「このままでは続けられない」 震災語り部 資金難と高齢化に危機感(2024年3月10日『毎日新聞』)

大量のがれきで埋め尽くされた土地の写真を手に説明する釘子明さん=岩手県陸前高田市で2014年11月28日、釘子明さん提供
大量のがれきで埋め尽くされた土地の写真を手に説明する釘子明さん=岩手県陸前高田市で2014年11月28日、釘子明さん提供

 

 東日本大震災の悲劇を繰り返すまいと、被災地では語り部たちが教訓の伝承に取り組んできた。1月の能登半島地震など全国で自然災害が多発し、命を守るためにも伝承の重要性は増すばかりだ。一方で、資金や後継者の不足から活動の継続に不安を抱く語り部は多く、支援を求める声が上がっている。

被災地の現状伝えたい

 「このままでは、私のような個人では活動を続けられない」。岩手県陸前高田市語り部をする釘子(くぎこ)明さん(65)は2023年の年の瀬、高台に再建した自宅のリビングでつぶやいた。

 釘子さんは13年前の3月11日、母親を連れて地域の公民館に避難したが、自宅は津波で全壊した。その後、避難所で運営の中核を担い、無料共同浴場「復興の湯」の運営に携わるなど、被災者の生活環境の改善に尽くした。

 高校時代からカメラに親しみ、被災状況や避難所の様子を撮影していた。ホテルマンとして30年間働き、初対面の人にも自然体で接することができた。震災翌年に所属したNPOで首都圏の大学生らに体験を語るうち「多くの人に陸前高田の状況を伝えるのが自分の仕事」との思いを深めた。

 「復興まで伝え続けたい」と願った。活動を継続するには経済的な安定が必要と考え、当初から語り部をなりわいとすることを目指した。対外的な信用を得るために一般社団法人を設立し、釘子さんと事務員の2人でスタートした。現在は市内をバスで巡りながら話す場合は1万5000円、市内での講演会は3万円、市外の講演会は5万円――などで請け負っている。

来訪者減で経営厳しく

団体客が多かった14年は約1万1500人を受け入れ、朝から晩まで説明する日が続いた。その後は訪れるボランティアが少なくなったことなどから減少し、新型コロナウイルスの感染が拡大した20年は800人弱に落ち込んだ。21年にオンライン講話も始めたが回復は鈍く、今も年間1000人程度にとどまる。19年秋に開館した市内の県営施設「東日本大震災津波伝承館」が入館無料のため、伝承館に訪問客が流れ、語り部の利用者が減ったと釘子さんはみている。

 団体客が多かった14年は約1万1500人を受け入れ、朝から晩まで説明する日が続いた。その後は訪れるボランティアが少なくなったことなどから減少し、新型コロナウイルスの感染が拡大した20年は800人弱に落ち込んだ。21年にオンライン講話も始めたが回復は鈍く、今も年間1000人程度にとどまる。19年秋に開館した市内の県営施設「東日本大震災津波伝承館」が入館無料のため、伝承館に訪問客が流れ、語り部の利用者が減ったと釘子さんはみている。 

 来訪者の減少で法人経営が厳しくなり、設立時から月給12万円で雇っていた事務員には2年弱で退職してもらった。コロナ禍で収支は赤字となり、自分の給料を月20万円から12万円に減額したが、それも捻出できない状態が続く。得意のアユ釣りやシロウオ漁の売り上げなどでしのいでいる。

 

津波に遭った流木について大学生に説明する釘子明さん(左から2人目)=岩手県陸前高田市で2015年9月4日、釘子明さん提供
津波に遭った流木について大学生に説明する釘子明さん(左から2人目)=岩手県陸前高田市で2015年9月4日、釘子明さん提供
 

 一方、語り部活動には経費がかかる。パソコンや復興状況を撮影するカメラ、資料や写真の印刷用のプリンターといった機材は酷使するため故障が早く、買い替えの出費は痛手だ。年間約11万円の法人税は負担が大きく、解散を考えている。「語り部の話を聞くことは震災の疑似体験に等しい。意義深い活動だ」と自負するが、資金不足は活動の継続に致命的だ。

手薄な公的支援

 多くの語り部が、釘子さんと同様に不安を抱えている。伝承団体の連携を支援している公益社団法人「3・11メモリアルネットワーク」が23年12月に公表した調査結果によると、岩手、宮城、福島の被災3県で活動する24の伝承団体のうち23団体が活動の継続に不安を抱えていた。21年公表の調査から毎年回答している19団体に絞ると、不安を抱える団体数は14(21年調査)から18(23年調査)に増えた。

 背景には、伝承団体が収入を得づらくなっていることがある。24の伝承団体のうち20団体が、講師料などの対価収入を活動資金としている。しかし伝承団体の来訪者数は13年の約25万人をピークに、関心の低下やコロナ禍に伴い右肩下がりで、23年は約19万人だ。

 一方で、国の財源を活動資金としているのは24団体中、3団体にとどまった。国に伝承活動の支援制度はなく、被災者の生きがい作りを支援する復興庁の「心の復興」事業など他制度を活用しているとみられる。

活動の継続に不安を抱える伝承団体数の推移
活動の継続に不安を抱える伝承団体数の推移

 このほか、県の財源と回答したのが3団体、市町村の財源は9団体だった。今後期待する財源として19団体が国を、11団体が県を、12団体が市町村を挙げており、伝承団体の期待に行政が応えられていないことが分かる。

 陸前高田市の釘子さんは、公立の伝承施設での定期的な講演会の開催や、教育委員会による小中学校への派遣を提案する。これらの事業で語り部が定期的に報酬を得られれば「活動の基盤ができ、語り部活動を事業として存続させられる」と訴える。

