聴覚障害者(ろう者・難聴者)は能登半島地震とどう向き合ったか ~社会福祉法人 石川県聴覚障害者協会 藤平淳一業務執行理事にきく~(2024年3月19日『NHKニュース』) 記事公開日:2024年03月19日

聴覚障害者は、地震津波などの災害の際、避難を呼びかける情報に接することが難しく、逃げ遅れ、命を失う危険にさらされます。また、危機を切り抜けて避難所に行っても、水や食料の配布や入浴時間のアナウンスが聞こえないことによる苦労が伝えられてきました。


今回の地震で明らかになったのは、これらに加えて避難先で会話に混じれず、一日中誰とも話すことができない「孤立」の問題です。こうした問題にどのように対処するのか?
支援にあたってきた石川県聴覚障害者協会の業務執行理事で、石川県聴覚障害者センター施設長をつとめる、ろう者の藤平淳一さんに聞きました。

地震発生当日に対策本部を立ち上げる

Q 元日の夕方4時10分に発生しましたが、その時、藤平さんはどこにいましたか?

地震が起きたとき、私は金沢市内にいました。金沢は5強の揺れでした。すぐにテレビをつけ、奥能登地震が起きたことを確認しましたが、情報が錯綜しており、きこえない・きこえにくい仲間たちがどうなっているのか心配でした。そこで、石川県手話通訳制度を確立する推進委員会(石川県聴覚障害者協会、石川県手話通訳問題研究会等が構成する団体)のメンバーと連絡を取り合って石川県聴覚障害者センターに集まり、石川県聴覚障害者災害救援対策本部を立ち上げました。吉岡真人さんが本部長で、私は副本部長です。

安否確認の難航

Q 最初に行ったのは何ですか?

まず行わねばならなかったのは、安否確認です。石川県手話通訳制度を確立する推進委員会では、昨年の夏、こうした時にどうやって安否確認をするのかについて話し合い、防災マニュアルを作成しています。きこえない・きこえにくい当事者の会員だけではなく、手話サークルの会員や、通訳者、要約筆記者なども含めて安否確認を行うためのマニュアルです。しかし、今回地震が起きたとき、すぐに全員の安否確認をやり終えることはできませんでした。

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石川県聴覚障害者災害救援対策本部 撮影 三浦宏之さん

地震の規模が大きかったことに加え、自宅に留まる人が少なくなかったこともありました。日ごろから活動をともにしている就労支援事業所「やなぎだハウス」の職員が中心になってLINEやメールで安否確認を行い、わからない場合は自宅や近隣の避難所に探しに行って確認しました。それでも分からない時は、自治体に確認を依頼しました。

金沢より南の地域は1日で確認できたものの、被害が大きかった能登半島では1週間ぐらいたってやっと、石川県聴覚障害者協会の会員や、やなぎだハウス利用者およそ50人の無事が確認できました。

高齢者の多い地域でスマホを使っていない人が多かった上、持っていても家に置いたまま避難所に行った人たちがいました。スマホをいつも持ち歩かず、自分が連絡したいことがある時にだけ、メールを送受信するためだけにスマホを使っているのです。また、地震の後、通信障害が起きていて、つながりにくくなっていました。

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震度6強を記録した珠洲市

また、奥能登に住む手話通訳者は4人いるのですが、自宅が倒壊していたり、集落が孤立したりしていて身動きがとれない人や、電波が通じないために本人の安否すら確認できない人もいました。

私たちが安否確認を行った対象には、協会傘下の9団体の名簿に記載された会員だけではなく、石川県聴覚障害者センターが行政から受託して実施している難聴者生活訓練事業に参加していたきこえにくい人や、就労支援事業所「やなぎだハウス」の利用者である知的障害や精神障害のある人たちも含まれます。

避難所での孤立

地震の後、避難して命が助かった後の生活でも困難がありましたか?

