3月8日は国際女性デーです。
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仕事や子育てが犠牲になる街頭活動はしない、他人のお金には頼らない—。昨春の統一地方選で、そんな独自の選挙スタイルで当選を果たす女性たちが相次いだ。「地盤、看板、かばん」の三バンがなければ当選できないと言われる政界を、地方から変えつつあるのは、茨城県つくば市の女性市議が始めた無料オンライン相談会。多様な声を政治に反映させようと、無名でも志ある女性や若者たちの挑戦を後押ししている。(曽田晋太郎)
◆選挙カーをうるさく思う子育て世代に喜ばれた
「政党の推薦もなくてどうやれば票が取れますか」
2月中旬に開かれた無料オンライン相談会「選挙チェンジチャレンジの会」。地方議員を志す女性や若者たちに選挙運動のノウハウを助言する月1回の相談会で、2022年2月からオンラインで続けられている。ユニークなのはその「必勝法」。基本的に街頭での演説やビラ配りはせず、選挙カーでの街宣もしない。後援会は作らず、事務所も構えない。一方、ウェブサイトやSNSでの発信に力を入れる。
◆昨春は「相談会出身」議員が20人誕生
旧来のイメージをひっくり返す選挙運動だが、昨春の統一地方選では会から女性13人を含む20人の議員が生まれた。この日、地方議員を目指す30〜40代の男女10人の質問に熱心に答えていたのは、議員歴4年未満の12人の「先輩」たちだ。
当初、助言する議員は1人だった。それが、会を始めたつくば市議で弁護士の川久保皆実さん(38)だ。6歳と4歳の2男の母。子育てと仕事をしながら独自スタイルで20年10月に初当選した。メディアを通して川久保さんの選挙運動を知った人々から「相談に乗ってほしい」と依頼が相次いだが、個別に相談に乗る余裕はない。それでも女性や若者たちを後押ししたいと始めたのが、オンラインでの合同相談会だった。
◆帰郷して感じた「子育ての不便さ」が契機に
川久保さんが市議を目指したのも、身近な「不便」を変えたかったからだ。
家族で東京都内に暮らしていたが、コロナ禍で仕事のオンライン化が進み20年7月に故郷のつくば市に移住した。戻って「衝撃を受けた」のは、息子が通う公立保育園での親の負担の大きさ。使用済み紙おむつは持ち帰りが必要で、昼寝用の布団は保護者が毎週末持ち帰らなければならない。3歳以上のクラスでは毎朝弁当箱に白米を詰めて持参しなければならず「都内ではなかったことで、当たり前の負担と思えなかった」。子育て世帯の声が置き去りにされているのは、議会に当事者がほとんどいないからではないか。「自分が出よう」と決意した。
◆他人のカネに頼らず、選挙活動は「ごみ拾い」
とはいえ、家事や育児があるため夜や土日は活動できない。選挙運動に使える時間は、仕事のない平日の日中や子どもが寝ている早朝くらい。「出馬を決意した時から、既存のやり方にとらわれず仕事と育児を犠牲にしない、他人のお金に頼らないと決めていた」
保育園送迎時などにたすきをつけてごみ拾いを続けてSNSに上げた。だが、街頭演説はせず、事務所も構えない運動を年配の知人からは心配された。「小さい子どもを育て、仕事をしている人でも無理なくできるやり方で当選できることを示したかった」。結果は定数28で上位の3位当選。生活を犠牲にしない選挙戦が、地方議会に新風を吹き込んだ。
◆当選した「後輩議員」が新たな助言者に
選挙チェンジチャレンジの会にはこれまでに全国から97人が参加。参加条件は▽無所属▽49歳以下▽現職ではない—などで、主に女性や若者を想定している。地盤(組織)、看板(知名度)、かばん(資金)の「三バン」がないと無理だといわれた硬直した政治を変えたいと思うからだ。川久保さんは「今までの議員の性別や年齢構成を見ると、女性や若者はすごく少ない。ここを改善し、地方から草の根的に多様な当事者の声がしっかりと反映される政治を実現したい」と語る。
