政倫審と予算案 不信は膨らむばかりだ(2024年3月2日『北海道新聞』-「社説」)
自民党派閥の裏金事件を受けた衆院政治倫理審査会(政倫審)は2日目の審査で、安倍派の元幹部4人が出席した。
最大の焦点は、裏金づくりはいつ誰が何の目的で始め、どのように継続し、何に使ったかだったが、新たな証言は出なかった。
2022年にいったん廃止を決めた派閥の資金還流を安倍晋三元首相の死去後に復活させた経緯についても、違法性の認識はなかったとの答弁が相次いだ。
座長や事務総長を務めた最高幹部が、いずれも組織的な裏金不正への関与を否定した。それでは一体だれが意思決定をしていたのか。疑念は募るばかりだ。
実態が解明されなければ、再発防止策もままならない。追及をかわしてばかりの逃げの姿勢が、国民の不信感をかえって増幅させていることを自覚すべきだ。
自民党が新年度予算案の採決を強行し、これで幕引きと考えるなら大間違いである。国会には、参考人招致や証人喚問を含め、真相究明を続ける責務がある。
安倍派の事務総長を務めた西村康稔前経済産業相は、資金還流について「歴代会長と事務局長の間で長年慣行的に扱ってきた」と述べ、自身の関与を否定した。
だが、派閥ぐるみの億単位に上る巨額の不正である。事務方だけの判断でできるはずはなく、何らかの意図を持って、政治家が関与したと考えるのが自然だろう。
そうした疑惑の全てを、亡くなった安倍氏ら歴代会長に押しつけるのは無責任ではないか。
事務総長だった松野博一前官房長官や座長だった塩谷立元文部科学相は、資金還流が20年以上続く慣行だった可能性に触れた。
派閥の元会長で、いまだ安倍派に強い影響力を持つ森喜朗元首相を国会に呼び、過去の経緯を含めて話を聞くべきだ。
今回の出席者だけで事実解明できないのであれば、さらに多くの証言を積み重ねるのが筋だろう。
自民党の小野寺五典衆院予算委員長は、政倫審が終わらないうちに予算案の採決を職権で決めた。
裏金の解明が全く進まない乏しい審理状況であっても、政倫審はとりあえず開催さえすればいいと言わんばかりの姿勢だ。
予算委員会は、政治とカネの問題に時間を取られ、予算案自体の実質的な審議は停滞している。
国民不信を無視した採決強行は、民主主義の否定につながる。自民党は国民の怒りに真摯(しんし)に向き合わねばならない。
疑問残し幕引き許されぬ/自民裏金の実態解明(2024年3月2日『東奥日報』-「時論』)
岸田文雄首相や自民党安倍派の幹部らは、国民の疑問の核心がどこにあるか分かっていたはずだ。それに応えないまま「幕引き」を図ることは許されない。
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡り、衆院政治倫理審査会が2日間にわたって開かれた。
1日目は党総裁の岸田首相と二階派事務総長の武田良太元総務相、2日目は西村康稔前経済産業相や松野博一前官房長官ら安倍派の事務総長経験者4人が審査対象になった。
最大の焦点は、ノルマ超過分のパーティー券販売収入を政治資金収支報告書に記載せず、裏金化していた経緯がつまびらかになるかだった。
最大派閥の安倍派では、大半の議員がそうした政治資金規正法に背く処理をしており、自民党の聞き取り調査報告では、20年以上前からの慣行だった可能性も指摘されていた。
組織的に違法行為を続けていたと批判されても仕方ない不記載はもともと誰の発案で、目的は何だったのか。
派閥からの資金還流は、安倍晋三元首相が一昨年、西村氏ら幹部と協議し、とりやめを決めたが、安倍氏の死去後に復活した。還流再開も幹部が話し合った上での判断と考えるのが普通だろう。
自民党の調査がこれらの点に曖昧さを残したことで、国民が政倫審を通じて明らかにしてほしいと思うのは当然だ。
ところが、政倫審に臨んだ安倍派幹部らの説明は、従来の範囲内にとどまり、新たに判明した事実はなかったと言わざるを得ない。
資金還流が始まった時期や関わりについて松野氏は「存じ上げない。収支報告は事務総長の担務ではない」とし、資金の「不正利用はない」と主張。西村氏は幹部の違法性認識に関わる還流復活に対し「経産相就任以降の話で、経緯は承知していない」と述べた。
武田氏も事務方の会計責任者に任せ、政治資金の違法な処理は「存じ上げなかった」と答えている。
今回の衆院政倫審は規程に基づき、議員本人の申し出を受けて開催された。事件発覚時は還流の実態を把握していなかったとしても政倫審出席に際しては、資金還流の経緯について事情を知るとみられる関係者にただしておく必要があったのではないか。
安倍派で言えば、派閥会長を務めていた森喜朗元首相が当たる。西村氏は、第三者の確認が適切だと述べたが、それが実行できるならなおいい。自民党は第三者による再調査に取り組むべきだ。
塩谷立元文部科学相や高木毅前国対委員長を含め安倍派幹部の証言によっても疑問が解消されなかったのは、前日の政倫審に出席した岸田首相の姿勢が影響したはずだ。
首相はこれまでの国会答弁を繰り返したり、自民党の調査報告をなぞったりするだけで、説明責任を果たしたとは言えなかった。首相以上に踏み込んだ発言はできないとの考えが働いたことは否めまい。
参院に移る2024年度予算案の審議は重要ではあるが、自民党内では、茂木敏充幹事長らの後援会組織で不明朗な会計処理も判明している。首相が言う通り政治への信頼なくして政策は推進できない。「政治とカネ」問題の徹底解明が求められよう。
安倍派幹部政倫審 国会でなお徹底解明を(2024年3月2日『秋田魁新報』-「社説」)
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受けた衆院政治倫理審査会が終了した。出席したのは、きのうまでの2日間で計6人。裏金づくりの実態が明らかにされることはなく、真相は依然、闇の中だ。
きのう出席したのは安倍派で事務総長を務めた西村康稔前経済産業相、松野博一前官房長官、塩谷立元文部科学相、高木毅前国対委員長の4人。自民党が国会議員を対象に行ったアンケートで、政治資金収支報告書への不記載があったとする現職議員82人中、76人と突出して多かったのが安倍派だ。それだけに注目されたが、自分は知らないとかわすばかりだった。
