2月15日、日本テレビが「ドラマ『セクシー田中さん』について」と題する文書を発表した。文書では、原作者の芦原妃名子さんへの追悼の言葉に始まり、 「日本テレビでは今回の事態を極めて厳粛に受け止め、これまで独自に社内調査を行っておりましたが、原作漫画『セクシー田中さん』の出版社であり、ドラマ化にあたって窓口となっていた小学館にもご協力いただき、新たに外部有識者の方々にも協力を依頼した上、ドラマ制作部門から独立した社内特別調査チームを設置することにいたしました」と、新たに調査チームを立ち上げることを報告。そのうえで 「早急に調査を進め、真摯に検証し、全ての原作者、脚本家、番組制作者等の皆様が、より一層安心して制作に臨める体制の構築に努めてまいります」としている。
2023年10月から日本テレビ系で放送された『セクシー田中さん』の漫画原作者である芦原さんは、1月29日に栃木県内で死亡しているところが発見された。1月26日には、ドラマ化の過程で原作を改変する動きがあったことなどをXに投稿していた。
SNSでは、原作者の死去から約3週間後という設置のタイミングに 《遅い、遅すぎるよ なんなの?他人事なら「説明責任!」「第三者委員会で明らかに!」と声高に報道しまくってたのに、自社の事になったら殆ど報道せず『社内』調査チームですか?ホントに呆れる》 《今更感満載 最初の日テレコメントや対応を見ている限りパフォーマンスにしかみえないよね》 《先生があんな丁寧に、経緯を説明するほどしんどい思いをしてたのに今更だよ…今更って思うけど、やらないよりは良いのかと思いつつ、遅すぎてな…》 《皆と思う処同じ。今更感。原因解明できないと再発防止は不可能だからなぁ。人を大事に出来ない日テレに地球は救えんよ》 など、批判の声があふれている。
日本テレビは1月29日、ドラマの公式サイトに 「日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております」とのコメントを掲載。これに対して「日テレの保身にしか思えない」「第一声がこれか」などの非難が殺到していた。
原作を連載していた小学館は2月8日、「二度とこうした悲劇を繰り返さないために、現在、調査を進めており、今後、再発防止に努めて参ります」とのコメントを出している。
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「セクシー田中さん」報道で多発する”意外な勘違い” 現在のドラマは本当に漫画原作ばかりなのか?(2024年2月16日)
今週のエンタメトップニュースもドラマ「セクシー田中さん」(日本テレビ系)関連であり、連日さまざまな角度から記事が量産されています。
14日・15日にアップされた主な記事をあげてみると「日テレ×小学館×『セクシー田中さん』のプロデューサー“再タッグ”の新ドラマ『たーたん』主演はムロツヨシ(48)」(文春オンライン)
「『セクシー田中さん』原作者急逝に第三者委員会の検証求める声…2週間ダンマリの日本テレビは問い合わせを“まさかのスルー”」(女性自身)
「『セクシー田中さん』問題で揺れるドラマ業界。オリジナル作品はなぜ実現しにくい?」(女子SPA! )
「さくらももこさん手がけたNHKドラマ脚本を制作サイドが改変 元夫・宮永正隆氏が明かす」(日刊スポーツ)
「『セクシー田中さん』の悲劇を繰り返さないために…再発防止の核となる「著作者人格権」とは?」(弁護士ドットコムニュース)
「『セクシー田中さん』問題で傾聴すべき米ハリウッドの声 映像化に8年かかるケースも」(東スポWEB)
■「これは違う」と思わせるミスリード
週刊誌系、スポーツ新聞系、タブロイド系、ウェブ専門サイトなど、さまざまなウェブメディアが報じているところに社会的関心の高さを感じさせられます。
記事のコメント欄やXには連日、放送局の日本テレビや出版元の小学館への批判があがっていますが、悲しい出来事が起きてしまった以上、原作の扱いや原作者への対応に何らかの問題があったことは否めないでしょう。
しかし、多くの記事やコメントが飛び交う中、1つ「これは違う」と思わせるミスリードがありました。それはどんなことなのか、過去1年間のデータをあげながら解説していきます。
そのミスリードは、「ドラマは漫画の原作モノばかり」という記事やコメント。
冒頭にあげた記事の中に、「『セクシー田中さん』問題で揺れるドラマ業界。オリジナル作品はなぜ実現しにくい?」(女子SPA! )がありましたし、少し前には「漫画原作ドラマ急増で改めるべきこと」(デイリースポーツ)という記事も配信されていました。また、XなどのSNSにも「ドラマは漫画原作ばかり」というコメントが目立ちます。
しかし実際のところ、今冬の民放ゴールデン・プライムタイムで放送されている16作中13作(81%)が原作のないオリジナルドラマ。
■8割がオリジナルで漫画は1作のみ
