米大統領選の共和党候補指名争いでトランプ前大統領の勝利が確実になった。15州で一斉に投票された「スーパーチューズデー」で圧勝し、対抗馬のヘイリー元国連大使を大きく引き離した。
トランプ氏は早くも11月5日の本選に向け、「米国の歴史上、最も重要な日になる。この選挙に勝つ」と復権に自信を示した。
本選は2020年に続いて民主党のバイデン大統領と対決する構図が濃厚だ。世論調査では勝敗を左右する激戦州でトランプ氏が優位を保っている。
世界を混乱させたトランプ氏の「米国第一」主義の再来を見据え、それに備える必要がある。
復権すれば、政策は以前にも増して過激になるとみられている。
全輸入品に10%の関税をかけ、中国には法外な税率を課すことを検討している。その増収分を財源に富裕層などを対象にした減税を恒久化する方針という。
ウクライナ支援や気候変動対策への拠出を削減し、「史上最大の送還作戦」と称する移民対策に振り向ける考えとされる。
影響は内外ともに甚大だ。
自由貿易を阻害し、米中対立を一段と激化させる。国産品で代替しようとすればコストが増大し、物価上昇を招くだろう。そうなれば自国の経済的な利益を損なう。
世界的な課題に背を向け、内にこもる姿勢は、途上国などの反発を買い、同盟国との結束を揺るがす恐れがある。ひいては米国の安全保障を危うくしかねない。
無謀に思える政策だが、それでも多くの人々がトランプ氏を支持し、復権を願うのはなぜか。
根底には、世界の繁栄に貢献しながら、その見返りを受けられない現状への米国民の不満がある。
国連を公共財ではなく無用の長物のように扱い、同盟国ネットワークを資産ではなく負担と捉える主張に共鳴する声は、党派を超えてある。
再考を促すのは同盟国であっても容易ではないだろう。重要なのは、予想される混乱の拡大をいかに食い止めるかだ。
自由経済や民主主義、国際ルールを重視する国々が、途上国を交えながら、秩序維持に向けて連携することが不可欠だ。日本も準備を怠ってはならない。
トランプ氏圧勝 米国の民主主義は廃れたのか(2024年3月7日『読売新聞』-「社説」)
米国のトランプ前大統領の再来が現実味を帯びてきた。11月の大統領選は、米国の民主主義と国際秩序の行方を左右するという点で、これまでになく重要である。
大統領選に向けた野党・共和党の指名候補争いで、トランプ氏が独走態勢を固めた。予備選と党員集会が集中する「スーパーチューズデー」で圧勝し、ヘイリー元国連大使との差を大きく広げた。
トランプ氏は、前回大統領選の敗北を認めていない。支持者による連邦議会議事堂占拠事件など、計4件で刑事訴追されているが、「バイデン政権による政治弾圧だ」と主張し、大統領に復帰した場合は報復すると公言している。
選挙結果の尊重や、権力の平和的な移行、法の支配は、民主政治の根幹である。だが、トランプ氏はこれらの理念を否定するような言動をとり、自らに反対する勢力は全て敵だとみなしている。
移民問題や物価高を巡る国民の不満が、トランプ人気を支えているのは間違いない。政策上の問題があるとしても、全てを現政権の失敗と決めつけて有権者の怒りを 煽あお り、支持拡大を図るトランプ氏の手法は公正さを欠いている。
共和党のライバルの多くは、熱狂的なトランプ氏支持層の反発を恐れてか、トランプ氏との戦いを避け、選挙戦から撤退した。トランプ氏の方は、他候補との討論会自体を回避し、政策論争は皆無に等しかった。
今回の大統領選は、米国の民主主義そのものが危機的状況にあることを示しているようだ。トランプ氏の裁判で有罪判決が出た場合は、混乱がさらに増大することは避けられない。
トランプ氏の影響は国際政治にも及んでいる。トランプ氏の主張に呼応する形で、共和党下院議員の多くがウクライナへの追加軍事支援予算の承認を拒み、米国の援助は途絶えつつある。
国際協調や同盟関係に否定的なトランプ氏と、「米国には国際秩序を守る責任がある」とするバイデン大統領との隔たりは大きい。米国の有権者の見方も、真っ二つに割れているように映る。
大統領選が再び、バイデン氏とトランプ氏の対決になった場合はどちらが勝っても、国民の分断と政治の不安定化が続くだろう。
民主主義や国際的貢献を唱え、世界をリードしてきた米国の姿は消えつつある。日欧などの先進国が果たす役割は大きくならざるを得ない。日本は何ができるか、今から検討を始める必要がある。
再対決の大統領選が米国の閉塞感を映す(2024年3月7日『日本経済新聞』-「社説」)