岸田文雄首相は初日の政倫審で「自浄作用が求められている自民党が抜本的な出直しをしていかなければならない」と決意を述べたが、その言葉がむなしく聞こえる。これで出直しとなるはずがなく、自民党の信頼回復は一層遠のいたと言えよう。
安倍派ではパーティー券の販売ノルマ超過分を議員に還流することが長年にわたり行われてきたとされる。だが安倍晋三元首相の意向で2022年春ごろ、還流取りやめが伝達された。にもかかわらず安倍氏の死後、幹部の協議を経て同年秋ごろ復活させたというから異常だ。
なぜ復活させたのか。復活を決めたのは誰なのか。同年夏まで事務総長だった西村氏は、還流に関する幹部協議に加わったことを認める一方、還流が復活した経緯については「全く承知していない」と説明した。
パーティー収入の還流については「20年以上前から行われてきた」とする証言もある。この点についての追及に対しても、説明はあいまいなままだった。
他の3人も問題の核心を語ることはなかった。自民党の自浄能力はもはや期待できないと言わざるを得ない。証人喚問や参考人招致も含め、国会で徹底的に解明する必要がある。
使途も焦点だ。自民党の聞き取り調査では会合費、手土産代などとしただけで、具体的に誰が何にどのぐらい使ったかは不明。政治資金として使われていたかは疑念が残る。
岸田首相は「議員個人が受領した例や、政治活動以外への使用、違法な使途は把握されていない」としているが、違法な不記載が横行していた中で使途には問題がなかったとする主張を受け入れられるだろうか。
自民党は昨年秋にこの問題が発覚してからしばらく実態解明に動かなかった。今年に入ってようやく全議員を対象にしたアンケートや聞き取り調査に乗り出したのが実情だ。認識の甘さと対応の遅れは否めない。
きのうは24年度予算案採決を巡り与野党の攻防があった。能登半島地震の復旧・復興を含む予算案は早期成立を図るべきだが、裏金事件の解明をおろそかにしていいはずがない。国会審議にも大きな影響が出ていることを自民党は猛省すべきだ。
家人が最近、枕を買い替えた。これまでより二回りも大きく、肩や背中も包み込む。「眠りが深い感じ」とは本人の弁だ
▼結婚発表で世界を驚かせた米大リーグの大谷翔平選手は睡眠や食事に人一倍気を使うことでも知られる。鮮烈なドジャースデビューとなったオープン戦のあのホームランも日頃の自己管理のたまものだろう。素材やフィット感など枕にもこだわりがあるそうだ
▼質の高い睡眠を得るために重要な役割を果たす枕に関して、気になる調査結果が先月26日付の本紙くらし欄で紹介されていた。かなり厚みがあって硬い枕は、首の動脈を傷めて脳梗塞の引き金になる可能性があるのだという
▼「枕を高くして寝る」は安心することを指す言い回しだが、高過ぎる枕は医学的には薦められないということだ。枕選びは慎重にしなくては
▼国民から疑いの目が向けられるこの人たちはよく眠れているだろうか。自民党派閥の裏金事件を受け、きのうまで行われた衆院政治倫理審査会に出席した6人。発言に新味は感じられず、国民が知りたい多くの点が判然としないままだ。何のために出てきたのか分からない
▼政倫審では岸田文雄首相が政治家の「特権意識」に言及。そうした意識があるとすれば是正すべきだと訴えた。疑念を持たれた人たちは国民の視線をどう感じているのだろう。ちなみに「世間知らずの高枕」は、世間がどれほど厳しいものかを知らずに安穏と暮らしている者への皮肉を込めた言葉だ。
(2024年3月2日『山形新聞』-「談話室」)
▼▽山中で男の死体が見つかった。検非違使(けびいし)庁の白州で関係者への調べが始まる。まずは第一発見者の樵(きこり)から。芥川龍之介の「藪(やぶ)の中」を黒沢明監督が映像化した名作「羅生門」は、この場面から物語が本格的に動き出す。
▼▽一体誰が、なぜ殺害したか。証言は事件の当事者に移る。容疑者として捕らわれた盗賊と殺された男の妻、そして男の霊は巫女(みこ)の口を借りて、それぞれ都合の良い言い分を繰り広げる。真相は分からずじまいというのが原作の筋だが、映画では実は樵が全てを目撃していた。
▼▽調べの後、羅生門で雨宿りをしている際に、3人の話は噓(うそ)だと見たままを語り始める。関わり合いたくなくて白州では黙っていたと。こちらも各人が保身のための自説に終始したように映る。自民党の裏金問題を巡って政治倫理審査会に出席した安倍派の幹部4氏のことだ。
▼▽一度は中止した議員への資金還流を復活させた過程など核心部は知らぬ存ぜぬ。政治資金収支報告書への不記載は秘書らの手落ちで、領収書は廃棄したが全て適正に使ったなどの弁は説得力に乏しい。藪の中で息を潜める議員は他にもいる。真実を語る樵を望んでも無駄か。
すりこぎ(2024年3月2日『福島民友新聞』-「編集日記」)
天下の政(まつりごと)は重箱を摺子木(すりこぎ)にて洗ひ候がよろしき―。徳川家康の言葉として伝わっている。重箱をすりこぎで洗おうとしても、四隅に汚れが残る。国の政治も、さまつなことにあまり干渉しないで大目にみるくらいでいい、といった意味になる
▼約260年続いた江戸時代の礎を築いたリ
ーダーの言葉は、なるほど納得できるところがある。優れた人材の登用にたけていた家康が、部下がのびのび能力を発揮し、国がうまく治まるよう心を砕いたことがうかがえる
▼政治に金が絡んでくるとなると話は別だ。すりこぎどころか、ようじで四隅をつついてきれいに洗い出さなければならない。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受けた衆院政治倫理審査会が、二転三転の末に全面公開で開かれた
▼全容解明への期待は、肩透かしに終わった。すりこぎを使っただけでも、もう少し汚れが落ちそうなもの。首相がよく口にする、国民に丁寧に説明を尽くすといった強い意思は、伝わってこなかった
