「いら立ちを覚えた米国人も…」アメリカのジブリ研究者が語る「君たちはどう生きるか」の意義 アカデミー賞(2024年3月11日『東京新聞』)

 
 【ワシントン=鈴木龍司】米映画界の最高峰、アカデミー賞を受賞した宮崎駿監督(83)の長編アニメ「君たちはどう生きるか」は、太平洋戦争中に火事で母親を亡くした少年の心の葛藤を描いた。「困難で激動の今の時代に対し、強く問いかける傑作だ」。米国でジブリ作品を研究する第一人者の米タフツ大のスーザン・ネイピア教授(68)は、世界で戦争が続く中での受賞を「痛切な意義がある」と評した。

◆「メッセージ複雑」不安がささやかれたが…

宮崎駿監督=2014年撮影、AP

宮崎駿監督=2014年撮影、AP

 日英のアカデミー賞や米ゴールデン・グローブ賞などにも輝いた「君たちはどう生きるか」は、事前から「本命」との呼び声が高かった。ただ、一部には「米国人にはメッセージが複雑で難解」といった不安も出ていた。
 ネイピア氏は宮崎作品を「ハリウッド的な善悪や、基本的にハッピーエンドのディズニー作品とは一線を画し、人間の光と闇、複雑さをありのまま描いている」と評価。戦中生まれで空襲を経験した宮崎監督の生い立ちを踏まえ、「今回は自伝的な作品。彼は戦争というテーマから絶対に逃げない」とも話す。

◆9.11で価値観に異変「善人が勝つとは限らない」

 「単純な解決策を与えてくれない作品に、いら立ちを覚えた米国人も多かったはずだ」。ネイピア氏はそう語りつつ、2001年9月11日の米中枢同時テロ後の価値観の変化を指摘する。「残念だが、世の中はハッピーエンドでは終わらない、善人が勝つとは限らないという大きな警鐘になった」。9.11以降、宮崎監督が描き出す複雑で矛盾に満ちたリアルな世界観が若者を中心に共感を呼んでいるという。
 
米タフツ大のスーザン・ネイピア教授=本人提供

米タフツ大のスーザン・ネイピア教授=本人提供

 ジブリ作品の「千と千尋の神隠し」が米アカデミー賞をとった03年は、米国がイラク戦争に突き進んだ時期。今はロシアのウクライナ侵攻とイスラエルパレスチナの戦闘で、子どもを含めた多くの市民が犠牲になっている。
 「二つの作品の受賞が戦禍の時代と重なったのは、偶然ではないと思いたい」。ネイピア氏は「邦題の『君たちはどう生きるか』は年下に対する表現だ。『闇が覆う時代を乗り越えてほしい』という若者へのメッセージが込められている」と受け止めた。