下半身スキャンダルを追う週刊誌に「正義」はあるのか…元週刊誌編集長が考える「イマドキの週刊誌」のキツさ(2024年2月26日)

■編集者と読者に「一体感」があった最後の時代

 会社のカネで外国へ行き、遊んでいてカネがもらえる編集者という職業に憧れた。私が雑誌編集者になってからは、編集長や先輩編集者から、「読者の目線で、自分が面白いと思うネタを見つけてこい」と口を酸っぱくしていわれた。

 中には「ジャーナリストとはこうあらねばならぬ」などと御高説を垂れる先輩もいるにはいたが、編集部の大勢は面白いか否かであった。

 編集者が面白いと思うものは、読者も面白いと感じてくれて、部数にも結びついた。編集者と読者との間に「一体感」があった最後の幸せな時代だったと思う。

 名誉毀損(きそん)で訴えられたことは何度もあった。当時、自民党の“ドン”の一人といわれた衆院議員から、私が担当した記事に対して2億円訴訟を起こされたこともあった。1970年代の2億円だから、今だと5億円近いのかもしれない。他誌が「週刊現代が2億円で訴えられた」と特集を組んだものだった。

 当時の私には、金額が大きすぎてピンとこなかった。政治家は地元の有権者向けに訴訟を起こしてくることが多く、この時も、すぐに弁護士同士が話し合い「和解」した。

 今のようにSNSがあるわけではない。報道した内容に抗議の電話が殺到するということも、一部の宗教団体とのトラブルを除けば、なかった。

SNSの登場で編集現場は様変わりした

 だが、カミソリや銃弾が入った封筒が送られてきたりすることはよくあった。編集長時代、大阪方面の暴力団が私をつけ狙っていると、自宅のある警察署から連絡があり、夜の12時から朝の6時まで、家の前に1カ月間、覆面パトカーが止まっていたことがあった。

 護身用に特殊警棒を鞄の下に隠して通勤していたことも。

 家の前をぞろぞろと多くの人が通って、「ここが元木の家だ」と小声で言い合っていたことも一度や二度ではない。

 某過激派ともめた時、相手から「お前の娘は何々幼稚園に通っているな。せいぜい気を付けたほうがいい」と凄まれたこともあった。

 家にかかってくる脅迫電話には妻が対応していたが、生来楽天的な女性で、それに怯えて落ち込むということはなかったので助かった。

 とまあ、週刊誌という媒体の性格上、記事が出て喜んでくれる人は少なく、恨みを買うことのほうが多かったから、これぐらいのことは致し方ないと思っていた。

 だが、世は移り、週刊誌にも社会的責任が求められるようになった。単に面白ければいいでは世間が許さない。編集現場は大変だ。私ならとっくに放り出している。その上、今はXをはじめとするSNS全盛で、瞬時に多くの人から批判されるから、編集現場はよりキツイのではないか。

■疑惑を報じた文春に批判が集まる理由

 今回、文春が報じた松本人志も権力者である。お笑いの世界だけではなく、吉本興業という大芸能プロダクションを実質的に牛耳っているといわれる。その松本が、文春によると、後輩芸人たちに命じて女性たちを集めさせ、「性加害」をしていたというのである。間違いなく世に問う意義のある報道だと、私は思う。

 だが、SNS上では、  「今の文春の記事が日本の為になっているとは思えない」 「記者は書いてお銭だ」 「やられた本人は数百万や何億以上のことをされとる」  などと、批判されている。

 この程度のことで落ち込む文春編集部ではないと思うから、心配はしていないが、軽はずみな言動は慎んだほうがいいこと、いうまでもない。

 そのへんのところを、ダイヤモンドオンライン(2月14日12:00)で、木俣正剛元週刊文春編集長が諫めている。

 私は、木俣氏を歴代文春編集長の中でもトップの手腕を持った人だと、昔から尊敬している。

 〈まず、『週刊文春』の後輩に意見したいと思います。それは、松本氏の性加害を初めて報じた特集記事が掲載された「新年特大号」が完売したときの竹田聖編集長のコメントです。

 「今回の完売、本当に嬉しく思います。ご愛読、誠にありがとうございます。紙の雑誌よりもスマホで情報を得るのが益々当たり前となっている昨今ですが、それでも、『スクープの力』は実に大きいのだと改めて実感しています」(以下略)」〉 ■「嘘でも真実でも今後の人生まで変えてしまう」