▼いつ、誰の指示で資金の還流が始まり、いったん中止したはずなのに、なぜ復活したのか。汚れが残ったまま重箱にふたをするようだと、真相究明はおぼつかない。信頼回復は、また遠のく。
政倫審に安倍派幹部 やはり証人喚問が必要だ(2024年3月2日『毎日新聞』-「社説」)
疑惑の解明には全くつながらなかった。これでは国民の不信が払拭(ふっしょく)されるはずがない。
自民党派閥の裏金事件を巡り、安倍派幹部が衆院の政治倫理審査会に出席した。派閥運営を仕切る事務総長を務めた西村康稔、松野博一、塩谷立、高木毅の4氏だ。
安倍派はパーティー券収入の一部を所属議員に還流するなどしていたが、政治資金収支報告書に記載していなかった。不記載額は5年間で約6・7億円に上り、実態解明が今国会の焦点だ。
しかし、政倫審で4氏は「会計に関与していない」などと強調した。自身の政治団体の不記載も、秘書らに任せており「認識していなかった」などと繰り返した。
長年派閥に所属してきたにもかかわらず、言い逃れのような答弁に終始したのは不誠実だ。
さらに不可解なのは、還流廃止の方針を一旦決めながら、復活させた経緯である。西村、塩谷両氏によると、2022年4月と8月に幹部が対応を協議した。
4月に当時会長だった安倍晋三元首相が「現金での還流は疑義を生じかねない」と廃止を提案し、幹部が手分けして所属議員に電話で伝えたという。
廃止を決めたのは、問題があると認識していたからではないか。塩谷氏らは協議で「不記載の話は出ていない」などと否定したが、にわかには信じがたい。
安倍氏の死去後に廃止方針は撤回されたが、誰の判断によるものか判然としない。8月の協議について西村氏は「結論は出なかった」、塩谷氏は「具体的に詰めていない」と述べただけだ。
2回の協議には安倍派幹部の下村博文、世耕弘成両氏と、政治資金規正法違反で在宅起訴された派閥の事務局長も出席した。8月の協議後、事務局長が独断で撤回を決めたとは考えにくい。下村氏らも国会で説明すべきだ。
裏金作りが始まった経緯も明らかにならなかった。西村氏は「歴代会長と事務局長の間の長年の慣行」だと説明した。そうであるならば、派閥会長を務めた森喜朗元首相の国会招致が不可欠だ。
これで幕引きにすることは許されない。自民には野党が求める証人喚問に応じ、真相を明らかにする責任がある。
「知らないことを自覚している」(2024年3月2日『毎日新聞』-「余録」)
「知らないことを自覚している」という「無知の知」で著名な古代ギリシャの哲学者、ソクラテスによる弁明は裁判で行われた。神を冒とくし、若者を堕落させたと告発されたソクラテスは、自ら無罪の論証を迫られた。熱弁を経てアテナイ市民は有罪と死刑を決するが、その判断に従う
▲さて、裏金問題を巡り行われた政治倫理審査会における、岸田文雄首相ら自民党議員による弁明である。完全公開となり、首相自ら進んで出席しての15年ぶりの開催だった。どんな踏み込んだ弁舌をふるうのかと思ったが、おおむね従来説明の繰り返しに終わった
▲総額6億円を超す自民党ぐるみの醜聞である。安倍、二階派の事務総長や経験者らは裏金システム作りに関与しておらず、できた経緯も不明だと口をそろえた
▲西村康稔前経済産業相は、安倍派事務総長時代に安倍晋三元首相の意向でいったん現金還流は廃止されることになったと明かした。安倍氏亡き後、なぜ覆ったのか。詳細が不明なまま済む問題ではない
▲そもそも首相は何のために出てきたのか。政倫審をよそに自民は来年度予算案の強引な採決に動き出し、与野党対立のあおりで国会は混乱している。これでは解明ではなく、日程消化を進めるため悪用したのかと勘ぐりたくなる
▲「無知の知」とは大違いの「知らない」という無知ばかりを連発されても、国民のいらだちは増すばかりだ。やはり証人喚問など国会の責任ある場での究明が必要だ。そう痛感させた、政倫審の弁明である。
国会の混乱 言論の府の権威を貶めるな(2024年3月2日『読売新聞』-「社説」)
国会の混乱ぶりは目に余る。せっかく開催された2日間の衆院政治倫理審査会も、内容の乏しい問答の繰り返しに終わってしまった。
2024年度予算案を巡る与野党の協議もこじれ、最後は「数の力」で押し切るしかない状況となった。政府・与党の政局運営の拙さを改めて浮き彫りにした。
自民党の派閥の政治資金規正法違反事件を巡り、政倫審は前日に続いて1日、安倍派の事務総長経験者の松野博一前官房長官と西村康稔前経済産業相ら4氏が出席し、弁明を行った。
4氏はいずれも「派閥の会計には一切関与していなかった」と述べた。資金の還流をいつ、誰が始めたのかについても「把握していない」などと答えた。
派閥の運営を主導する立場にいた安倍派元幹部の「知らぬ存ぜぬ」という説明に、不自然さを感じた国民は多いだろう。
政倫審で岸田首相を含めた自民党側は、形ばかりの弁明に終始した。国民の信頼を回復するどころか、かえって不信感を高めてしまったのではないか。
一方、24年度予算案の衆院通過を巡って、与野党は不毛な駆け引きを繰り返した。
与党は予算案の審議時間を十分に確保し、採決の前提となる公聴会もすでに開催した。衆院本会議での採決を野党に提案したのは当然と言えよう。
だが、これに反発した野党は、衆院予算委員長の解任決議案を提出するなど、審議の引き延ばしを図った。旧態依然とした国会戦術では国民の理解は得られまい。
国会を混乱させた自民党の責任も重い。政倫審の審査を公開するかどうかについて、出席者の意向の確認に手間取った。
自民党内、与野党間のどちらも調整が進まない中、首相が唐突に出席を表明したため、幕引きのための開催かと野党は反発した。
首相としては、自ら政倫審に出席することで事態を打開しようとしたのだろうが、党側は傍観的な態度に終始し、機能不全ぶりをさらけ出した。
国際情勢は目まぐるしく変化し、日本を取り巻く安全保障環境も厳しさを増している。外交力や防衛力の強化は喫緊の課題だ。
人口減少や少子化といった問題への対応も急ぐ必要がある。政治の停滞は許されない。
首相も与野党も、日本が抱えている課題がいかに深刻か、認識すべきだ。言論の府の権威を 貶おとし めてはならない。
