今の日本経済は「利上げ」に耐えられる? 物価高で貯金ジリ貧の家計、資金繰りに苦しむ中小企業(2024年3月20日『東京新聞』)

 
 日銀がマイナス金利の解除を決め、ようやく正常化へと踏み出した。長すぎた大規模金融緩和がもたらした超円安は海外で稼ぐ大企業の追い風となり、今春闘でも大手の高い賃上げ率を引き出した。一方で、長引く物価高の一因となり家計に深い傷痕を残した。日銀は次の利上げを模索するが、判断を誤れば、景気に水を差す危うさをはらむ。(白山泉、大島宏一郎、山中正義)
日銀が本紙に開示した記録。2023年に寄せられた国民からの意見や要望が記されている

日銀が本紙に開示した記録。2023年に寄せられた国民からの意見や要望が記されている

◆円安・物価高への悲鳴が続々と

 「年金生活者は物価高で痛めつけられている」「賃金が上がらないのに物価だけ上がり続けるのはやめてほしい」―。本紙が情報公開請求で入手した日銀の記録によると、円相場が1ドル=150円台を付けるなど円安が進んだ昨秋、国民から日銀の問い合わせ窓口にこんな声が相次いだ。「現行の金融政策への批判」は9月の1カ月で121件と昨年で最も多かった。
 長引く物価高で国民生活が疲弊する様子は統計にも表れる。日銀が昨年12月に実施した「現在の暮らし向き」に関する調査では「ゆとりがなくなってきた」と答えた人が56.2%と、3年前と比べ18ポイント増加。8日に内閣府が発表した昨年11~12月の世論調査でも、7割弱が現在の所得・収入に「不満」と答えた。

◆貯蓄を取り崩し、いまや「消費超過」

 物価高が深刻になった理由に、米国がコロナ後のインフレを利上げし抑えようとする中で、日銀は「2%インフレ」の安定的な定着にこだわり大規模緩和を継続。そのため日米の金利差が広がり超円安となったことがある。
 物価高が続き、家計の貯蓄は減少しつつある。内閣府の調査によると、コロナ禍の外出制限で家計は国内全体で20年4~6月期には可処分所得のうち消費後に残る「貯蓄」が72兆円を上回っていたが、徐々に消費に回る分が増え、23年7~9月期には約7000億円の消費超過の状態となっている。

◆住宅ローン上昇が家計に追い打ち

 岸田政権は今年6月に行う所得税の定額減税で消費を下支えする狙いだが、利上げが進み住宅ローンなどの金利が上がれば傷んだ家計や企業業績への追い打ちとなりかねない。第一生命経済研究所の永浜利広氏は「国内需要が厳しい状況下で、追加利上げなど拙速な金融引き締めをすると、日本経済の腰を折る可能性がある」と懸念。この先の利上げにどこまで日本経済が耐えられるか、日銀は慎重に見極めていくことになりそうだ。
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◆原材料高に加えて借りた金の利上げも?

 金利の上昇は中小企業にとっても試練となる。金融機関からの借り入れに頼る中小の間では、金利の先高観に対する警戒感が既に広がりつつある。
日本銀行本店

日本銀行本店

 東京都大田区で町工場を営む50代男性は「今年に入り金融機関から『今後金利が上がってきます。今のうちに運転資金を借りませんか』と言われた」と話す。円安による原材料高で収益が圧迫されており、この先新たに借り入れる際の金利が上がり、さらなる負担増につながらないか心配だという。

◆設備投資もマイナス…「好循環」のカヤの外

 東京商工リサーチが2月に実施したアンケート(回答数4499社)では、借入金利が「既に上昇している」と答えた企業の割合は16%。「年内に上昇する」との回答と合わせると約7割に上った。担当者は「特に未上場の中小は株式発行で資金調達できず借入金利にセンシティブ(神経質)になっている」とみる。
 ニッセイ基礎研究所の福本勇樹氏は「現預金が潤沢な大企業は金利上昇で利息をもらえるが、運転資金を借りながら操業する中小は厳しくなる」とみる。大企業との格差は既に国の統計にも表れ、2023年10〜12月の法人企業統計によると、大企業の設備投資が前年同期比30%増えた一方で中小は2期連続のマイナス。賃上げも含め中小が「好循環」から取り残されかねない状況だ。