大手の賃上げ/「人への投資」を中小でも(2024年3月23日『神戸新聞』-「社説」)

 2024年の春闘は、労使交渉の中心が中小企業に移る。日本経済が好循環の軌道に乗るには、持続的な賃上げを波及させることが重要だ。これからが正念場となる。

 大企業は一足先に集中回答日を迎えた。自動車や電機などの製造業に加え、外食産業でも労働組合の賃上げ要求に対して満額やそれ以上の回答が相次いだ。初任給の引き上げに動く企業も多い。

 労働組合の中央組織である連合の中間集計で、賃上げ率は平均5・28%に上った。5%を超えるのは1991年以来33年ぶりだ。

 物価高が暮らしを圧迫し、人手不足が深刻化している。賃上げを進めなければ人材をつなぎとめられず、競争力の低下を招きかねない。歴史的な高水準の回答は、企業の危機意識の表れにほかならない。


 中小企業の切迫感はより強い。日本商工会議所の調査によると、2024年度に賃上げを予定する中小企業は23年度より増えたものの、うち過半数が「業績は低調だが賃上げする」と答えた。人材確保のためとみられる。大企業との賃金格差をこれ以上広げまいと、懸命に努力する事業所は多い。

 ただ、今春闘で賃上げを実現したとしても、収益を圧迫したままでは25年度以降の賃金アップは難しい。中小企業が賃上げの原資を確保するためには、取引価格の適正化が極めて重要になる。

 大企業は、数多くの中小企業とサプライチェーン(供給網)を構築している。取引先が従業員の人件費を含むコストの上昇分を価格に反映できるよう、積極的に交渉に応じる責任がある。

 日産自動車で「下請けいじめ」が発覚したのは記憶に新しい。ダイハツ工業や京セラ、会員制スーパーのコストコホールセールジャパンでも、強い立場を利用して価格交渉に応じないなどの実態が表面化した。下請けにコスト増を押しつける商習慣を放置してはならない。

 働く人の4割近くを占める非正規労働者の待遇改善も待ったなしだ。流通や外食などの労働組合が参加する「UAゼンセン」の集計では、パートの賃上げ率が6・45%と過去最高になった。大手がけん引役となり、賃上げの裾野を広げてほしい。

 企業には付加価値の向上や事業の組み替えなどを通して、稼ぐ力を高めることが求められる。「失われた30年」のように、コスト削減を優先して縮小均衡の経営に陥れば、成長曲線は描けまい。従業員の士気にもかかわるだろう。

 賃上げは、成長へ向けた「人への投資」である。そこを起点に、労使は議論を深めてもらいたい。