安倍派の不記載 この説明では納得いかぬ(2024年3月2日『産経新聞』-「主張」)
だが、自民党派閥の政治資金パーティー収入不記載事件についていつ、誰が、どのような理由で始めたのかの経緯や、具体的な使途などは解明されなかった。説明責任を十分果たしたとはいえない。
2日目の政倫審には、安倍派の事務総長経験者4人が弁明に立った。
座長も務めてきた塩谷立元文部科学相によると、同派幹部は令和4年5月のパーティーに先立つ同年4月に協議し、会長だった安倍晋三元首相の意向を踏まえ、還流停止が決まった。
その後、派内から還流を求める声が出たため、安倍氏が死去した後の同年8月に再度協議し、あいまいな形で継続が決まったとの認識を示した。ただ、西村康稔前経済産業相は「結論は出なかった」と述べた。
野党側はいったん還流停止を決めたことについて、不記載を是正する狙いがあったのではないかと質(ただ)したが、塩谷氏は幹部会合で不記載の話題は出ず、不記載だったこと自体「知らなかった」と述べた。西村氏や松野博一前官房長官らは派閥の会計処理への関与を否定した。
還流について幹部で議論しておきながら、収支報告書の扱いについては知らない、あるいは関与していないという。これには違和感を覚える。
政治資金規正法は「政治資金の収受に当たっては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、公明正大に行わなければならない」と定めている。証言が正確なら、派幹部が法の基本理念をないがしろにしたことになる。
松野氏は収支報告書への不記載について「道義的責任はあると思うが、事務総長の役務として監督責任を求められるものではない」とまで語った。あまりにも無責任だ。
不明な部分は依然多く、参院選の年は複数の参院議員にパーティー券の販売ノルマ分を含め全額を還流していたとされる点についても、真相は分かっていない。
このままでは信頼回復は程遠いと言わざるを得ない。政倫審では、自らの今後の責任の取り方について具体的に語る者もいなかった。
これが自民有力議員の姿なのか。事態はなお深刻である。
安倍派幹部は弟子失格者かいけにえの羊か(2024年3月2日『産経新聞』-「産経抄」)
「後来の種子いまだ絶えず」。2月29日の衆院政治倫理審査会で唐突に幕末の志士、吉田松陰の言葉を引用した岸田文雄首相は、何を思っていたのか。後来の種子とは将来の種子、つまり種モミを意味する。首相は続けた。「今の政治を未来の世代に自信を持って引き継いでいけるか」。
▼もとは松陰が処刑前日に書き上げた遺書に当たる『留魂録』の一節である。松陰を尊敬した安倍晋三元首相が折に触れて口にしており、昭恵夫人が安倍氏の家族葬でこう挨拶したことで注目された。「(主人は)種をいっぱいまいているので、それが芽吹くことでしょう」。
▼松陰は同志らに、私の志を憐(あわ)れみ継承する人がいれば「すなわち後来の種子いまだ絶えず」と訴え、そこを考えろと説いた。首相は、現在の政治の志の低さを嘆いたのか。それとも自民党の安倍派幹部に対し、安倍氏の遺志を継いで芽吹いていないとやんわり叱責したのか。
▼松陰の後来の種子のエピソードから、新約聖書を連想する人も少なくないだろう。「一粒の麦は、落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネによる福音書)。
▼安倍氏は平成12年に、小紙インタビューで松陰に触れ語っている。「打ち首になることで『神』に近い存在になった」。そして、松陰の死後に門下生たちが奔走して明治維新を完成させたことと、キリストの12使徒も師の死後に熱心な布教を開始させたことの類似性を指摘していた。
▼首相がふだんは言及しない松陰を引っ張り出した真意は分からない。まさか安倍派幹部をキリストの12使徒の一人で、裏切り者の代名詞であるユダに仕立て上げ、問題落着のための生贄(いけにえ)の羊にする布石ではあるまいが。
安倍派裏金事件 連座制導入が不可欠だ(2024年3月2日『東京新聞』-「社説」)
自民党安倍派の幹部4人が衆院政治倫理審査会で弁明した。政治資金パーティー裏金事件への関与を否定したが、「知らなかった」との責任逃れは許されない。会計責任者に加えて議員本人も処罰する連座制の導入に向け、政治資金規正法の改正が不可欠だ。
弁明したのは歴代事務総長の塩谷立座長、松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相、高木毅前国対委員長。
西村氏は議員への資金還流について「歴代派閥会長と事務局長の間で長年、慣行的に扱ってきた」と説明し、派閥の政治資金収支報告書や通帳は「見たことがない」と語った。松野氏も経理に「一切関わっていない」と述べた。
派閥の実務を取り仕切る事務総長が収支に関与しないとは、にわかに信じ難い。元会長で故人となった安倍晋三元首相や細田博之前衆院議長、議員ではない会計責任者の事務局長に責任を転嫁する姿勢は見苦しいというほかない。
西村氏は2022年4月に一度は中止された資金還流が、同年7月の安倍氏の死後復活した経緯については「全く承知していない」と強調。当時、会長代理だった塩谷氏も還流の復活を誰が決めたのか明確にしなかった。
これほど無責任な派閥が100人規模の「数の力」を背景に、政権人事や政策の決定に影響を及ぼしていたとは驚きを禁じ得ない。
4氏は安倍派からの還流資金を自身の収支報告書に寄付として記載しなかったことも、秘書任せだったと主張した。議員の責任回避はこれ以上見過ごせない。
自民党を除く与野党は連座制導入を含む政治資金規正法改正の具体案を示している。
日本維新の会は資金管理団体や政治団体の会計責任者を政治家本人とすることを提案。公明党は議員が会計責任者の監督に相当の注意を怠った場合に罰金刑を科すとする案を唱えており、岸田文雄首相も公明党案を参考に罰則を強化する考えを示している。
どのような場合に議員も罪に問うべきかが法改正の焦点だ。自民党も早期に案をまとめ、各党に協議を呼びかけるべきである。
