3月8日は国際女性デーです。
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Jリーグや4年ごとのワールドカップ(W杯)、アジア・カップなど男子の競技カテゴリーで、いくつもの「女性初」を経てきた。国際審判員で日本サッカー界初の女性プロフェッショナルレフェリーの山下良美さん(38)。第一線だからと肩肘張らず、「これを当たり前にしたいという目標を前提に、いかにベストを尽くすか」と自然体を強調する。(上條憲也)
アジア・カップ1次リーグのオーストラリア―インド戦で、主審を務めた山下良美審判員(右)=1月13日、アルラヤン(共同)
◆男子アジア・カップで史上初の女性主審に
今季が開幕したJリーグは2日のJ2長崎―仙台戦で主審を務め、引き続き試合の割り当てに備えて調整中という山下さんは男女カテゴリーを問わず担当する。パリ五輪出場を懸けた女子のアジア最終予選で日本が北朝鮮に勝った2月28日、もう一つの出場枠を懸けてオーストラリアがウズベキスタンに勝った試合で主審を務め、その1カ月ほど前にはカタールで開催された男子のアジア・カップで、大会史上初の女性主審としてピッチに立った。
「光栄と思いやるべきことをやる。それだけを考えた」。1月13日、1次リーグのオーストラリア―インド戦。2人の女性副審と第4審判、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)など含め、この試合は担当7人の男女審判員が全員日本勢になり、チームワークを発揮した。
女性の活躍について話すサッカー国際審判員の山下良美さん=東京都文京区のJFAハウスで
◆先輩たちが切り開いてきた道がある
別の試合では主審と副審を支える第4審判として、大きなジェスチャーで声を上げる監督に毅然(きぜん)と対応。大会を通じて海外メディアから称賛された。
「たまたま私に初ということが付いてきている」といい、「先輩たちが切り開いてきた道があり、仲間の審判員がいろいろなところで信頼を積み重ねてきている」と謙虚に語る。「初めてという責任の重さはいつも感じている。これまでの信頼を壊してはいけないと強い責任を感じる」
◆女性のスポーツ人口が少ない西アジアで
常に注目されてきた。2015年から国際審判員の山下さんは21年、Jリーグの担当審判員リストに初の女性審判員として名前を連ね、5月のJ3の試合からJリーグで笛を吹く。22年9月にはJ1の主審を初めて務めた。アジアサッカー連盟(AFC)主催の22年アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)で務めた主審も女性として大会初。
2022年9月18日、FC東京―京都戦で女性として初めてJ1主審を務めた山下良美さん
世界の関心が向くW杯やアジア・カップの会場となったカタールで審判員を務めたことを「勝手な思いですが、すごく意味があることなのではないかなと。今後につながるものがあれば」という。特に西アジアは文化的な背景があり、「まだ女性がスポーツをする人口も少ない」から。
◆「お前はキッチンに立ってろ」が一変
一方で時代の変化も感じる。例えばサウジアラビアは22年に26年女子アジア・カップ招致を表明したり、「女性審判員がでてきたり、お会いしたことはないがテレビで見たことがある。今までとは違うなと思う」と山下さん。
女性の活躍について話すサッカー国際審判員の山下良美さん=東京都文京区のJFAハウスで
山下さんは、ある西アジアの女性審判員仲間から、男子の試合を初担当したときのこんな経験を聞いたことがある。「試合が始まる前、おまえはキッチンに立ってろ、という言葉が(観客席などから)飛んできた。でも試合が終わったらなくなった」
◆審判に技量の差はあっても性差はない
プレーや流れを見極めた的確な判定をすれば、試合は会場と一体となって円滑に進む。それをコントロールする審判の能力に、技量差はあっても性差はない。いずれはW杯の決勝など、誰にでもチャンスはある。
「大人になってから緊張感を持ちながら何かをするってなかなかない。でも今はそれができる。私はあまり先を考えないけど、頂いている機会を継続していくことを目指したい。そのためには1試合1試合。そう強く思っている」と話す。
◆吹けなかった笛…向上心が生まれた
山下さんに審判員の仕事について聞いた。
—アジア・カップで主審を務めた試合はオーストラリアの先発にJ1町田のFWデュークがいた。
「知っている選手が国の代表でプレーするということで、顔つきとかちょっと違う雰囲気を感じた。私も試合に入る際の気持ちもあって勝手にそう感じたのかも。試合中は(選手と信頼関係を築く上で)いろいろな人と話した方がいいと思えば話すので、何かファウルがあったときにたぶん一言声を掛けたと思う」
女性の活躍について話すサッカー国際審判員の山下良美さん=東京都文京区のJFAハウスで
—審判員の大変さは。
「主審と第4審判はまた違う。第4審判は主審をいかにサポートできるか。主審より見えているものが多くないといけない。何かが起こりそうなことに気付くことで予防できるなら先に、何番と何番の選手を見てください、などと(無線通信で)伝える」
—審判員になったのは選手だった大学時代の審判経験から。
「1試合ぐらいならやってもいいかという気持ちだった。笛を持って立つと簡単には吹けなかった。ファウルだろうと思った場面も、それでも吹けなかったことが最初はあった。もっと上手にという向上心が出てきた」
—気づきがあった。
「もう一つの理由は、ほかの試合では激しいタックルのファウルがあったが、笛を吹かなかった。タックルされた選手のチームの監督から、相手がそんなことやるんだからこっちもやっていいんだぞ、と聞こえた。自分が笛を吹かないと選手の安全まで脅かされてしまうのかと感じた。責任感もあった」
山下良美(やました・よしみ) 1986年、東京都生まれ。幼少時から選手としてプレー。東京学芸大時代の先輩に誘われて審判員の道に進み、2015年に国際主審の資格を取得。22年、日本初の女性プロ審判員となった。
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