「購書」のすゝめ(2024年3月14日『産経新聞』-「産経抄」)

駅ナカ初の完全無人書店としてオープンした「ほんたす ためいけ 溜池山王メトロピア店」=千代田区

 わが家の本棚には、何組かの重複蔵書がある。前に買ったのを忘れ、2冊目を手にした本がいくつか。重複と知りつつ、その年限りの特別装丁版を買うこともいく度かあった。後者は一種の「ジャケ(ジャケット)買い」である。

▼作家の林望さんが『役に立たない読書』(インターナショナル新書)にこう書き留めている。日本人には、「オブジェクトとしての書物の形(書姿)」に強い意識を持ちながら読書をしてきた、長い歴史がある―と。内容に加え装丁や紙質の良さも本を買う立派な動機だという。

▼林さんの場合は繰り返し読んだ本が傷み、買い直すことも多い。蔵書は2万冊を超え、必要な本のありかを忘れて2冊目を買うこともあるというから、本への度量が大きい。「重複蔵書を恐れるな」と語る作家は、書店にとって心強い援軍だろう。

▼買いたい本を取り寄せられるネット通販は便利でも、書店には予期せぬ本との出会いがある。背表紙の題名や帯の文句につられ、衝動買いした本の1冊や2冊はどなたもお持ちだろう。ふらりと入った書店で、「私を買って」という本の声を聞いた人も、存外多いのではないか。

▼全国に1700余りある市区町村のうち、約4分の1には書店が全くない。政府は今月から「町の本屋」の支援に乗り出したものの、読書離れという向かい風は実に手ごわい。本との出会いを「買う」にどうつなげるか、知恵の絞りどころである。

▼本の価値を知りたければ「まず、買え」。そう書いたのは評論家の谷沢永一氏だった。「或る人が友としてふさわしいかどうか、まずは一杯やって語りあってみるのと同じ呼吸である」(『人間通』)と。書店は本と人を打ち解けさせる酒場でもあるのだろう。