「ひどすぎて話にならない」 阪急阪神HDの悪手、専門家が酷評(2024年2月27日『毎日新聞』)

八田進二・青山学院大名誉教授=本人提供拡大
八田進二・青山学院大名誉教授=本人提供

 宝塚歌劇団の女性劇団員が死亡した問題で、外部の弁護士チームによる調査報告書が公表されてから3カ月あまり。親会社の阪急阪神ホールディングス(HD)が「パワーハラスメントは確認できなかった」とする調査内容を軌道修正し、遺族側に謝罪する意向を伝えていたことが明らかになった。ガバナンス(企業統治)の専門家は「親会社としての対応を誤った悪い事例だ」と批判する。阪急阪神HDはいつ、何を間違えたのか。

 女性劇団員の死亡を受け、歌劇団は2023年10月に外部の弁護士事務所による調査チームを設置。同11月に記者会見を開き、調査報告書を公表した。だがその内容について、不祥事を起こした企業が設置した第三者委員会の報告書を評価する有識者団体メンバー、八田進二・青山学院大名誉教授は「ひどすぎて、話にならない」と酷評する。

 八田名誉教授がまず問題点に挙げるのは、調査チームの中立性だ。調査を手がけた大阪市の弁護士事務所には、歌劇団を運営する阪急電鉄と関わりの深い企業(阪急阪神百貨店の親会社、エイチ・ツー・オーリテイリング)の役員が所属していることが判明した。また死亡した劇団員が所属する宙(そら)組のうち4人が聞き取りを辞退し、問題に関わった全員をヒアリングできずに原因究明にたどり着けなかった点も疑問視する。

 さらにHDの「企業価値を著しく損ねた」とみるのは、11月の記者会見での対応。角和夫会長や嶋田泰夫・阪急電鉄社長は出席せず、歌劇団の専務理事だった村上浩爾理事長が「証拠を見せていただきたい」と遺族側に発言。「親会社としての真摯(しんし)な対応が感じられなかった」と指摘する。

阪急阪神ホールディングス(HD)の本社=大阪市北区で、岩井香寿美撮影拡大
阪急阪神ホールディングス(HD)の本社=大阪市北区で、岩井香寿美撮影

 「国際的にも企業の人権意識が重視される中、人命が失われたことの重大性に気づいていなかったのではないか。親会社のHDとしては外部に調査を委ねるのではなく、(問題が発生した)当初から自浄能力を発揮し、社外取締役らが中心となって、全社を挙げた社内調査を実施すべきだった」と述べた。

 11月の記者会見の内容は、早々に「世間に受け入れられていない」(HD関係者)と社内で認識され、HDや歌劇団は企業ブランド価値損失の危機感を募らせたとみられる。

 12月に遺族側からパワハラの証拠とする記録を含めた意見書を送付され、歌劇団の公式ホームページから報告書を削除。HD首脳は「(報告書とは別に)我々としても聞き取りをして、精査を進めていきたい」とし、方針転換を余儀なくされた。

 阪急阪神HDは関西を代表する名門企業の一つで、角会長は10年以上にわたって関西経済連合会の副会長を務めている。参加した2月の関西財界セミナーで、報道陣の取材に「2月中に(遺族との)話し合いがまとまればよい」と話し、問題解決への強い意欲を見せていた。

 幕引きを急ぎたい理由は歌劇団の事情もある。宝塚歌劇は今年、初演から110周年の節目を迎えるが、問題を受けて記念式典や関連行事を中止。さらに死亡した劇団員が所属していた宙組は昨年10月から今年3月までの全公演が取りやめとなり、若手劇団員の研さんの場が失われることを懸念する声が関係者から出ていた。宙組では5月から話題作「ファイナルファンタジー16」の上演が予定されており、これ以上の影響が及ぶのを避けたとみられる。【小坂剛志、水津聡子】