東京大空襲「封印ビデオ」公開は一歩前進、でも道半ば…証言者の思いをくんで、歩みを止めないで(2024年3月10日『東京新聞』)

<取材ファイル>
 東京都が1990年代に収録し、長く封印してきた東京大空襲など戦争体験者の証言ビデオが、2月末からようやく公開された。一歩前進も、開催中の東京空襲資料展でしか現状では見られず、公開は収録した330人のうち同意を得た122人分にとどまる。「戦争の惨禍を語り継ぎ、都民の平和への願いを世界に向けて発信する」。都は収録の際に趣旨をそう伝えていた。「原点」を忘れず、歩みを止めてはならない。(井上靖史)
 「たばこ屋の陰に逃げ込む様子が最後に目撃された母の姿だそうです」。池袋の東京芸術劇場などで開催されている資料展。8日に足を運ぶと、空襲と戦地で父母と兄姉を亡くした証言者の映像に、涙をぬぐう来場者がいた。大型モニター前には人が絶えない。
 
証言映像が公開されている東京空襲資料展の会場=8日、東京都豊島区で

証言映像が公開されている東京空襲資料展の会場=8日、東京都豊島区で

 証言ビデオは、2001年度開館を目指して墨田区内に計画した仮称・都平和祈念館で公開するために収録された。だが、展示内容や歴史認識を巡り都議会が紛糾。99年に計画が凍結され、例外的に公開された9人分を除き、倉庫に眠り続けた。都はテープを証言者本人に渡したが、9人以外は別施設での公開の可否を確認してこなかった。これが、ビデオが活用されなかった原因となった。
 22年末、ようやく別施設での活用について確認し始めたが、亡くなったり連絡を取れなかったりする人も多く、約4割の人からしか回答を得られなかった。

◆「なぜもっと早く再確認しなかったのか」

 「当初と異なる施設で見てもらうならば、同意を取り直す必要がある」。個人情報保護に詳しい神奈川大の幸田雅治教授(地方自治論)が言うように、都の同意確認は必要な手続きと多くの専門家はみる。
 消費者庁長官などを務めた中央学院大の福嶋浩彦教授(地方自治)は「なぜもっと早く別の活用方法について同意を取り直さなかったのか」と、当初の構想が止まった時点で対応すべきだったと指摘する。
 収録に関わった元スタッフの思いは強い。「全て公開してほしい」と東京都稲城市の元録音技師、栗林豊彦さん(85)は話す。「撮影に協力してもらうということは公開が前提」といい、「戦争を体験した人は思い出すだけで苦しくなり、話した後に眠れなくなることもあると聞いた。無駄にしないで」と願う。
 
証言ビデオの収録に携わったという元録音技師の栗林豊彦さん=東京都稲城市で

証言ビデオの収録に携わったという元録音技師の栗林豊彦さん=東京都稲城市

◆東京の歴史を伝える拠点整備、本気で考える時

 千葉県銚子市の演出助手、根本保夫さん(65)も「体験者は昨日のことのように空襲体験が焼きついているようだった。全て公開されなければ浮かばれない」と訴える。
 ビデオ上映に課題も見えた。映像は流しっぱなしで、池袋会場だけでも全て見るには5時間以上。一般への貸し出しやウェブサイトでの公開など、広く伝えられる方法を考えてほしい。
 来年は東京大空襲から80年。戦争体験者が亡くなる中、証言の継承が難しくなっている。資料の保管を民間が担うには、経済的な負担が重い。都や都議会は政治的な対立を排除し、既存設備の活用も含め、首都・東京の歴史を伝える拠点整備を本気で考える時だ。
 
 

関連キーワード