月曜の「君が心をくれたから」(フジテレビ系21時)、「春になったら」(カンテレ・フジテレビ系22時)
火曜の「マルス-ゼロの革命-」(テレビ朝日系21時)、「Eye Love You」(TBS系22時)
水曜の「相棒」(テレビ朝日系21時)
木曜の「グレイトギフト」(テレビ朝日系21時)、「大奥」(フジテレビ系22時)
金曜の「ジャンヌの裁き」(テレビ東京系20時)、「不適切にもほどがある!」(TBS系22時)
土曜の「新空港占拠」(日本テレビ系22時)
日曜の「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」(TBS系21時)、「アイのない恋人たち」(ABCテレビ・テレビ朝日系22時)、「厨房のありす」(日本テレビ系22時30分)
はすべてオリジナルです。
一方、原作ありのドラマは、水曜の「となりのナースエイド」(日本テレビ系22時)と「婚活1000本ノック」(フジテレビ系22時)、金曜の「院内警察」(フジテレビ系21時)の3作(19%)。しかも前2作は小説であり、漫画は「院内警察」の1作のみ(6%)に過ぎないのです。
では「セクシー田中さん」が放送され、「漫画原作が多い」と言われた昨秋はどうだったのか。16作中9作がオリジナル(56%)で、原作ありが7作(44%)、うち漫画が5作(31%)でした。 ※残りの2作はノンフィクションと韓国ドラマ
もう1クール前の昨夏は16作中9作がオリジナル(56%)で、原作ありが7作(44%)、うち漫画は3作(19%)でした。 ※残りの4作は小説2作、ドキュメント、台湾ドラマ
さらにもう1クール前の昨春は15作中9作がオリジナル(60%)で、原作ありが6作(40%)、うち漫画は3作(20%)でした。
ここであげてきた最近の4クール1年間分を合算すると、63作中40作がオリジナル(63%)で、原作ありが23作(37%)、うち漫画は12作(19%)でした。
この「漫画原作は1クール3作程度で、全体の20%前後」というデータを見て、「ドラマは漫画ばかり」と思うか、「意外に少なかった」と感じるかは個人差があるでしょう。
しかし、30年以上にわたってゴールデン・プライム帯の主要作をほぼ見続けてきた筆者にしてみれば「明らかに減った」ように見えるのです。約4年半前の2019年7月13日に「夏ドラマ、前代未聞のオリジナル作品0 人気脚本家も深夜帯へ」(NEWSポストセブン)という記事を書いてYahoo! トピックスとして大きく報じられましたが、当時と比べてオリジナルの割合が高まっているのは間違いありません。
実際、民放各局はオリジナルに力を入れていて、たとえば業界トップの歴史と実績を誇るTBSの「日曜劇場」(21時)はほぼオリジナルですし、昨春に新設されたばかりのテレビ朝日系・日曜22時のドラマ枠(ABCテレビ制作)は4作すべてオリジナル。その他でも、フジテレビ系の月曜21時、テレビ朝日系の火曜21時なども、オリジナルメインで制作する主要ドラマ枠が増えているのです。
なぜ今、民放各局はオリジナルに注力し、その背景にはどんな理由があるのでしょうか。
■IPビジネスの肝となるオリジナル
その最たる理由は収益性を高めるため。デバイスの発達や視聴習慣の変化などで放送収入の減少が避けられない中、それを補うものとみられているのが配信収入であることはすでに周知の事実でしょう。
無料配信での動画広告、自局系動画配信サービスでの有料会員獲得、海外への配信などで収入を得ていくことが求められ、なかでもドラマは最大の稼ぎ頭。事実、TVerなどの配信再生数ランキングではドラマが上位を独占し続けていますし、スポンサーが好む若年層の配信視聴が多いことも民放各局が注力する理由の1つです。
その点、オリジナルは原作ドラマ化のような脚色の制限がなく、「物語や登場人物をそれらの収入を得やすいものに最適化できる」のが強み。さらに、ネタバレがないため考察が盛り上がり、伏線や小ネタを探す楽しさを盛り込めるなど、ネット上の反響を狙いやすいなどのメリットがあります。
加えて続編、シリーズ化、映画化、グッズ展開、イベント集客、海外販売などの収益化がしやすいこともオリジナルが重視される理由の1つ。つまり民放各局の間でIP(知的財産)ビジネスを進める上でオリジナルドラマの重要度が高まっているのです。
たとえば昨夏に大きな反響を呼んだ「VIVANT」(TBS系)は福澤克雄氏が演出だけでなく原作から手がけたオリジナルであり、放送に限らず配信、グッズ、イベント、ツアー、さらに続編の含みなど、さまざまな形で収益化して業界内を驚かせました。
ここまで書いてきたようにゴールデン・プライム帯で放送される主要作はオリジナルが主流であり、局をあげた力作ほどその傾向が強くなります。しかし、オリジナルを書ける脚本家がいなければ収益化はままなりません。