川久保さんの助言で当選した議員たちが、次は助言する側に回り、経験を伝えている。この2年間に会からは、茨城県日立市や愛知県稲沢市、千葉県印西市、埼玉県鴻巣市などで20〜40代の31人が市議、区議、町議のいずれかに当選した。31人のうち女性は23人で7割を占める。子育てしながら当選した議員も多い。
◆「選挙活動は嫌い」だったシングルマザーも
昨春の統一地方選で東京都北区議に初当選した会社員加藤美樹さん(34)も、会の参加者の一人だ。神戸市出身で、結婚を機に13年から北区で暮らし、今は小学4年の長女(10)と保育園児の長男(6)を育てるシングルマザーだ。
2月に開設した子育て世代が立ち寄れる議員事務所でスタッフと打ち合わせする東京都北区議の加藤美樹さん(左)=東京都北区で
もともと政治に関わりはなかったが、22年に学童クラブの弁当の区営化を求める署名活動を実施。その後に区営化がかない、「困っている当事者の声を行政に届けることで、社会は変えられると確信した」。区議を目指そうと決めたものの「顔を出すのが好きではなく、基本的に選挙活動は嫌い」。自分に向いた方法はないか調べていたところ、会を知り、選挙1年前からほぼ毎月参加した。
◆選挙公報を工夫、署名活動の実績を前面に
周囲からは「露出しない選挙では当選は無理」などと言われたが、川久保さんから「自分の今の状況でできることを考えてやればいい」と背中を押されて覚悟を固めた。「選挙でこれをやる意義があると納得できる事例をたくさん教えてもらい、自分がやりたい活動はこれだと思った」
選挙戦では、経歴や公約が載る選挙公報やポスターが目を引くようデザインを工夫し、署名活動の実績を前面に出した。選挙はがきも子育て中と思われる世帯に送ったが、それ以外の活動はほとんどしなかったという。結果、定数40に55人が立った区議選で、9位の得票で初当選。当選者の中で無所属は唯一だった。
◆当事者目線の議員が政治を変えてゆく
昨春の統一地方選では全国で女性が大きく議席を伸ばした。総務省の集計によると、当選した女性議員は前回19年比492人増の2943人に上り、全当選者に占める割合が19.9%と過去最高になった。女性当選者の割合はいずれも過去最高で、道府県議選で14.0%、政令市議選で23.6%、政令市以外の市議選で22.0%、東京の区議選で36.8%、町村議選が15.4%だった。
それでも、地方議員の女性割合は低水準。まだまだ「女性ゼロ議会」も各地に残る。
選挙チェンジチャレンジの会は「自分らしいやり方」で選挙に挑戦するよう呼びかける。22年には、川久保さんの試みが立候補者の裾野を広げると評価され、地域の民主主義向上に向けた優れた取り組みを表彰する「マニフェスト大賞」のコミュニケーション戦略賞・優秀賞にも選ばれた。
「市議として、自分が動くことで市民がより幸せに過ごせるまちをつくれるのがやりがい。地方議員だからこそ、身近なところで自分のまちを変えていけるのがすごく楽しい」と川久保さん。そんな当事者目線の議員が増えることで政治は少しずつ変わっていくという。「三バンはないけれども、子育てなどの当事者としてまちをより良く変えてくれると期待できる候補者を有権者も待ちわびているはず」と話した。
◆デスクメモ
20年以上前、つくば市長選の選挙違反事件を取材した。現職市長が区会組織を使って金をばらまいた大規模買収。「研究都市」の看板の陰で古いムラ社会が存在する土地柄だった。その市で育った女性が旧弊打破に取り組むのは印象深い。新しい風はどこからでも吹かせられる。(北)
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