「領海に侵入するな!」 尖閣調査船に迫りくる中国海警船 記者が見た〝緊迫の海〟(2024年4月28日『産経新聞』)

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中国海警船(右)にぴったりと張り付き、徹底的にガードする海上保安庁の巡視船=27日午前8時29分、沖縄県石垣市(大竹直樹撮影)
 
ヤギの食害で山肌は崩れ、赤土がむき出しに。海岸には国境を越えて漂着したゴミが堆積していた-。沖縄県石垣市が25~27日に実施した尖閣諸島(同市)の海洋調査で、動植物の宝庫とされる尖閣の希少な生態系が崩れつつある実態が明らかになった。陸上での詳細な調査が必要だが、海上保安庁の巡視船と中国海警局の船がにらみ合う「緊迫の海」と化し、対中関係の緊迫化を懸念する政府は上陸を認めていない。調査に同行した記者が目の当たりにしたのは、厳しい現実だった。
たどたどしい日本語
日本列島の西端に近い尖閣の夜明けは遅い。27日午前5時45分、調査船のデッキに出ると、ちょうど東の空がうっすらと白みはじめていた。
はるか水平線に2つの船影が浮かんでいた。船員によると、緑色の明かりが見えるのが海上保安庁の巡視船。赤色の明かりは中国海警局の公船で、それぞれ電光掲示板の文字の色だという。
電光掲示板には領海からの退去を促すメッセージが日本語や中国語で表示される。第11管区海上保安本部(那覇)によると、この日は午前5時15分、2隻の海警船が尖閣周辺の領海に侵入した。前日の午後10時に石垣港を発った調査船を待ち構えるような動きだ。
「釣魚島およびその付属島々は、古来から中国の固有の領土である。その周辺12カイリは中国の領海である」
調査船の操舵(そうだ)室に、たどたどしい日本語の無線が響いた。尖閣諸島の中で最大の島である魚釣島を逆さまにした釣魚島は、尖閣諸島を表す中国側の名称。海警船からの交信だった。
これに対し、海保の巡視船は毅然(きぜん)と警告を発する。
「領海における貴船の航行は無害通航とは認められない。日本の領海に侵入するな!」
だが、海警船は「日本海保安庁自衛隊貴船の主張は受け入れられない」と応じる気配はない。領海内を平然と航行している。海警船を囲むように10隻以上の巡視船が配備されており、フォーメーションを組んで、進路をふさいでいるのが分かった。
 
陸調査へのハードル
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魚釣島北側の調査に使用されたドローン=27日午前、沖縄県石垣市(大竹直樹撮影)
 
午前7時40分、魚釣島から約2キロの沖合。調査船の甲板から熱赤外線センサーを搭載したドローンが、魚釣島に向けて飛び立った。
調査では、初めて島北側の撮影に成功。ヤギとみられる熱源も確認された。市から調査を委託された東海大山田吉彦教授(海洋政策)は「ヤギの食害で土壌崩壊が始まり、周辺海域の生態系への影響が懸念される。歯止めをかけるためにも調査が必要だ」と話す。
山田教授によると、海岸付近の斜面ではヤギの食害が要因とみられる崩落が進行。川の数や流量も減っていた。島の北側を中心に、大量の国境を越えてきた漂着ゴミが堆積していることも確認された。生態系や周辺海域への影響が懸念される。
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ドローンで撮影された尖閣諸島魚釣島の様子を映し出したモニター。海岸付近で崩落が進んでいる=27日午前、沖縄県石垣市(大竹直樹撮影)
 
調査に同行した石垣市の中山義隆市長「ドローンを使った調査には限界がある」と指摘する。
今回の調査は、環境保全を目的とした今後の上陸調査に向け、必要な科学的データを集めることにあった。
尖閣は県の行政区域。上陸調査に向け、県も国への要請をサポートしてほしい」。中山市長こう訴える。
だが、沖縄県は「外交や安全保障などは国が対応すべき問題」との立場を崩していない。玉城デニー知事は昨年7月、中国を訪問し李強首相と直接会談したが、尖閣諸島の問題には一切触れなかった。
「わが物顔」で航行
朝日が昇り、紺碧(こんぺき)の洋上に尖閣の島影がくっきりと現れると、海警船は肉眼ではっきり見える距離に迫っていた。
海警局は、2018年に中央軍事委員会の指導を受ける武装警察部隊へと組み入れられ、準軍事機関に改編された。中国の領海を脅かす可能性があると判断した外国船に退去を命じ、追跡する権限も与えられているという。
領海内で調査船を取り締まる動きを示すことで、領有権を誇示する狙いがあるとみられ、海警船を常駐させるのも管轄権の「既成事実化」を企図したものだろう。
尖閣周辺では、中国海軍のフリゲート艦を白く塗り替えて改修した転用船も目立つ。調査に同行した稲田朋美元防衛相は「海警船がわが物顔で領海に入っていくのは許しがたい」と憤りをあらわにした。
海警局の大型船の勢力は年々拡大し、数の上では平成28年に海保の大型巡視船の倍以上となったが、海保は尖閣周辺で常に中国側を上回る勢力で対応してきた。40ミリ機関砲を装備した大型の高速巡視船だけでなく、機動力を誇る小型高速巡視船も配備している。

約1キロの距離に接近

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魚釣島から約1キロの距離まで領海侵入した中国海警船=27日午前、沖縄県石垣市(大竹直樹撮影)
 
「0・5カイリくらいか」。調査船の操舵室で、船員がつぶやく。
「海警2502」が目の前に現れ、つい身構える。調査船との距離はわずか約1キロ。安全を最優先し、2回目のドローン調査は中止となった。
だが、調査船の航行には問題はなかった。海警船の脇を巡視船「かびら」と「もとぶ」がぴったりとマークし、調査船に近づかないように進路をふさぎ、ガードしていたからだ。
魚釣島は戦前、かつお節工場などがあったが、昭和15年ごろに無人島になり、手つかずの自然が残った。おおらかな時代に暗転の兆しが見え始めたのは先の大戦から20年以上経過した43年。周辺海底に地下資源が眠っている可能性が指摘され、中国や台湾が46年から尖閣の領有権を主張し始めた。
平成22年9月の尖閣国有化以降は、中国公船の航行が常態化。領海侵入を繰り返し、地元漁師たちが「宝の海」と呼んでいた好漁場は今、海保の巡視船が主権を侵す中国の海警船と対峙(たいじ)する、国境警備の最前線となった。
午前8時半すぎ、調査船は魚釣島を後にし、石垣港に向けて針路をとった。その帰路、海警船は3時間以上にわたり調査船を追尾。中国側の言う「法執行活動」のつもりなのか。執拗(しつよう)に追いかけてくる海警船の船影が、印象に残っている。
外交問題に詳しい名桜大の志田淳二郎准教授(国際政治学)は今後、上陸調査を実施した際、中国側が何らかの「法執行活動」を行う可能性は否定できないとして「政府が全面的に援護する必要がある」と指摘し、こう続けた。
「政府、石垣市、国民全体が一つとなって臨まなければならない」
(大竹直樹)