音のない世界が揺れて…被災乗り越え名古屋ウィメンズ出場「地震に負けない」(2024年3月9日『中日新聞』)

 
 10日の名古屋ウィメンズマラソン2024では、元日に発生した能登半島地震で被災したランナーも名古屋市内を駆け抜ける。聴覚障害のある柳沢知栄さん(37)=石川県志賀町=は震災で自宅の壁に亀裂が入り、練習場所を失ったが、「地震には負けたくない」と出場を決意。能登を代表する気持ちでスタートラインに立つ。
名古屋ウィメンズマラソンに向けて練習する柳沢知栄さん=石川県七尾市の能登歴史公園で(星野大輔撮影)

名古屋ウィメンズマラソンに向けて練習する柳沢知栄さん=石川県七尾市能登歴史公園で(星野大輔撮影)

 2月中旬、ひび割れた芝生や1メートル以上隆起した浄化槽を横目に、柳沢さんは黙々と走り続けていた。自宅から車で30分ほど離れた同県七尾市能登歴史公園。「(地元の)志賀町の体育館や陸上競技場が使えないので」と息をついた。
 1月1日、自宅2階の部屋を片付けていた時、大きな揺れに襲われた。本棚から本が次々に落ちる。音のない世界で、感覚を頼りに階段の手すりにしがみついた。「揺れは13秒くらい続いた。すごく怖かった」。少し収まった隙に隣接する納屋に逃げ込んだ。
 自宅は1階の壁にひびが入ったくらいで済んだが、生活は一変した。断水で料理や洗濯はできず、風呂に入れない。いつ余震が起きるか不安で夜も寝られなくなった。練習で使っていた体育館は避難所となり、所属する障害者のランニングクラブも練習どころではなくなった。
 ウィメンズの欠場が頭をよぎった。しかし、聴覚障害者の大会で知り合った友人から心配する連絡をもらい、思いは変わった。「走ることで元気な姿を見せたい」。断水が解消し、大雪も落ち着いた2月9日から会社勤めの合間に練習を再開。クラブの仲間も「頑張って」と背中を押す。
 震災を経験して、助け合いの大切さが身に染みた。父は家を失った人のために納屋を避難所として提供した。ボランティアの炊き出しは何よりもうれしかった。レース本番はきっと多くの人々の応援を目にするはず。「沿道の人たちにもありがとうと伝えたい」。感謝を込めて走りきる。
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 大会事務局は8~10日、発着点のバンテリンドームナゴヤに募金箱を設置し、能登半島地震義援金を受け付けている。10日はスタート前のセレモニーで被災地に向けてエールを送る。
 (高橋雅人)