能登地域は本当に広大な土地です。東京23区の2倍以上の面積の中に、聴覚障害者が1人また1人と点在しています。その人たちは、家の近くの避難所に避難したものの、そこには聴覚障害者が自分1人しかおらず、情報保障が全く得られない状況になっていました。

この地域の特性として、もともと地域のつながりが非常に強いので、震災直後にろう者の家の隣の人たちが『危ないよ、逃げるよ』と誘導してくれたという話もあったと聞いています。また、避難所に行ってからも、隣の人がご飯や水を分けてくれるなど助けてくれたという話もありました。

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自宅近くの中学校に避難した女性  撮影 三浦宏之さん

ただ、避難所の運営についていうと、きこえない・きこえにくい人がいることすら認識されていないことが多々ありました。どのような支援をすればいいのか分からないまま、ほったらかしになっていました。きこえない・きこえにくい人は、自分が置かれている状況も、どうしたらいいのかも分からないまま我慢を強いられる生活を送っていました。

手話で話せる場所が必要

聴覚障害者協会としては「孤立」の問題にどう対応したのでしょうか?

石川県が1.5次避難所を設置するにあたり、そのひとつである金沢市内のいしかわ総合スポーツセンターにきこえない・きこえにくい人を集めるよう、私たちは県に要望しました。手話通訳が常駐して情報を提供できる体制を整えて、きこえない・きこえにくい人ひとりひとりが、今何が起きているのかを理解し、自分が何をしなければいけないのか判断できるよう、情報を提供できるようにしてもらいました。

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1.5次避難所となった金沢市内の体育館

能登半島では2007年にも大きな地震があり、その時、輪島市に全国で初めて福祉避難所が設置されました。福祉避難所というのは、病気の人や知的障害など障害のある人に対応した支援ができる体制を整えた避難所です。

しかし、奥能登地域できこえない・きこえにくい人に対応した福祉避難所が作られたことは、今まで一度もありません。私たちの協会では、傘下の奥能登ろうあ協会とともに10年以上にわたって、奥能登に1か所でいいので、聴覚障害に対応した福祉避難所を作ってほしいと行政に要望してきました。それが実現しないうちに今回の地震が発生してしまい、残念でなりません。

とはいえ、今回、1.5次避難所と2次避難所で、きこえない・きこえにくい人を集めることによって情報提供ができる体制を整えることにより、それに近い状況を作ることができました。我々としては引き続き、きこえない・きこえにくい人に対応した福祉避難所を呼びかけていきたいと思っています。

Q 普通の避難所では不十分だということですか?どうしてきこえない・きこえにくい人を集める必要があるのでしょう?

1.5次避難所にきこえない・きこえにくい人を集めた時に分かってきたのは、その人たちが1次避難所で近隣の人たちのケアを受けながら生活していたものの、必要なことを十分伝えられていなかったことでした。例えば、自分に持病があることや、薬がなくなっていることなど困っていることがあり、すごく苦しんでいても、それを伝えることができず、ずっと我慢していました。自らの命を守るために必要なことを言うことができなかったのです。

今回、1.5次避難所では手話通訳者が常駐するようにしたので、例えば「お薬が必要」という話を聞いたらすぐに医師につながり、お薬を処方してもらうことができるようになりました。

Q 大事なのは、手話通訳がいることですか?それとも仲間がいることですか?その両方ですか?

両方です。まず、命や権利を保障していくためには手話通訳者が必要です。薬がない、薬が欲しいということを手話通訳者を通して医師に報告できる環境はとても大切です。

また、手話言語で会話をすることができる相手がいるということも大切です。誰にとっても24時間話し相手がいなく、黙り込んだままの生活は大きなストレスです。話し相手や仲間がいて、一つのコミュニティがあり、手話言語で話すことができる環境があることは、私たちきこえない・きこえにくい人が行動していく上で鍵になると思います。

手話動画を使った発信

Q 石川県聴覚障害者協会では、今回、元日の地震発生直後から、YouTubeなどを通じての避難の呼びかけや、支援物資の募集など、手話動画による情報発信を積極的に行っていますね?