2日間の政倫審では裏金づくりの経緯や使途の解明には至らず、関係者のさらなる説明が必要だ。自民党は政倫審開催に応じたからといって、真相究明の幕引きを図ることがあってはならない。
ロッキード事件を機に国会議員に疑惑をただす政治倫理審査会(2024年3月2日『東京新聞』-「筆洗」)
ロッキード事件を機に国会議員に疑惑をただす政治倫理審査会(政倫審)が国会に置かれたのは1985年。新聞の縮刷版を繰ると4月5日に設置決定の記事がある
▼これと直接の因果はなかろうが、前日の紙面に自民党福田派に『同志の歌』ができた、とあった。福田赳夫元首相に頼まれた作家川内康範氏の作詞作曲
▼詞に「明日の日本に想(おも)いを走(は)せて、援(たす)け合いつつ結ばれた」とある。安倍派に連なる後継派閥を近年取材した同僚らは「聞いたことがない」と言い、長く歌い継がれた形跡は確認できないが、85年の記事で中堅議員は「派の結束の固さを表す」と誇った
▼自民党派閥の裏金問題を巡る昨日の政倫審に安倍派歴代幹部の4人が出た。派閥から議員に還流する金を収支報告書に記さず裏金にするしくみができた経緯など質問が核心に及ぶと知らぬ、存ぜぬ…
▼知らぬなら、派に長く君臨した森喜朗元首相らに事前に聞けばいいのに「森元総理が関与したという話は聞いていない」(西村康稔氏)などとして、やっていないよう。裏金問題で解散を決めた派閥だが、歌詞のごとく助けあいつつ、嵐の通過を待っているようにも見える。明日の日本に思いはせ、悪習を詳(つまび)らかにする政治家はいないのか
▼詞に「悪(あ)しきをいましめ、浄(きよ)らな花をすべての人にちりばめる」ともある。その志を思い、切なさ増す39年後の春である。
自民・裏金巡る政倫審 第三者に委ね徹底解明を(2024年3月2日『福井新聞』-「論説」)
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡り、衆院政治倫理審査会が2日間にわたって開かれた。1日目は党総裁の岸田文雄首相と二階派事務総長の武田良太元総務相、2日目は安倍派の事務総長経験者である西村康稔前経済産業相や松野博一前官房長官、塩谷立元文部科学相、高木毅前国対委員長(福井2区)の4人が審査対象となった。
最大の焦点は、ノルマ超過分のパーティー券販売収入を政治資金収支報告書に記載せず、裏金化していた経緯が明確になるかだったが、首相に至っては関係議員からの党執行部の聞き取り調査に立ち会った弁護士の報告書をなぞるだけに終わった。審査に臨んだ安倍派幹部の説明も、従来の範囲内にとどまるばかりで、新たに判明した事実はなかったと言わざるを得ない。
資金還流が始まった時期や関わりについて松野氏は「存じ上げない。収支報告書は事務総長の担務ではない」とし、安倍晋三元首相が一昨年、西村氏ら幹部と協議し、取りやめを決めたものの、安倍氏の死去後に復活した経緯に関し、西村氏は幹部の違法性認識に関わる還流復活に対し、「経産相就任以降の話で、承知していない」と述べた。
塩谷氏は「還付を希望する声が多く、その要望に沿って従来通り還付が継続された」と述べる中で、不記載という違法性は認識していなかったとした。武田氏も事務方の会計責任者に任せ、政治資金の違法な処理は「存じ上げなかった」と答えている。高木氏も同様の答弁だった。
今回の衆院政倫審は規程に基づき、議員本人の申し出を受けて開かれた。事件発覚時は還流の実態把握がなかったとしても、政倫審出席に際しては、資金還流の経緯について事情を知るとみられる関係者にただしておく必要があったのではないか。安倍派で言えば、20年以上も前からの慣行だった可能性が指摘されており、ならば、その当時の派閥会長だった森喜朗元首相から話を聞くべきだった。
ただ、首相はこれを言下に否定した。事実関係の解明に後ろ向きと批判されても仕方がない。西村氏は第三者の確認が適切だと述べた。首相は政倫審出席を決断した以上、真相に迫るために、第三者機関に調査を委ね、聞き取りの対象を広げ、議員一人一人の使途をより詳細に説明させるなど別の方法を考えるべきだ。
来週から参院に移るとみられる2024年度予算案の審議は重要だが、自民党内では茂木敏充幹事長らの後援会組織で不明朗な会計処理も判明している。首相が言う通り政治への信頼なくして政策は推進できるはずがない。「政治とカネ」問題はこれで幕引きは許されず、徹底解明しかない。
裏金問題と政倫審 深まる民意と政治の亀裂(2024年3月2日『信濃毎日新聞』-「社説」)
裏金問題が国民の不信を招いたと改めて陳謝したものの、肝心な証言は自民党が公表した内部調査結果をなぞったに過ぎない。
安倍派と二階派の事務総長経験者らも裏金工作は知らなかった、関わっていないと繰り返した。
問題を解決しようとの姿勢は見受けられない。党中枢の責任逃れがあらわになっている。
■お粗末な首相証言
野党が追及する「実態」の要点は、裏金づくりがいつ、誰の指示で始まり、総額は幾らで、何に使ったのか―の四つだ。
鍵を握る人物の一人に清和政策研究会(現安倍派)の会長を務めた森喜朗元首相がいる。聴取の必要を問われた首相は「森氏が直接関わったという報告は受けていない」とかわした。
安倍派で裏金の慣行が始まったのは十数年前で、直近5年間だけで6億7千万円余り。使途については「違法な使途は確認されていない」と淡々と述べていた。
いずれも内部調査と検察の捜査で明らかになっている。その後、各議員をただした形跡もない。さらなる調査を迫られた首相は「実態把握に努めるのは重要だ」と人ごとのように言い放った。
政倫審は“疑惑議員の駆け込み寺”と呼ばれる。偽証しても罪に問われず、審査会の勧告にも強制力はない。出席して釈明することで「禊(みそ)ぎは済んだ」理由に用いられがちだからだ。
質疑に臨んだ立憲民主党、日本維新の会、共産党の野党委員も十全な証拠を握っているわけではない。質問時間の制約もあり、追い詰めるには至らなかった。
地方には外部の専門家に審査させる例もあるというのに、政倫審を旧態依然の仕組みにとどめてきた国会の怠慢も大きい。
結局、自民が政治責任、道義的責任を引き受け、言葉通りの出直しを図らない限り、らちは明かないのかもしれない。