11月の米大統領選は民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領が再び戦う公算が大きくなった=AP
深まる国内の分断に身動きがとれず、政治が問題の解決に役割を果たせていない。今回の大統領選は米国の閉塞感を投影した展開となっている。内向きの対立が先鋭化し、民主主義の盟主としての米国の威信を傷つける選挙戦にならないか心配が尽きない。
それを象徴するのが共和党候補選びだ。序盤の天王山スーパーチューズデーでトランプ前大統領が圧勝し、党の指名獲得をほぼ確実にした。11月の大統領選は2020年に続き、民主党のバイデン大統領との再対決となる公算が大きい。ただ、米国内には2人の再戦を見たくないと答えた割合が3分の2にのぼる世論調査もある。
90を超える罪で起訴され、指導者の適格性を問われている人物がなぜ支持を集めるのか。
「バイデン氏が検察当局を使い、政敵である自分を追い落とそうとしている」と起訴を逆手にとったトランプ氏の主張が共和党の岩盤支持層の結集に役立った面がある。荒唐無稽な言い分が浸透してしまう背景に、米社会の分断があるのは間違いない。その土壌となっている経済格差はなお大きく、しつこいインフレが多くの国民の暮らしを苦しめている。
処方箋を示すべき政治は機能不全ぶりをさらしている。ウクライナ支援をはじめ国益にかかわる政策は与野党対立で前に進まず、格差是正に向けてバイデン政権が掲げた富裕層や大企業への増税構想も宙に浮いたままだ。
米ピュー・リサーチ・センターによると、連邦政府への信頼度は歴史的な低水準にある。トランプ氏はこんな既存政治への不満をすくい取り、ヘイリー元国連大使らライバルを寄せ付けなかった。
もっとも、本選の勝利には弱点とされてきた無党派層の取り込みが要る。選挙と並行して進む裁判で有罪判決を受ければ、穏健な共和党支持層も離反しかねない。
高齢のバイデン氏を擁する民主党に熱気は乏しい。中東危機への対応に反発する若者ら支持基盤が崩れる兆しがあり、前回成功したように「反トランプ」の層を再び糾合できるかは心もとない。
米政治の混乱に乗じて不穏な動きを強める国が出る恐れもある。日本は誰が大統領になるかにかかわらず備えを万全にすべきだ。防衛力の向上や欧州など同志国との連携強化といった努力は当然だ。トランプ氏再登板をにらんだ人脈の再構築も怠らないでほしい。
米大統領選 「トランプ登場」に備えよ(2024年3月7日『産経新聞』-「主張」)
米大統領選の民主、共和各党の候補指名をめぐる州の予備選などが集中する「スーパーチューズデー」が行われた。共和党ではトランプ前大統領が圧倒的な強さを示して勝利し、ヘイリー元国連大使は撤退を表明した。民主党は現職のバイデン大統領が圧勝した。
11月の本選は4年前と同様、トランプ、バイデン両氏の対決となる見通しだ。各種世論調査では両氏への支持率はほぼ拮抗(きっこう)している。ただし、本選の勝敗を分けるとされる接戦州ではトランプ氏への支持が上回る傾向にある。どちらが勝利するかはわからないが、米大統領が誰になるかは国際秩序の行方を左右する。
トランプ氏は、大統領在任中も今も、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の国防費負担が不十分だと怒りを示してきた。台湾有事が懸念される中で、日本の防衛努力にも厳しい視線を向けるに違いない。
日本は自国と地域の平和と安全を守るため、どちらが当選しても日米同盟を堅持していく必要がある。トランプ氏と盟友関係だった安倍晋三元首相を日本は失った。政府・自民党は最優先でトランプ氏との関係を再構築してもらいたい。
スーパーチューズデーの段階で本選の対決の構図が固まったのは異例だ。トランプ氏は指名争いよりも現職バイデン氏に照準を合わせている。
懸念されるのは、このような情勢が、侵略者ロシアに抗戦するウクライナへの支援を滞らせていることだ。
米上院は先月、ウクライナ支援を含む約950億ドル規模の緊急予算案を可決した。一方、共和党が多数派の下院は可決の見通しが立っていない。緊急予算案に反対するトランプ氏が、承認阻止に向けて所属議員に影響力を行使している。
バイデン氏への対抗姿勢を示すためかもしれないが、ウクライナ支援を滞らせては危険だ。ロシアが有利になれば、中国など「力による現状変更」を狙う専制国家が勢いづくからだ。
77歳のトランプ氏は米連邦議会襲撃事件など4件で起訴されている。81歳のバイデン氏は仏独首脳の名前を言い間違えるなど記憶力に疑問符がつく。大統領としての資質を問う声が向けられる両氏には、こうした疑念を払拭する論戦を期待する。
