春闘が決断の決め手に?迫るマイナス金利解除【経済コラム】(2024年3月17日『NHKニュース』)

 

15日、連合がことしの春闘の回答状況を公表した。経営側から回答が示された771社の労働組合の平均の賃上げ率は5.28%と33年ぶりに5%を超える水準となった。

日銀は今週18日と19日に金融政策決定会合を開く。

賃金の上昇を伴う2%の物価安定目標の実現が見通せれば、マイナス金利の解除を含む大規模な金融緩和策の転換を検討するとしてきた日銀。

幹部たちの物価と賃金への認識が着実に変化しつつある中、今回の春闘の結果は“決断”への背中を押す決め手となるか。
(日銀取材班)

政策転換近づく?「変化する認識」 

「2%の物価安定目標が実現する確度は少しずつ高まっている」

1月23日、金融政策決定会合の後の記者会見。日銀の植田総裁は、展望レポートの表現に沿って政策転換へ一歩前進したことを意味する発言をした。

市場では、日銀が3月か4月の決定会合で、17年ぶりの利上げにあたるマイナス金利の解除など政策転換に踏み切るとの見方が一段と強まった。

政策を決定する9人のメンバーの発言を公表した1月会合の“主な意見”でも、政策転換に向けた議論が活発になっていることがわかった。

「物価安定目標の達成が現実味を帯びてもきているため、出口についての議論を本格化させていくことが必要」

「マイナス金利解除を含めた政策修正の要件は満たされつつある」

2月には、内田副総裁が政策転換の具体的なメニューに言及。政策決定メンバーの審議委員からも、政策転換が近づいていることを示唆する発言が続いた。

1月23日 植田総裁 記者会見
「2%の物価安定の目標に向けて、こうした見通しが実現する確度は、引き続き、少しずつ高まっていると考えている」

2月8日 内田副総裁 奈良市講演
「仮にマイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げをしていくようなパスは考えにくく、緩和的な金融環境を維持していくことになる」
ETFJ-REITの買入れを行っているが、2%目標の持続的・安定的な実現が見通せるようになり、大規模緩和を修正する時には、この買入れもやめるのが自然」

2月29日 高田創審議委員 大津市講演
「2%の物価安定目標の実現がようやく見通せる状況になってきた。物価上昇に対応した持続的な賃金上昇による好循環や、賃金や物価は上がらないものという考え方が転換する変曲点を迎えている」「今日の極めて強い金融緩和からのギアシフト、例えば、イールドカーブ・コントロールの枠組みの解除、マイナス金利の解除、オーバーシュート型コミットメントの在り方など、出口への対応も含め機動的かつ柔軟な対応に向けた検討も必要」

3月7日 中川順子審議委員 松江市講演
「賃金と物価の好循環が展望できると考えている。企業の賃金設定に対する姿勢に明確な変化の兆しが見られるなど2%の物価安定目標の実現に向けて着実に歩みを進めている」

好循環の兆し きっかけは“外的ショック”

メンバーたちの認識がなぜ変化しているのか。理由は、賃金の上昇を伴う形で物価が安定的に上昇する「好循環」が徐々に起きつつあると捉え始めているからだ。

日本経済は90年代以降、バブル崩壊金融危機を経て、物価が持続的に下落するデフレ状態に陥った。

日銀はこれに対処する形で金融緩和策を講じてきた。

 

就任直後の黒田総裁(当時)

黒田総裁時代の2013年からは、「異次元」と呼ばれる大規模緩和策を続けてきたが、なかなか物価目標の達成には至らなかった。

そんな物価に大きな変化をもたらしたのが、2つの“外的ショック”~新型コロナとウクライナ侵攻だった。

 

コロナ禍で急激に落ち込んだ経済活動が再開する過程で、世界的に供給不足の混乱が生じ、さまざまなモノの価格が上昇。さらに、おととし2月からのロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー価格や穀物価格が高騰すると、円安も相まって、物価は記録的に上昇し、生活を直撃した。

物価も賃金も「上がる」経済へ

海外発のコストプッシュによる悪い物価上昇と言えるが、その裏で広がりを見せたのが企業の価格設定行動の変化だった。

燃料や原材料の高騰に直面した多くの企業が価格転嫁に踏み出した。

物価が上がらない時代、経営者たちはコストが上がっても販売が落ち込むことをおそれ、価格転嫁に慎重だった。

これが少しずつ「値上げができる」とのマインドが出てくるようになった。

消費者物価指数の上昇率は、ことし1月まで1年10か月連続で日銀の目標の2%以上となっている。

そして、賃金も動き始めた。企業は価格転嫁などを通じ収益が改善。人手不足の中、優秀な人材を確保したいという動機も強く、去年の春闘でおよそ30年ぶりの高い賃上げ水準となった。

この経緯について内田副総裁は前出の講演でこうまとめていた。

2月8日 内田副総裁 奈良市講演
「海外発のコストプッシュがきっかけとはいえ、実際に賃金が上がり、今度こそ、日本経済が変わる素地が整ってきたと感じる。デフレ期の考え方や慣行から脱却し、賃金と物価が上がる経済、そしてそれが可能なビジネスモデルを企業が工夫し、それに成功した企業が働く人から選ばれることで、全体としても成長力が高まる経済、が実現できるチャンスが巡ってきている」

引き金を引くのは…

日銀幹部たちの発言とともに市場で高まる政策転換の観測。

そんな中、1月会合以降、発言内容をほぼ変えていないのが植田総裁だ。

今月1日。ブラジルで開かれた国際会議に出席した植田総裁は記者会見で「物価目標が見通せるようになっていくか、私の考えは今のところまだそこまでには至っていない」と発言。その後も「実現の確度は高まっている」という1月会合の言い回しを繰り返してきた。

総裁は政策転換に慎重なのではないかとの受け止めもあるが、日銀内からは「委員たちの意見をまとめる立場にある総裁は、個人的見解は出さない」という見方も出る。

確かに9人のメンバーを取材していると、多かれ少なかれ景気や物価への見方やスタンスが異なる。中には、目標達成はまだ先と、慎重な姿勢を崩さないメンバーも。

個人消費が弱いGDP
▽実質賃金のマイナス継続
▽中小企業の賃上げ結果が出ていない
中国経済の減速
▽賃金から物価への波及はもう少し確認が必要…

こうした中、植田総裁が会合間近の13日の国会で改めて強調したのが、ことしの春闘の動向だった。

春季労使交渉の動向は大きなポイントだ。公表されるデータ、ヒアリング情報などを総合的に点検した上で適切に判断する」

植田総裁は去年末のNHKのインタビューでも春闘の賃上げが政策転換の重要なファクターになると語っていた。

そして、冒頭で紹介した、高水準となったことしの回答状況の結果は、総裁そして執行部の決断の背中を押す要素になるとの見方が出ている。

「3度目の正直」となるか

過去を振り返れば、日銀は、金融緩和を続けたこの約30年間で、2000年と、2006年から2007年にかけての2度、利上げの局面を迎えたが、海外経済の影響などでいずれも長続きせず、好循環が根づかないまま政策を修正した苦い経験もある。

18日から始まる会合が「3度目の正直」への扉を開くか。9人のメンバーが大詰めの議論を交わすことになる。

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