■本丸の資金改革で
裏金の手口には、ノルマを超えた政治資金パーティー券の販売収入を派閥に納めず、議員が手元に残す「中抜き」があった。
この中抜きが占めた正確な金額は分かっていない。券の購入者からすれば詐欺に等しい。当然、脱税の嫌疑がかかる。
企業・団体によるパーティー券購入は、政治資金規正法が禁じた事実上の献金に当たると指摘される。寄付ができない外資系企業や国・地方の出資法人は購入者に含まれてはいないか。
数々の脱法的行為が疑われる。資金調達が先に立ち、政策がゆがめられてはこなかったか。全容解明が欠かせないゆえんだ。
要領を得ない証言を受け、野党側は裏金の関係者を証人喚問すると憤る。それだけで膠着(こうちゃく)状態は解けるだろうか。
政治資金パーティーと企業・団体献金の廃止、使途公開の義務がない政策活動費の廃止、調査研究広報滞在費(旧文通費)の使途公開…。野党各党の政治資金改革案は出そろっている。
税金を原資とする政党交付金への言及は乏しい。献金を禁じる代わりに導入したのに、政党や政党支部への献金が温存され、迂回して政治家個人に渡る“抜け道”が問題視されている。
国民民主党は不正があった政党への減額・交付停止を提言する。これに加え、女性や若年層の候補者の擁立に充てるといった使途要件を設けてはどうか。
首相も規正法の改正を言明している。自民と維新は、政治改革の特別委員会を衆院に設置する方針で一致した。利害の絡まない外部識者の意見も入れて改革案を掘り下げ、政治刷新をうたう自民の本気度を確かめる手もあろう。
■反省なきごり押し
政倫審も終わらぬうち、自民はきのう、強引に2024年度予算案の衆院通過を図った。
国と地方の債務(借金)残高は1200兆円に迫る。金利上昇圧力が強まり、27年度の国債の返済と利払いは、34兆2千億円に達すると推計されている。
社会保障費も膨らみ、財政の硬直化が危ぶまれる中、倍増する少子化対策や防衛費の財源はいまだはっきりしない。
予算委員会の審議は「政治とカネ」に割かれてきた。過去2番目に大きい112兆円の予算の是非は煮詰まっていない。
能登半島地震の被災地の復旧費を軸に、暫定予算でつなぐこともできたはずだ。被災地を言い訳にした自民の専横ぶりに、反省の色は見えない。
山積する国内外の課題を前に「政治の停滞は許されない」と首相は言った。その政治の主導役を自民に任せていいのかが問われている。パーティー券や献金をする側に目を向け、政治から民意をはじきだしてはいないか。裏金問題が投げかける真の疑念だ。
「信なくば立たず」。自身の言葉の意味を、首相はよくよく反すうしてもらいたい。
政倫審開催 政治不信をさらに深めた(2024年3月2日『新潟日報』-「社説」)
これまでと変わらない答弁に終始したのでは、説明する場を設けた意味がない。疑問に真摯(しんし)に答えようとする姿勢には見えず、政治不信をさらに深めたといえる。
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡る衆院政治倫理審査会が2日間にわたり開かれた。
岸田文雄首相と、安倍派(清和政策研究会)から事務総長などの役職を務めた西村康稔前経済産業相ら4人、二階派(志帥会)の武田良太事務総長が出席した。
開催前には、審査会の全面公開に自民が尻込みし、予定した日程がずれ込む事態に陥った。
野党が出席を求めた51人に含まれていない岸田首相が、自ら出席を求める奇策に出て、安倍派幹部の公開審査につなげた。
しかし、首相が語った内容は、政治資金収支報告書に不記載があった議員に対して党が行った聞き取り調査の域を出ていない。
聞き取り調査で「判然としない」とされ、焦点となっていた安倍派の裏金づくりの実態を問われても、首相は「十分に確認できていない。関係者の説明が続けられなければならない」とし、またも人ごとのような答弁を重ねた。
「国民の大きな疑念を招き、政治不信を引き起こした」と謝罪はしたものの、政治不信の払拭につなげるには程遠い。
2024年度予算案の23年度内成立のタイミングが迫っていたことから、膠着(こうちゃく)状態の打開に、自ら求められてもいない政倫審への出席を決めたのだとすれば、「政治とカネ」の問題に向き合う姿勢として適切ではない。
安倍派の4人は、22年に安倍晋三元首相がやめるように指示した還流が復活した過程や違法性の認識などを問われた。
復活について派閥幹部で協議したとの説明はあったが、いずれも主導を否定した。
収支報告書への不記載は、事務総長だった高木毅前国対委員長ら全員が、派閥の会計に関わっておらず「承知していない」とした。
多額の資金還流が復活した一方で、幹部の問題意識が希薄だったことが露呈したといえる。
座長を務めた塩谷立元文部科学相や事務総長だった松野博一前官房長官は、還流開始時期が二十数年前だった可能性に触れた。
「歴代派閥会長と事務局長の間の慣行」との発言もあった。それならば派閥会長を務めた森喜朗元首相への聞き取りが欠かせない。
3500万円を超える収支報告書不記載があった二階派の二階俊博元幹事長や、2700万円超が不記載だった安倍派の萩生田光一前政調会長は政倫審に出席しなかった。収支報告書や使途に不明な点が多く、説明を求めたい。
今回の審議ではまだ詰め切れない問題が残るが、自民の自浄能力に期待はできない。さらなる政倫審や証人喚問が避けられない。
政治倫理審査会/「幕引き」は認められない(2024年3月2日『神戸新聞』-「社説」)
自民党派閥による政治資金パーティー裏金事件を受けた衆院政治倫理審査会(政倫審)が開かれ、岸田文雄首相が現職首相として初めて出席した。首相は「党総裁として自ら説明責任を果たす」と強調したが、裏金を巡る新たな事実や証言はなく、全容解明には程遠い。
政倫審は「政治とカネ」などの疑惑が浮上した国会議員から弁明を聴取し、質疑や審査をする。与野党は2月28、29日に開くことで大筋合意していたが、「全面公開」を求める野党と公開を渋る自民が対立し、開催が1日先延ばしされた。