聞こえない人の日常会話は手話言語です。石川県聴覚障害者センターは、国が法律で定める聴覚障害者情報提供施設であり、その機能として、動画発信が基本にあるという考えが根幹にあります。また、地震発生直後から全国のきこえない・きこえにくい人から当協会に対して問い合わせが寄せられており、手話言語によって状況をお伝えする必要があると考えました。また、きこえにくい・きこえる人のために字幕を挿入することにしました。

まず当センター公式LINEで配信し、当センターのホームページにYouTubeを連動して載せることにより、動画の形で情報をすぐさま発信することができました。

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支援を呼びかけるYouTube動画

元日から2か月間で7万回以上動画が再生されています。救援物資について「水・暖が取れるものを送ってください」という動画を発信してから3日後には倉庫が満杯になるぐらい物資が届くなど、かなり影響があったと思います。

今後の課題1 聴覚障害者全員の訪問調査

Q 今後の課題は何でしょう?

石川県全体で聴覚障害身体障害者手帳を持っている人は、大体3000人ほどだと言われています。奥能登地域にはそのうち268人が暮らしています。その人たちに必要な情報が届いているかどうかを、私たちは非常に心配しています。これまでに安否確認ができたのは約50人ですが、268人と比べたら非常に少ない数字です。ほんとうはひとりひとりに直接会って確認したいと思っています。

能登半島では2007年にも地震がありましたが、その時石川県は、保健師1名、設置手話通訳者1名、ろうあ者相談員1名の、計3人でチームを作って戸別訪問して調査しました。

昨年5月にも地震がありましたが、この時も同様です。珠洲市役所の公用車を使い、珠洲市の職員1名、市の保健師1名、他市の設置手話通訳者1名、ろうあ者相談員1名の計4名で手帳保持者の家を一軒一軒訪問し、ニーズ調査を行いました。

このとき聞こえてきたのは、以下のような声でした。「地震でけがをしたけれども病院に行こうかどうしようか迷っている」「行政に要約筆記という制度があり無料で利用できるということを知らなかった」「薬をどこでもらったらいいのかが分からない」など。さまざまなニーズがあることが浮かびあがってきました。

今回の地震を受けて、私たちは県に対して同様の調査を行いたいと要望しています。ただ、私たちがいますぐ訪問できるかというと、非常に厳しい状況です。珠洲市からも「今回はできない」と言われました。市役所も今かなり多忙で、「市役所の車を使うことはできない。道が整っていないので運転できない」という話でした。確かに道が寸断されていて、水や電気も通っていません。そうした中で通訳者やろうあ者相談員が寝泊まりして現地を回るのは大変厳しいと思います。

ですから、今すぐではなく、道の復旧作業が終わるなど状況が落ち着いてから回るのがいいと考え、要望を留保しています。

ただ、そのとき問題となるのが、障害者手帳保持者や災害時要援護者の名簿の開示です。個人情報保護が壁になり、私たちは簡単には見ることができないのです。

私たちの協会では、傘下の9団体の会員や、難聴者生活訓練事業に参加しているきこえない人については把握しています。その名簿を使って安否確認を行い、誰がどこの避難所にいるのかなどが分かれば行政に報告し、わからなければ行政にお願いして調べてもらってきました。

しかし、2月末現在で確認できているのはおよそ50人。手帳を持つ268人全員は確認できていません。

今回、奥能登の2市2町は日本相談支援専門員協会に調査を委託しました。そこできこえない・きこえにくい人に問題があれば、当センターに連絡するということになっておりますが、まだそういった連絡はいただいていません。

Q 家に行かなければ分からないこと、出来ないことというのは、どういうことですか?