老け込む暇はない スーパーチューズデー (2024年3月7日『産経新聞』-「産経抄」)
米第26代大統領のセオドア・ルーズベルトは、1904年にボクシングで目を打たれて視力が落ちた。左目が失明するのはその4年後、大統領の在任中である。周囲に悟られぬように振る舞ったため、知っていたのは数人という。
▼『アシモフの雑学コレクション』(新潮文庫)から引いた。小さな弱みが政敵に攻撃材料を与え、外国の侮りを招く。先日、バイデン大統領が受けた健康診断の結果が公表され、「体調は良好」とあった。当然といえば当然だが、身のこなし一つにも気を抜けない仕事だろう。
▼大統領選に向けた序盤戦の山場「スーパーチューズデー」を終え、4年前と同じ民主党のバイデン氏と共和党のトランプ氏による争いがほぼ確実になった。秋の投票日時点でバイデン氏81歳、トランプ氏78歳。史上最高齢の2人による争いである。
▼そこに加えてバイデン氏は記憶力や認知機能の衰えが指摘され、トランプ氏は自身の刑事訴訟などが足かせとなる恐れもある。少なからぬ不安材料を抱えた2人が民主主義陣営のリーダーの座を争う点でも、今年の大統領選は異例というほかない。
▼「もしトラ」という言葉が警戒感を帯びて巷間(こうかん)を飛び交う。もしトランプ氏が大統領になったら―。極端な「米国第一主義」やウクライナ支援への影響など、多くの懸念が示されてはいる。わが国も外交チャンネルの準備が必要になろう。さりとて、外交の指針がぶれても困る。
▼「ウクライナは明日の東アジア」(岸田文雄首相)との視座に立ち、なすべき支援をなし、国の守りを固める。国際政治の主要プレーヤーとして、毅然(きぜん)と振る舞うほかない。こちらの足腰の弱りを強権国家は待っている。日本も米国も老け込んでいる暇はない。
米大統領選 多様な民意託せる候補か(2024年3月7日『新潟日報』-「社説」)
高齢による衰えが懸念される現職と、法廷闘争を抱えた前職が再び激突する可能性が高まった。米国の多様な民意をまとめていける候補者なのか疑問を覚える。
11月の米大統領選に向けた共和、民主両党の候補指名争いは5日、州の予備選などが集中するスーパーチューズデーとなった。
共和党は、「米国第一主義」を掲げるトランプ前大統領が、ヘイリー元国連大使に圧勝し、指名獲得を確実にした。
民主党は、再選を目指すバイデン大統領が各州で圧勝した。本選はトランプ氏とバイデン氏による再対決の構図が事実上固まった。
今のところ全米での支持率は、トランプ氏がわずかにバイデン氏をリードしている。
背景にはバイデン氏がイスラム組織ハマスの奇襲を受けたイスラエルを支持し、報復を容認してきたことがある。報復攻撃で多くの民間人が犠牲になり、米国のアラブ系市民や若者の離反を招いた。
一方、熱狂的な支持勢力を持つトランプ氏は、国際協調路線には背を向け、不法移民政策などで民主党政権を徹底批判してきた。
トランプ氏が圧倒的な支持を集めたのは、共和党の内向き志向の表れと見ていいだろう。
共和党政権に戻れば、ウクライナ支援をはじめとする外交姿勢が大転換する可能性がある。
トランプ氏については、2021年の議会襲撃事件に関与、反乱したとして、西部コロラド州最高裁が出馬資格を剝奪する判決を示していたが、連邦最高裁がこれを覆し、出馬資格が認められた。
ただ、このほかにも複数の訴訟を抱えている。
共和党内にはトランプ氏が意に沿わない幹部を排除し、親族とすげ替えようとする動きがある。
選挙の資金集めを調整する党全国委員会のトップに親族を就ける画策をしているのも、巨額の訴訟費用を党予算から捻出する目的があるとみられる。党を私物化しようとする動きが目に余る。
81歳のバイデン氏は、米史上最高齢の現職として再選を目指す。
ホワイトハウスは、職務遂行に問題はないとする医師の診断書を公表したが、体力や記憶力の衰えが懸念されている。
米紙の世論調査によると、国民の7割以上が、バイデン氏について「大統領を務めるには年を取りすぎている」と回答したという。支持者の間でも高齢不安が広がっている。状況は深刻といえる。
トランプ氏も4年後には現在のバイデン氏と同じ81歳になる。
米調査会社によると、米国の成人の6割超が「第3の政党が必要だ」と答えている。民主、共和両党以外の選択肢を望む声が多いのは、両党が民意を代弁できていないという考えによるものだ。
分断が深まる中でかじ取りを任せられるリーダーが求められる。