《go to hell》(地獄に落ちろ)とひどいメッセージを送ってきたのを最後に音信は途絶えた。後から調べると、写真はベトナム人のインスタグラマー、免許証記載の住所はコンビニの所在地だった。

警察へ相談に行ったが「会ったこともない人に大金払って、何してるんですか」と当時は冷たくあしらわれた。

だまし取られたのは、亡き父が女性の長女のために残してくれた資金。以来「最低な母親だ」と自分を責める日々が続く。あれから3年以上たつが、傷は癒えず、ジャックを名乗った犯人が許せない。

「被害者の心の傷は深い。誹謗(ひぼう)中傷を受けずに気持ちを話し、情報交換ができる空間をつくりたかった」。女性と同様の被害に遭った長野県に住む会社員男性(43)は令和2年、ライン内のオープンチャットに「心と心の交流スペース」と名付けたロマンス詐欺被害者らのためのトークルームを立ち上げた。

現在30~50代を中心に100人台のメンバーが匿名で登録。男性は「生活に窮する被害者をメンタル的に少しでもサポートしたい。警察には捜査面で積極的に動いてほしい」と求める。

被害額は振り込めなど従来型詐欺の1・4倍に

主に40~50代の中年を狙ったSNS悪用型の詐欺が深刻化している。「うまい投資話」への勧誘と「恋愛感情」に乗じた金の無心の2パターンが典型で、古典的な手口ともいえるが、対面のやり取りがなく、ほぼSNS上で完結するのが特徴。こうした詐欺の被害は昨年、大阪で約49億円に上り、従来型特殊詐欺による約36億円を上回った。全国的にも同様の傾向があるとみられ、警察当局が警戒を強めている。

大阪府警は令和5年に認知した被害内容を分析。SNSを通じた投資詐欺は256件(被害総額約32億円)、SNS上で外国人を装って恋愛感情などを抱かせ、金をだまし取る国際ロマンス詐欺は163件(同約17億円)を確認し、親族や公務員をかたる振り込め・還付金詐欺といった従来型の特殊詐欺被害の約1・4倍に上った。

SNS悪用の2つの手口で詐欺被害全体(約130億円)の約4割を占め、1人あたりの平均被害額は1千万円超に及び、男女比は半々だった。

全国的な統計はないが、奈良県警福井県警でも10億円以上の被害が確認され、警察庁の露木康浩長官も先月、SNSを使った非対面型の詐欺被害について「大きく増加しており、極めて憂慮すべき状況だ」と危機感を示している。

詐欺空間である可能性の認識を

被害者心理に詳しい日本大危機管理学部の木村敦教授(心理学)によれば、そもそもSNSのユーザーには、知らない人と知り合ってみたいというモチベーションが少なからずある。それが「詐欺の空間」として悪用されているという。

自分に悪いことは起こらないだろうという「楽観バイアス」を逆手にとられ、「詐欺かもしれない」と最初は警戒していても次第に都合のよい情報だけを信じるように。国際ロマンス詐欺では「金がほしい」「困っている」といった犯人側の言葉に応じやすくなる。障害があった方が逆にそれを乗り越えようと気持ちが高まる「ロミオとジュリエット効果」が働くのだという。

また一度でも金を払ってしまうと、費やした金や時間、労力を惜しみ、撤退しにくくなる「サンクコスト効果」が被害者側に生じる。木村氏は「SNSが詐欺のフィールドとなり、高齢者ではなくてもターゲットになり得るとユーザーの認識を変えていく必要がある」と指摘する。(藤木祥平、鈴木源也)