昨年、珠洲市で戸別訪問したときには、必ず補聴器の電池を持っていきました。「電池がない」と言われれば、それを提供しました。また、地震のときけがをした人には、医療機関にかかっているのかどうか、確認しました。

また、地震の後の気持ちの落ち込みがあるのかどうか。メンタル面で問題が起きているのかについても、いろいろな質問をして確認しました。きこえる人に尋ねられるとどう答えたらいいかわからず、何も言えなくなってしまうけれど、当事者に対してならば答えやすいし、たとえ答えることができなくても、当事者なら見抜くことができることがあります。

Q メンタルのことや健康に関することは、本人が自覚していなかったり、どう表現したらいいか分からないこともあるので、会わないと分からないということもありますか?

その通りです。家に行き、家の中の状態を見ながら、本人の健康状態について話を引き出すように質問をしてみて初めて分かってくることがあります。保健師も専門の立場で質問し、それを手話通訳者が通訳する。きこえにくい人など手話のできない人の場合、手話通訳者が筆記をして文字を見せて情報提供することもありました。

今後の課題2 「心のよりどころ」の再建

Q 今回、奥能登のきこえない・きこえにくい人たちの心のよりどころとなる施設が大きく傷ついたと聞きました。

先ほど話したように、2007年にも大きな地震が起き、私たちは訪問調査を行いました。その時にわかったのは、奥能登地域で、きこえない・きこえにくい人の多くが家に閉じこもり、人と交流していないということでした。そうした人の中には、地域の学校にもろう学校にも行っておらず、手話もできないし、日本語の読み書きも不得意で、十分なコミュニケーションを行う方法を持たない人たちが数多くいました。

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2017年の地震後の訪問調査

私の前任者で、当時の石川県聴覚障害者センターの施設長だった北野雅子さんは、それを大きな問題だと考え、きこえない・きこえにくい人が一人の人間として、当たり前に生活ができるための支援が必要だと考えました。

そこで、こうした人たちが定期的に1か所に集まって情報を得られ、手話で楽しく交流ができるミニデイサービスを開始しました。10年にわたって徐々に活動の頻度を増やし、内容を充実させ、2017年、就労支援事業所「やなぎだハウス」に発展させました。奥能登のきこえない・きこえにくい人が仕事を身につけ、自立していくための場所です。

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地震の前のやなぎだハウス

そのやなぎだハウスが、今回の震災で建物にひびが入り、天井が剥がれ落ち、棚が倒れて物が壊れるなどの被害を受け、安心して集まれる場所ではなくなり、機能しなくなってしまたことに、非常にショックを受けています。

再開のため、補修に必要な費用の寄付をよびかけています。

今後の課題3 遠隔通訳などICTの利用

Q 先ほど、きこえない・きこえにくい人が周りの人たちとコミュニケーションできず孤立してしまう、という課題についてうかがいました。また災害時には、手話通訳者自身が被災したり、道路が寸断されたりして対応できないこともあります。そうした時に有効な方法として、スマホタブレットなどICT(情報通信技術)を使った遠隔手話通訳の普及を訴えておられますね?

その通りです。ICTのスキルを磨く必要があると思っています。これまで能登地域でも、電話リレーサービスや遠隔手話通訳など、ICTの説明会を何度か行っていますが、まだ自分のスマホを使い慣れていない方が数多くいます。今のところほとんどの場合、手話通訳者が現地に行って対面で通訳しています。

能登は高齢化率が50%以上で、ICT利用はお年寄りには難しいと考える人が多いと思うのですが、それでもやはりやってもらったほうがいいと、今回強く思われたということでしょうか?

その通りです。石川県聴覚障害者協会では、奥能登地区の会員は現在12名で、いちばん若いのがやなぎだハウスの職員で、現在29歳。それ以外は全員60歳以上で、平均年齢75歳ほどです。その人たちにICTを習得する必要性をどれだけ説いても、なかなか習得することは難しい。ですが、私たちはじめ周りの人間が習得しサポートすればいいのです。

例えば避難所でも、運営する人がICTを理解して、きこえない・きこえにくい人と会話するのに使えばいい。高齢者が手話で自由に話をすることができる環境を提供することが今後の大きな課題になっていくと思います。

文責:川村雄次(ディレクター)