ザルだらけの政倫審
自民党の派閥による裏金問題をめぐって、野党側が求めている国会の政治倫理審査会(政倫審)が開催される可能性が高まっている。安倍派5人衆や二階派幹部らの出席が焦点になりそうだが、安倍派5人衆の中でも出席するか否かで立場が分かれているとされる。旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の友好団体から推薦状を受け取り、選挙支援を受けていたことが報じられた盛山正仁文科相の一件と絡めて、波乱含みの国会情勢についてお伝えする。
まずは政倫審についておさらいしておこう。
政倫審は、衆参両院の国会議員が政治倫理を逸脱していないか、政治的・道義的に責任があるか否かを審査などする機関のこと。審査会の開会にあたっては、疑惑を持たれた議員本人が申し出れば別だが、政倫審の委員が審査を申し立てる必要がある。衆院の場合、委員は25人おり、9人以上の申し立てが求められるのだが、現状、野党の委員が束になっても9人には達しない。
「それだけに、与党側に働きかける必要があるわけです。もっとも、出席するか否かは議員本人の判断に委ねられているので、“ぶっちぎる”ことも可能です」 と、政治部デスク。
鳩山由紀夫代表は欠席
衆院の政倫審は過去9回開かれているが、参議院ではゼロ。その9回のうち、本人の申し出での開会は8回で委員の申し立てによるものは1回。
なお、この件では立憲民主党には触れられたくない「黒歴史」もある。
2009年7月、民主党の鳩山由紀夫代表(当時)の資金管理団体の政治資金収支報告書に故人などからの献金が記載されていた問題について開かれたが、鳩山氏本人は欠席して“ぶっちぎる”形となった。嫌なことから逃げたいというのは人間の本能のようなものであろうか。
そもそも出席が義務付けられ、かつ公開である証人喚問とは違って、政倫審は非公開が原則。審査の結果、政治的・道義的に責任があるとされた時には勧告をすることができるが、過去にそういった例はない。「ないない尽くし」と言ってもよいザルな機関だ。
「自民党総裁である岸田文雄首相としては、裏金問題への国民の疑念が収まっていないとの認識があり、政倫審への出席を促す意向があるとの報道もありましたが、安倍派5人衆にしろ二階派幹部にしろ、それぞれの判断次第でしょう」(同)
安倍派5人衆のひとり
安倍派5人衆とひとことで言っても、対応は分かれている。 かつて事務総長を務めた松野博一前官房長官は記者に問われた際に拒否の姿勢を見せることはなく、一方で、萩生田光一前政調会長は条件付きでの出席に踏み込む発言をしている。
「萩生田氏については 、“出席自体は嫌だけどできるだけ早く収束させたいから、その意味では出ても良い”という考え方を持っているようです。立件一歩手前のかなり高額な裏金疑惑を抱えていることに加え、盛山文科相との関係で旧統一教会が再び話題となっています。2022年に安倍晋三元首相が暗殺されたあと、教団との深い関係が浮上したのが、他ならぬ萩生田氏でした。今、萩生田氏はダブルで十字架を背負っていると言えるでしょう」(同)
旧統一教会との関係が深い議員の共通点として、「選挙に弱い・強くない」ことが挙げられる。教団側が無償に近い形で手となり足となって選挙活動に従事してくれることはことのほかありがたいわけだ。
次期衆院選での落選が現実味
「萩生田氏も衆院選でかつて落選を経験しており、選挙に強くないタイプです。1月に行われた地元・八王子市長選も与党候補は敗色濃厚でしたが、萩生田氏が創価学会に“頭を下げる”ことで支持を繋ぎ止め、辛うじて与党候補の当選に繋げました」(同)
もともと萩生田氏としては、創価学会との関係について「できれば距離を置きたい」とのスタンスだったとされる。 「2025年秋までには行われる次期衆院選での落選が現実味を帯びている中、萩生田氏も背に腹は変えられないということでしょう。東京は選挙区も増えて群雄割拠で、新規流入者が多いだけにこれまでの常識が通用しないエリアとなっています。それだけに一度落選してしまうと、これまで積み上げたものが水泡に帰してしまうレベル。萩生田氏もそのことはよく理解しており、自身の疑念を晴らす機会が持てるならできるだけ早く済ませ、心機一転して次期衆院選を迎えたい算段というわけです」(同)
ガス抜きにならない
自民党総裁である岸田首相は、政治不信を払拭すべく政倫審開催に応じる方針だ。ただ、前述の通り、政倫審は穴だらけ。開催したところで、さらなる疑念が高まったという指摘が野党、メディア、国民から一斉に上がることは必至だが……。
「自身の著書を多数購入していた二階俊博元幹事長が政倫審に応じることはなく、仮に安倍派の何人かが出席したとしても答えられないことが多く、ガス抜きにはならない。それを官邸側はもちろん想定済みですが、証人喚問まで進むことはないようです」(同)
政倫審を開催しても批判が止むことはないだろうが、開催しないよりはマシ。出席しても納得は得られないだろうが、出席しないよりはマシ。消極的な選択というか、損得勘定をした場合には、開催のうえ、何人かは出席するという流れになるということか。
いずれにせよ、綱渡りでの政権運営が続きそうだ。
デイリー新潮編集部