野党は裏金を政治資金収支報告書に記載しなかった衆院議員51人の出席を求めてきた。うち出席意向を示したのは松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相ら安倍派幹部4人と二階派事務総長の武田良太元総務相のみだ。5人は野党の公開要求には応じず、一度は出席を撤回した。
調整が難航する中、首相が自らの出席を「呼び水」として、5人を公開の審議に引き出す前代未聞の事態となった。本来なら巨額の不記載が確認された二階俊博元幹事長や萩生田光一前政調会長ら関与した全員に出席するよう指示すべきだ。迷走ぶりが政治不信を増幅させ、首相の求心力や指導力の欠如と、統治不全に陥っている自民の姿が露呈した。
政倫審では、組織的な裏金づくりの経緯や具体的な使途の解明とともに、派閥幹部らの政治的、道義的責任が焦点となった。
首相は、安倍派が2022年に中止を協議しながら資金還流を復活させた過程を問われ「はっきりした経緯や日時などは確認できていない」と弁明した。裏金についても「違法な使途は把握されていない」などと繰り返し、国会答弁や党の聞き取り調査結果の域を出なかった。国民の疑問は何一つ解明されておらず、失望を禁じ得ない。
事件の「本丸」と言える西村氏ら安倍派幹部や武田氏も資金還流について「歴代派閥会長と事務局長との間の長年の慣行」「会計には一切関与していない」とかわした。立件を免れたからといって、真相究明に背を向け続けることは許されない。
自民は説明責任を果たしたと言わんばかりに、能登半島地震対策費などを含む24年度当初予算案の採決を急いだ。予算案の年度内成立を確実にするために政倫審を駆け引きに使ったと疑われても仕方あるまい。
これで幕引きとするなら、国民の疑念は深まるばかりだ。国会は予算委員会での参考人招致や偽証罪にも問われる証人喚問を視野に、政治責任を明確にさせる必要がある。首相は自身の進退を懸ける覚悟で、実態解明と再発防止を主導すべきだ。
2日間の政倫審 核心はいまだ「闇」の中だ(2024年3月2日『山陽新聞』-「社説」)
問題の核心は依然、闇の中だ。自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件である。おととい、きのうの2日間、衆院政治倫理審査会が開かれた。党総裁の岸田文雄首相と派閥幹部が出席したが、従来の説明の域を出なかった。疑念払拭には到底及ばず、国民の政治不信は深まる一方である。
パーティー券の販売ノルマ超過分を政治資金収支報告書に記載せず、議員側に還流などしたとされる安倍、二階両派の事務総長経験者らに、岸田首相を加えた計6人がそれぞれ弁明し、質疑に応じた。報道機関の取材を含む「全面公開」で行われたが、国民の信頼を回復する貴重な機会を生かせなかったと言わざるを得ないだろう。
裏金事件の主舞台となったのは安倍派である。その事務総長や座長の経験者がきのう出席した。派閥幹部として、国民の政治不信を招いたことに「心よりおわび申し上げる」と口をそろえたが、肝心の裏金問題については「派閥の帳簿、通帳、収支報告書などを見たことがない」(元事務総長の西村康稔前経済産業相)などと関与を否定した。事務総長の仕事は若手議員の支援などにとどまり、会計には関わらないといった説明もあったが、派閥運営の要となる役職であり、不自然な印象は否めない。
安倍派では2022年、当時会長だった安倍晋三元首相の意向で還流取りやめが決まったが、安倍氏の死去後に方針が撤回された。政倫審では、その経緯に質問が集中した。協議の場に出席していたとされる議員が出席については認めたが、協議の内容については明言を避けたり、不明瞭だったりした。真相が判然としない状況に変わりない。
今回の政倫審は公開の在り方を巡って与野党が対立し、日程調整が難航した。事態を打開したのは、岸田首相の出席だった。全面公開で臨むとし、他の派閥幹部も追随する流れをつくった。初日の政倫審で「党総裁として自ら説明責任を果たす」と述べた。
だが首相の答弁は、党が先に公表した聞き取り調査の範囲にとどまった。安倍派の資金還流がいつ、誰の指示で始まったのかを問われても「十分に確認できていない。さまざまな場で関係者の説明が続けられなければならない」と人ごとのような答弁でかわした。安倍派の前身派閥会長で、経緯を知る可能性のある森喜朗元首相への事実確認もしていなかった。野党議員の「ポーズだけの率先垂範だ」との指摘は当然だろう。
政倫審に自民が応じた背景には、年度内成立を目指す24年度予算案の存在があった。予算が成立すると「野党側のさらなる追及に与党が耳を傾けなくなることも予想される」との識者の指摘もある。
だが、国民の政治不信を解消するには、参考人招致や証人喚問を視野に真相の徹底解明が欠かせない。
遠い裏金解明 政倫審だけでは不十分だ(2024年3月2日『西日本新聞』-「社説」)
公開か非公開かですったもんだした挙げ句、全面公開で開催されたものの、裏金の全容は明らかにならなかった。
自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件について、衆院政治倫理審査会がきのうまでの2日間開かれ、党総裁の岸田文雄首相、安倍派と二階派の幹部5人が出席して弁明した。
語ったことは既に判明している内容がほとんどだった。これでは国民の疑問や不信は解消せず、説明責任を果たしたことにならない。国会は引き続き実態解明に努めなくてはならない。
きのうは組織的な裏金づくりを長く続けていた安倍派で事務総長を務めた西村康稔、松野博一、塩谷立、高木毅の4氏が出席した。
遅くとも十数年前に始まったとされる安倍派の裏金づくりはいつから、誰の指示で、どういう目的で始めたのか。4氏は「会計には関与していなかった」などとしか答えなかった。自身の裏金の取り扱いも「秘書に任せていた」と言うばかりだった。
派閥から所属議員への資金還流は2022年にいったん中止が決まったが、塩谷氏は「希望する声が多く、従来通り継続された」と述べた。この経緯もまだ判然としない。