 〈竹田編集長はかつて私の部下だったこともあり、誠実で有能な後輩です。しかし、「自分が現役編集長でも、たぶん同じようなコメントを出したのではないか」と思うことを断った上で言わせてもらうと、時代の空気を考えれば、こうコメントするべきだったと思います。

 「ジャニーズ問題以来、この国でもようやく性加害に厳しい視線が投げかけられるようになりました。今回、勇気を奮って証言してくれ、そして裁判でも証言台に立つと意を決してくれた女性に対する共感・応援が、みなさんに雑誌を買っていただいた理由だと考えています。編集部一同、権力を背景とする理不尽な行いを今後も追及していきたいと考えます。応援をぜひお願いいたします」

 街には「週刊誌嫌い」の人が溢れています。案の定、ネット上にはこの編集長コメントに厳しい声が寄せられました。

 「週刊誌って何ですかね。文春砲と言われているけれど、芸能人の粗探しでしょ」「結局、今回のことに限らず、嘘でも真実でも一度文春砲喰らったら、その人の今後の人生まで変えてしまう」――。

 編集長は大変です。完売したら部下の鼓舞もしなければなりません。ただ、よかれと思って出したのであろうこの編集長コメントが、全く別の角度の批評を誘発してしまったことは否めません〉

 私も、竹田氏のコメントを読んだとき、これはまずいなと思ったので、この木俣氏の考えには十分頷ける。

■松本氏側から届いた訴状が「おかしい」

 木俣氏はこのほかにも、「テレビにコメンテーターとして登場する弁護士が名誉棄損裁判に詳しくない」、文春が完売したとしても、「利益は概算でおそらく4000万円に満たないと推察」、外国の名誉棄損裁判では、訴えた側が立証責任を負うことについても触れている。

 完売したとしても4000万円、社内の他部署の経費を差し引くと2000万円くらいではないかとしているが、そうだとしたら、完売しなければ毎号どれだけの赤字が膨らんでいるのだろうかと心配になる。

 それでも多くの経費をかけながら、権力者たちのスキャンダルを毎号追いかけている文春編集部には頭が下がる。

 松本人志が文春を訴えた裁判は、3月28日に東京地裁で口頭弁論が行われるそうだ。

 いよいよ注目の裁判が始まるが、文春(2月29日号)は、松本人志から届いた訴状を公開して、早くも内容がおかしいと先制パンチを浴びせている。

 訴状は全13ページに及び、昨年12月27日発売号の「松本人志(60)と恐怖の一夜『俺の子ども産めや!』」と題した記事によって名誉を棄損されたと主張。5億5000万円の損害賠償に加えて、文字の大きさやフォントまで指定した謝罪広告の掲載を求めているそうだ。

 これは珍しいことではない。私が現役時代にも、訴えた側が謝罪文の要求と同時に、どのページのどのあたりに、どれくらいのフォント(私の時代は活字の大きさだったが)を要求してくるのはよくあった。

■「極めて杜撰な取材活動に基づくものである」

 その訴状にはこう書かれているという。

 「A子記述部分の記述は、A子の“体験”として、原告から、『いきなりキスされ』そうになったこと、『またキスされそうになったので、しゃがんで抵抗したところ、足を固定されて3点止めの状態にされ』たこと(略)等を記述することにより、一般読者に対し、原告が、明らかにA子の意思に反して、「無理やり」性的行為に及んだとの事実を認識させるものである」

 同じ記事中に登場するB子の記述部分や関連記述についても、「B子記述部分においても、原告が、B子に対して、『全裸でベッドに引きずり込んだ』こと(略)等を記述することにより、一般読者に対し、原告が、B子が『必死に抵抗』していたにもかかわらず、性的行為に及んだとの事実を認識させるものである」

 松本側は計12カ所の記述に対して、 『性的行為を強要』したというレッテルが貼られてしまえば、芸能活動を行う原告の社会的評価を著しく低下させる」 「ましてや、それが複数の女性に対し行われていたかの如き記述は、原告の芸能活動に、致命的な負の影響を与えることにより、社会的評価を低下させることは言うまでもなく、原告の名誉を棄損するものであることは明らかである」

 「本件記事は、原告がA子及びB子に対し性的行為を強要したという客観的証拠は存在しないにもかかわらず、一方的な供述だけを取り上げて記事として掲載するという、極めて杜撰な取材活動に基づくものである」としているというのである。

