残る人、旅立つ人 被災地の卒業式(2024年3月3日『産経新聞』-「産経抄」)

 
能登半島地震。県立飯田高校卒業式。卒業式後のホームルームでひとりずつ卒業証書が手渡された=1日午後2時27分、石川県珠洲市(安元雄太撮影)

時間は川の流れにたとえられる。来し方行く末を思うとき、人は時間の岸に立つ。誰かを待つときも。<帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく/岸とふ文字を歳時記に見ず>。いまの上皇后さまが平成24年の歌会始で詠まれた一首である。

▼その前年の東日本大震災では、多くの人が津波にさらわれ行方不明となった。季語に「岸」という言葉がないように、帰りを待つ思いに四季はない―。残された人の心に寄り添い、待つ身の切なさをこれほど優しく詠(うた)った一首を他に知らない。時間はそれでも流れている。

▼鎮魂と巣立ちの3月である。能登半島地震から2カ月を経て、なお傷の癒えぬ石川県では県立高校の卒業式が行われた。入学時は新型コロナ禍、卒業式を目の前にして見舞われた震災。「日常」の価値は、若者の中で大きな変化を見たに違いない。

▼「皆さんは全国各地の給水車から水をいただき、蛇口から水が出た時の喜びを知っている」。七尾高(七尾市)の樋上哲也校長が卒業生に送った式辞を「産経ニュース」の記事で知った。そんな若者が築く未来は「優しく力強いものになるはず」。

▼飯田高(珠洲市)の卒業式で復興に「力を貸して」と呼びかけたのはPTAの葛原秀史会長である。「ふるさとは、いつまでも優しさを広げて待っています」と。岸に立ち、帰りを待つ人はここにもいた。卒業する生徒の中には、地元自治体や企業で働く人もいると聞く。

唱歌『ふるさと』の3番目の歌詞にある。<志を果たして/いつの日にか帰らん/山は青きふるさと/水は清きふるさと>。復興を期して傷ついた郷里に残る人、復興を信じていまは新天地へ旅立つ人。それぞれの時間の岸が、心の中で一つにつながっているといい。 

  1. うさぎひしやま
    小鮒こぶなりしかは
    ゆめいまめぐりて
    わすがた故郷ふるさと
  2. 如何いかにいます父母ちちはは
    恙無つつがなしやともがき
    あめかぜにつけても
    おもづる故郷ふるさと
  3. こころざしたして
    いつのにかかえらむ
    やまあお故郷ふるさと
    みずきよ

高野辰之作詞岡野貞一作曲による文部省唱歌

 

動画;ふるさと(♬兎追いしかの山〜)byひまわり🌻×4【合唱】歌詞付き【日本の歌百選】