だからこそ民放各局は脚本家の発掘・育成に力を入れはじめています。これまでシナリオコンクールと言えば「フジテレビヤングシナリオ大賞」が最もメジャーであり、多くの人気脚本家を輩出してきました。 また、「テレビ朝日新人シナリオ大賞」も開催されていましたが、昨年「日テレ シナリオライターコンテスト」「TBS NEXT WRITERS CHALLENGE」の2つが新設。これで民放主要4局のシナリオコンクールがそろったことになり、オリジナルを書ける脚本家の発掘・育成と、海外では主流のチームライティング構築に向けた前向きな変化と言っていいでしょう。
その他にも、「他局との原作争奪戦を回避できる」「出版社や原作者との度重なるやり取りや許諾が不要になる」「原作ファンからの批判を避けられる」などオリジナル重視の理由は少なくありません。より収益性を高めていくためには、自局のプロデューサーと編成部主導による自由かつスピーディーな意思決定が必要であり、リスク回避の点も含めてオリジナルが求められているのです。
■深夜帯の大半が漫画原作だった
ではなぜ「ドラマは漫画原作ばかり」というミスリードが生まれてしまったのか。その主な理由は深夜帯とNHK総合のドラマにあります。
まず深夜帯では 月曜の「ブラックガールズトーク」(テレビ東京系23時6分)、「先生さようなら」(日本テレビ24時59分)、「チェイサーゲームW」(テレビ東京系26時35分) 火曜の「リビングの松永さん」(カンテレ・フジテレビ系23時)、「夫を社会的に抹殺する5つの方法 Season2」(テレビ東京系24時30分)、「瓜を破る~一線を越えた、その先には」(TBS系24時58分) 水曜の「パティスリーMON」(テレビ東京系24時30分)。
木曜の「めぐる未来」(読売テレビ・日本テレビ系23時59分) 金曜の「消せない『私』―復讐の連鎖―」(日本テレビ系24時30分) 土曜の「離婚しない男―サレ夫と悪嫁の騙し愛―」(テレビ朝日系23時30分)、「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」(東海テレビ・フジテレビ系23時40分)
これらはすべて漫画原作のドラマ。 深夜帯のほとんどが漫画原作のドラマで占められているのです。深夜帯は「限られた予算の中で手早く手堅く配信再生数を稼ぎたい」という傾向が強く、プロデュースの主流は“漫画原作×アイドル的な人気を持つ俳優”のかけ合わせ。
深夜帯はゴールデン・プライム帯より、キャストやスタッフの人数、制作にかける時間と予算、PRの量、ネットニュースの数、SNSの反応などが段違いに少ないことは間違いないありません。言わば、「ゴールデン・プライム帯はオリジナルでホームラン狙い」「深夜帯は漫画原作で手堅くヒット狙い」のようなニュアンスで制作されているのです。
ただ規模や影響力が限定的な一方で、「だからこそ出版社や原作者から条件を出しやすく、テレビ局も尊重しやすいところがある」「原作漫画に忠実なドラマにできる可能性が上がる」のも事実。もちろん両者の交渉次第ではあるものの、ゴールデン・プライム帯のように視聴率獲得やスポンサー配慮、コンプライアンスや表現の幅などの問題が少ないため、原作側の意向が反映されやすいところがあります。
■実は漫画原作に頼りがちなNHK
たとえば、2度のドラマ化と映画化もされた「きのう何食べた?」(テレビ東京系24時12分)は「深夜帯だから原作に忠実な世界観で描くことができた」という感がありました。
「セクシー田中さん」ほどの販売実績と読み応えを併せ持つ漫画の実写ドラマがゴールデン・プライム帯で放送されることは自然である反面、もし深夜帯だったら、もう少し違う制作過程になったのかもしれません。
もう1つ漫画のドラマ化が目立つのはNHK総合。今冬放送の「正直不動産2」(火曜22時)、「作りたい女と食べたい女 シーズン2」(月~木曜22時45分)「お別れホスピタル」(土曜22時)はすべて漫画原作であり、しかも前2作は続編、後1作は同じ原作者の漫画をほぼ同じスタッフが手がける事実上の第2弾です。
さらにNHK総合は1クール前の昨秋も全3作が原作ありで、うち「大奥 Season2」(火曜22時)と「ミワさんなりすます」(月~木曜22時45分)の2作が漫画でした。民放各局とはビジネスモデルが異なり、時間、人、予算などに余裕があって、視聴率獲得やスポンサー配慮などの問題が少ないNHKが、なぜ漫画に頼らなければいけないのか。ここに朝ドラと大河ドラマを除くNHKドラマの課題が見て取れます。
ここまであげてきたように「ドラマは漫画の原作モノばかり」という記事やコメントはミスリードであり、「深夜ドラマは漫画の原作モノばかり」「NHK総合のドラマも漫画に頼っている」のが実情ではないでしょうか。
木村 隆志 :コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者