■2022年に文春が報じた榊監督が逮捕された

 私も編集長時代にずいぶん多くの訴状を受け取ったことがあるが、これほど曖昧で要領を得ないものはなかったと思う。

 文春側はこう反論する。まずは「杜撰な取材」ということについてはこうだ。  

「そもそも小誌が最初にA子さんに接触したのは今から三年半程前の二〇二〇年七月十八日のことだった。

 都内の弁護士事務所で、A子さんは取材に応じたものの、当時はまだ、松本から受けた被害を誌面で告発する勇気を持ち合わせていなかった。小誌もまた、裏取りの困難さやA子さん一人だけの証言では不安が残ることなどを鑑みて、すぐさま記事にすることを見送っていた」という。

 文春は2022年3月に、映画監督の榊英雄氏の映画に出演した複数の女優が、性的行為を強要されていたことを報道し、それが皮切りとなり、映画界にはびこる性加害問題が明らかとなり、日本でも多くの#MeTooが叫ばれるようになったとしている。  2月20日、文春が報じた、その榊監督が逮捕されたと報じられた。

 〈俳優を目指した女性に性的暴行を加えたとして、警視庁は20日、映画監督でアルバイトの榊(さかき)英雄容疑者(53)=川崎市中原区=を準強姦(ごうかん)容疑で逮捕し、発表した。「冤罪(えんざい)です」と容疑を否認しているという。〉

■証言をもとに過去記事の分析と実況見分を行い

 〈捜査1課によると、榊容疑者は2016年5月23日午後10~11時ごろ、東京都港区のマンションの一室で、演技指導をする名目で、俳優を目指していた当時20代の女性にわいせつな行為をした疑いがある〉(朝日新聞デジタル2月20日 20時19分)  文春の取材活動が“綿密”に行われている証拠の一つになる。

 文春は松本のケースでも、別の取材源から松本の携帯電話の番号を入手して、その番号がA子の知る松本の携帯電話と同一であることを確認している。

 また、A子が記憶していた当時の松本の髪の色や服装、彼女の証言内容に矛盾がないかを確認するため、過去のテレビ映像や新聞、雑誌の過去記事などを取り寄せて分析したという。

 「加えて、松本と『スピードワゴン』の小沢一敬放送作家Xとの関係性等も調査し、A子さんの証言にどれほどの信憑性があるのか、一つずつ確認していったのである。(中略)  被害現場となった『グランドハイアット東京』のゲストルーム『グランドエグゼクティブスイートキング』の間取りを事前情報なしでA子さんに描いてもらい、その上で当該の部屋をA子さんと訪ね“実況見分”も行った」(文春)

■松本氏側はリングに上がる前にノックアウト寸前?

 文春は、無罪請負人の異名を持つ弘中惇一郎弁護士に訴状を見せて、感想を聞いている。

 「通常、訴状には何が事実で、何が虚偽なのかを書くものですが、この訴状にはそれが一切書かれていない。(松本が)女性たちと性的関係に至ったのかどうかも説明しておらず、強い違和感を覚えます」

 たしかに不思議なのは、訴状には、松本が個室で女性と2人きりになったのか、キスをしたのか、全裸になったのかといった性的行為に至るまでの細かな過程に関して言及がないのだ。

 ということは、訴状から見えてくるのは、A子やB子と性的関係を持ったことは争わない。それを認めた上で、強制的ではなく、合意のうえでのことだと主張し、争うのであろう。

 しかし、そうした同意の有無に関しても、この訴状にはいささか問題があると、弘中弁護士はいう。

 「刑法でも昔は強姦罪と言っていたものが、二三年七月に不同意性交等罪に変わりました。現在の考え方は、脅したり暴力をふるったりしなくても、立場を利用して同意なく性行為を行えばそれだけでアウトです。

 全体的に問題提起の仕方が古くて今の常識に反しており、昔の強姦罪的なイメージで訴状が作られている感じがします」

 さらに損害賠償額についても、松本側はテレビ番組を休止し、出演していたCMも中止になり、「筆舌に尽くし難い精神的損害を受けたのであるから、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は5億円を下らない」としているが、  弘中弁護士は、「原告の経済的損害や休業損害を含めての五億円ならまだ理解できますが、純粋な慰謝料としてはあり得ない金額です。慰謝料というのは、殺人事件の遺族であっても三千万円から五千万円。桁を間違えているんじゃないでしょうか」

 この注目の訴訟、リングに上がる前に、松本側がノックアウト寸前と、私は見た。

 

---------- 元木 昌彦(もとき・まさひこ) ジャーナリスト 1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。 ----------