医療(費)に関する社説・コラム(2024年12月16日)

バランスに細心の注意を/高額療養費 負担上限上げ(2024年12月16日『東奥日報』-「時論」)
 
 厚生労働省が公的医療保険の「高額療養費制度」の見直しを検討している。同制度は、患者が医療機関の窓口で支払う自己負担に1カ月当たりの上限額を設け、大きな手術などによる高額な医療費の負担に歯止めをかける仕組みだ。利用実績は2021年度で計6198万件、総額2兆8500億円に上る。
 例えば70歳未満で一般的な所得の人の場合、かかった医療費が高額であっても月8万~10万円程度の支払いで済むよう負担を和らげている。医療保険の加入者全体で「大きなリスク」に備えるセーフティーネットの役割を果たしており、国民皆保険の根幹をなしている。制度見直しには慎重さが求められる。
 見直し案は、上限額が所得に応じて70歳未満で5段階、70歳以上で6段階に区分されているのを細分化した上で、上限額を2.7~20%程度引き上げるとの内容だ。早ければ来年夏にも実施する。
 前回の見直しから9年が経過し、賃金は当時に比べ上昇している。上限額の引き上げ幅は賃金上昇に応じた水準に沿ったものとするとしており、経済環境の変化を織り込んだ見直しと言える。
 背景には近年がん治療薬などで極めて高額な薬剤が保険診療で使われるようになり、医療保険財政を圧迫している現状がある。保険料が上昇する要因となっている。物価高が続く中、とりわけ現役世代の保険料負担が過重となっており、負担軽減のためにも高額療養費の上限額引き上げはやむを得ないのではないか。
 また、政府は児童手当拡充など子育て支援策の強化に年3兆6千億円を充てる方針で、うち1兆1千億円は社会保障の歳出削減で賄う。高額療養費見直しはこの一環であり、避けては通れない。
 とはいえ、上限額をどれだけ引き上げるかには細心の注意が必要だ。低所得者への配慮は当然のことだが、中・高所得者に対してあまりに過剰な負担を求め過ぎると、強制加入である公的医療保険制度に対する納得感が失われる。特定の所得層に負担が偏らないようバランスを図り、きめ細かく対応すべきだ。
 厚労省に心を砕いてほしいのは、年金収入だけで暮らす高齢者への対応だ。仕事をリタイアして年金暮らしの人の多くは収入を増やす余地がなく、現役世代のように賃上げの恩恵は届かない。
 重要なのは、70歳以上に限って設けられた外来(通院)受診時の上限額の特例だ。この外来特例は月の上限額を1万8千円と定め、さらに年間で14万4千円、月平均1万2千円に収まるように設定されている。
 経済界は外来特例の廃止を求めているが、これには反対だ。厚労省の調査によると、一般的な所得の人では70~74歳の2割弱、75歳以上の3割弱が外来特例を利用している。廃止されたり上限額を大幅に引き上げられたりすると、困る高齢者が続出するのではないか。治療代が高額になるからといって受診を控える動きが出るのは好ましくない。重症化する人が多くなれば社会保障費はかえって膨張しかねない。
 公的医療保険制度の持続可能性を高めるためにも、ある程度の上限額引き上げは甘受せざるを得ないかもしれない。ただし、皆保険の果実を全ての加入者が享受できる範囲に収めるよう、工夫してもらいたい。