懐厳しい行政

 ただ、行政も懐事情は厳しい。1133人が犠牲となった宮城県東松島市は23年度、伝承活動に取り組む2団体の支援に、計50万円の補助金を交付した。担当者は「人手やお金の面で、できる範囲はこの程度だ」と話す。被災した駅舎を改修した伝承施設の維持や運営に毎年かかる約1500万円の負担が重い上、職員は被災者向けの交付金の手続きなど複数の仕事を抱えており余裕がないためだ。

「語り部活動の機会を増やしてほしい」と訴える釘子明さん=岩手県陸前高田市で2024年2月19日午後0時1分、奥田伸一撮影
語り部活動の機会を増やしてほしい」と訴える釘子明さん=岩手県陸前高田市で2024年2月19日午後0時1分、奥田伸一撮影
 

 宮城県は23年度、伝承に関する予算として約14億2800万円を当初予算に盛り込んだ。そのうち、活動を支援するために伝承団体に直接交付された補助金は900万円だ。県復興支援・伝承課の担当者は「県の支援が十分とは言えない」と自己評価する。岩手県には同年度、伝承団体を直接支援する補助金制度はなかった。

 両県は国に対して、担い手確保や育成など、支援制度の創設を求めている。復興庁は23年度、「復興にかかる知見の収集」として1億円の予算を計上したが、伝承団体の課題を調査したのみだ。

 宮城県村井嘉浩知事は2月のインタビューで、伝承団体の支援について「被害の大きな自治体は過疎化が進んでおり、財政的に大変。国の支援があっていいのではないか」と指摘した。復興庁の出先機関である宮城復興局の職員も「国の積極的な関与が必要だ」と訴える。こうした声に対し、土屋品子復興相は8日の記者会見で「若者、働き手世代の担い手確保が重要。伝承活動の認知度を高めるための発信強化が課題だ」などと述べたが具体的な支援策には言及しなかった。

津波に襲われた旧野蒜駅の設備がそのまま保存されている宮城県東松島市の震災復興伝承館。レールが曲がり、ホーム上の電灯が傾いている=同市で2023年2月16日午後2時34分、小川祐希撮影
津波に襲われた旧野蒜駅の設備がそのまま保存されている宮城県東松島市の震災復興伝承館。レールが曲がり、ホーム上の電灯が傾いている=同市で2023年2月16日午後2時34分、小川祐希撮影
 

高齢化に危機感も

 語り部が高齢化していることも伝承団体の不安の一つだ。3・11メモリアルネットワークが23年に公表した調査結果によると、24の団体のうち15団体が後継者不足に悩んでいる。

 後継者を見つけ、語り部活動を持続可能なものにするには、どんな仕組みが必要か。参考になりそうなのが、79年前の1945年に原爆を投下された広島市の取り組みだ。高齢化する被爆者の体験を語り継ぐため、12年度から次世代の伝承者を養成している。

 

インタビューに応じる宮城県の村井嘉浩知事=宮城県庁で2024年2月16日、小川祐希撮影
インタビューに応じる宮城県村井嘉浩知事=宮城県庁で2024年2月16日、小川祐希撮影
 

 この事業は伝承者養成に2年の歳月をかける。現在は約200人の伝承者が原爆資料館で定期的に講話をするほか、厚生労働省の費用負担で全国に派遣されている。東北大の佐藤翔輔准教授(災害伝承学)は「広島市の事業は東北の被災地でもモデルとなる」と話す。

 実際に福島県は、広島市を参考に23年度から語り部の育成講座を始めた。

 2月初め、福島県富岡町の集会所で「東日本大震災原子力災害体験伝承者育成講座」の修了式が開かれ、50~70代の計4人が修了証書を受け取った。講座は昨年10月からこの日まで計3回あり、先輩語り部の講話を聞いたり、互いにインタビューをしたりして、語る内容を見直してきた。

 「どんなに時が流れても、つらさと折り合いをつけながら生きている」。修了者の一人で、同県双葉町介護施設職員だった岩本美智子さん(50)は講座を締めくくる発表会で、今も続く心の痛みを語りかけた。

「行政のさらなる仕組みを」

 ただ、自治体が育成に取り組む場合でも苦労は伴う。岩手県釜石市は19年度から、希望する市民に対して、伝承活動に必要な知識を共有する研修を始めた。今年1月末までに9~84歳の110人が受講し「伝承者証」を受け取った。しかし、2年間の有効期限を迎える際に39人が更新を辞退した。担当者は「市外への進学や転勤が主な理由だ」と説明する。新規申し込みも減少傾向で、担当者は「伝承者がゼロにならないよう、細々とでも活動をつなぐことが重要」と話す。

 神戸大の室崎益輝・名誉教授(防災計画学)は「防災・減災のための伝承は本来、国を含む行政の仕事だ。語り部の言葉を全国の財産とするために、民間の活動を財政的に支えつつ専門的な人材を育てる、行政のさらなる仕組みが必要だ」と提言する。

 能登半島地震の被災地にも支援、調査に入った3・11メモリアルネットワークの中川政治専務理事(47)は「能登では震災を教訓に津波避難訓練を重ね、命を守った地域があった。人の行動に変化を生み出せるのが語り部語り部の発信を必要な人へつなぐのは民間が担うが、長期的、専門的視点に立った支援は行政にしかできない。互いに補完し持続的なものにできれば、未来の命をもっと守れる」と話す。【奥田伸一、百武信幸、小川祐希】