おとといの岸田首相と二階派の武田良太事務総長にしても、党の調査報告や従来の発言をなぞる程度だった。
首相は野党から裏金の実態を調査するように求められても、明確に答えることはなかった。武田氏も「経理は事務局長に任せていた」と自身の関与を繰り返し否定した。
政倫審は原則非公開だが、議員本人が了解すれば公開される。疑惑を持たれた議員が弁明する場であり、国民の信頼回復を望むなら、進んで公開の場で説明責任を果たすのが当然だ。
ところが自民党は当初、議員の傍聴も報道機関の取材も認めない完全非公開を主張した。岸田首相が唐突に出席を表明して全面公開にこぎ着けたとはいえ、自民党の迷走ぶりは首相の指導力のなさを露呈する結果となった。
首相の奇策は予算案を早く衆院通過させるために、政倫審を駆け引きの道具にしたと疑われても仕方ない。
きのうは24年度予算案を審議する衆院予算委員会の開催を強行しようとするなど、自民党の強引な委員会運営で国会が混乱した。自民党は本気で国民の信頼を取り戻そうと考えているのか。
政倫審の開催によって裏金事件に区切りがついたわけではない。明らかにすべきことが多く残ったままだ。
特に裏金づくりのいきさつを知るとみられる二階派会長の二階俊博元幹事長、安倍派会長だった森喜朗元首相には説明を求める必要がある。
裏金の全容がつまびらかにならないと、的確な再発防止策は打ち出せない。国会は参考人招致や証人喚問を検討すべきだ。
高枕の政治家(2024年3月2日『熊本日日新聞』-「新生面」)
江戸時代の日本では、高くて硬い枕が流行したという。時代劇のセットなどでおなじみの「殿様枕」のようなものか。ちょんまげ頭には便利だったのだろう。寝ても髪形が崩れないと、庶民の間でも使われたらしい
▼高さ12センチ以上の枕で眠ると、脳梗塞のリスクが高くなる。そんな研究が最近注目を集めている。その名も「殿様枕症候群」。高い枕を使うと首が大きく曲がり、首の後ろ側の血管が裂けやすくなるのだとか。「枕を高くして寝る」とは安心の意味だが、高すぎるのは命取りになるらしい
▼国会で与野党すったもんだの末にようやく開催され、さらに新年度予算案の採決も絡んでもめた2日間の衆院政治倫理審査会が終了した
▼野党の質問を乗り切ったかにみえる自民党の出席者6人は、これで枕を高くして眠ったのだろうか。「志ある議員」が「説明責任を果たす」という岸田首相の大見えに反し、実に内容の乏しい証言だった
▼裏金づくりはなぜ始まり、何に使われたのか。真相はなお闇の中にある。これでみそぎが済んだと勘違いされては困る。国民にはきちんと税金を払うよう求めながら、使途不明の裏金に税金を課されることもない。そんな「政治家の特権意識」に人々は憤っている
▼高枕に慣れきった慢心の反対にあるのは、戦いの場の緊張感だろう。武具を枕にしたり、地面に耳を付けたりして、敵襲の兆しを察知しなければならない。政治家にはぜひ低い枕をお薦めしたい。国民の怒りの声やため息に、耳を澄ました方がいい。
自民裏金の審査 「幕引き」は許されない(2024年3月2日『佐賀新聞』-「論説」)
岸田文雄首相や自民党安倍派の幹部らは、国民の疑問の核心がどこにあるか分かっていたはずだ。それに応えないまま「幕引き」を図ることは許されない。
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡り、衆院政治倫理審査会が2日間にわたって開かれた。
1日目は党総裁の岸田首相と二階派事務総長の武田良太元総務相、2日目は西村康稔前経済産業相や松野博一前官房長官ら安倍派の事務総長経験者4人が審査対象になった。
最大の焦点は、ノルマ超過分のパーティー券販売収入を政治資金収支報告書に記載せず、裏金化していた経緯がつまびらかになるかだった。
最大派閥の安倍派では、大半の議員がそうした政治資金規正法に背く処理をしており、自民党の聞き取り調査報告では、20年以上前からの慣行だった可能性も指摘されていた。
組織的に違法行為を続けていたと批判されても仕方ない不記載はもともと誰の発案で、目的は何だったのか。
派閥からの資金還流は、安倍晋三元首相が一昨年、西村氏ら幹部と協議し、とりやめを決めたが、安倍氏の死去後に復活した。還流再開も幹部が話し合った上での判断と考えるのが普通だろう。
自民党の調査がこれらの点に曖昧さを残したことで、国民が政倫審を通じて明らかにしてほしいと思うのは当然だ。
ところが、政倫審に臨んだ安倍派幹部の説明は、従来の範囲内にとどまり、新たに判明した事実はなかったと言わざるを得ない。
資金還流が始まった時期や関わりについて松野氏は「存じ上げない。収支報告は事務総長の担務ではない」とし、資金の「不正利用はない」と主張。西村氏は幹部の違法性認識に関わる還流復活に対し「経産相就任以降の話で、経緯は承知していない」と述べた。
武田氏も事務方の会計責任者に任せ、政治資金の違法な処理は「存じ上げなかった」と答えている。
今回の衆院政倫審は規程に基づき、議員本人の申し出を受けて開催された。事件発覚時は還流の実態を把握していなかったとしても政倫審出席に際しては、資金還流の経緯について事情を知るとみられる関係者にただしておく必要があったのではないか。
安倍派で言えば、派閥会長を務めていた森喜朗元首相が当たる。西村氏は、第三者の確認が適切だと述べたが、それが実行できるならなおいい。自民党は第三者による再調査に取り組むべきだ。
塩谷立元文部科学相や高木毅前国対委員長を含め安倍派幹部の証言によっても疑問が解消されなかったのは、前日の政倫審に出席した岸田首相の姿勢が影響したはずだ。
首相はこれまでの国会答弁を繰り返したり、自民党の調査報告をなぞったりするだけで、説明責任を果たしたとは言えなかった。首相以上に踏み込んだ発言はできないとの考えが働いたことは否めまい。
来週から参院に移る2024年度予算案の審議は重要ではあるが、自民党内では、茂木敏充幹事長らの後援会組織で不明朗な会計処理も判明している。首相が言う通り政治への信頼なくして政策は推進できない。「政治とカネ」問題の徹底解明が求められよう。(共同通信・鈴木博之)