阪神大震災を経験した真山仁さんが伝えたい「いい話は危うい」… いま能登半島地震を題材に小説を書く理由(2025年1月6日『東京新聞』)

 
 1月7日から東京新聞デジタルと東京新聞中日新聞北陸中日新聞の各紙上で連載される小説「ここにいるよ」を執筆する作者の真山仁さん(62)は、阪神大震災震源から10キロしか離れていない7階建てマンションの1階にいて被災した。家族ともども無事だったが、この体験が震災を題材にした小説を書く原動力となっている。(沢井秀和)

◆「何を伝えなければならないのか」

 例えば、輪島市内の火災現場の前に立ち、自問自答する。「何を伝えなければならないのか」「どんなことが喚起されるのか」。「阪神」を経験した自分に対峙(たいじ)する。
能登半島地震の被災地を取材する真山仁さん=2024年6月14日、石川県珠洲市宝立町で(桜井泰撮影)

能登半島地震の被災地を取材する真山仁さん=2024年6月14日、石川県珠洲市宝立町で(桜井泰撮影)

 主人公として登場する元小学校教師の小野寺徹平が子どもたちや住民とかかわる中で、能登半島地震が問いかけるものを浮き彫りにしていく。
 東日本大震災の被災地の小学校を舞台にした3部作「そして、星の輝く夜がくる」「海は見えるか」「それでも、陽は昇る」では、子どもたちの言葉が鋭かった。
 「(原発)事故が起きてから、東電(東京電力)はずっと悪者です。原発を造ったからです。そして、安全だとみんなにウソをついていたからです。じゃあ、電気を使っていた人は悪くないんですか。みんな今だって毎日使っている」(「そして、星の輝く夜がくる」から)
 真山さんは、子どもの言葉に言いたいことを仮託する。その理由を「子どもの言うことにうそはない。大人のやることをよく見ている。言葉に普遍性があり、真実がある」と語る。

◆「いずれ生まれてくる人に、伝えなければならない」

 もう一つの視点を示すのも特徴だ。「被災した施設から利用者やスタッフみんなが生還したら、大ニュース。『奇跡の生還』と言われながらも、施設のある地元では、住民が別の場所で地震の犠牲になっている現実もある。遺族が『奇跡の生還ともてはやされるのが、実はつらかった』といえるようになるには長い時間がかかるかもしれない。いい話は危うい。そういうことを考えるきっかけを小説で狙いたい」
 「能登の被害はそんなにひどくないんじゃないか」。真山さんは当初、そう思っていた。阪神、東日本の二つの震災と能登半島地震を比べると、犠牲者数、津波の高さ、火事件数の差が大きいことが根拠だった。
焼失した朝市通り周辺を撮影する真山仁さん=2024年6月14日、石川県輪島市河井町で(桜井泰撮影)

焼失した朝市通り周辺を撮影する真山仁さん=2024年6月14日、石川県輪島市河井町で(桜井泰撮影)

 「昨年10月に輪島に行った際、朝市の現場が一部を除いてなくなっていたのはびっくりした。地元の人たちは、早く記憶から消してしまいたいと思っているのだろうか。なかったことにしたいのか。それを否定はしないが、震災によって変わってしまった情景をつらくても目のあたりにしながら、どうやって自分たちのまちを再建していこうかと考えるという姿勢があってもよい」。率直にそう明かす。
 そこからが小説の出番という。「朝市の現場を跡形もなく片付けてよかったんですかと問う人もいれば、亡くなった人のことばかり思い出すから見たくないという人もいる。小説でなら、立場の違う人たちの相克もほどよい距離感で見せられる」
 地震の発生から1年で小説にする理由について「今年、生まれた人やいずれ生まれてくる人に、こういうことがあったと伝えなければならないと思う。今、ホットな間に自分の目で見て、感じて、書いておきたい」と説明する。

◆「能登に今、必要なこと」とは

 言葉の端々から人々への愛情があふれる。
 「お正月の震災という不幸な出来事によって能登に、注目が集まった。不運だった、不幸だと落ち込んでいるだけではなく、『応援したいね』という声も集まっている。被害に遭ったことは悲しいことだが、チャンスでもあるととらえてほしい」
隆起して海底が露出した漁港を取材する真山仁さん=2024年6月14日、石川県輪島市名舟町で(桜井泰撮影)

隆起して海底が露出した漁港を取材する真山仁さん=2024年6月14日、石川県輪島市名舟町で(桜井泰撮影)

 「我々は見捨てられている。昔からそうだったし、これからもそうだろうと思っている方もいるかもしれない。しかし、あきらめないでほしい。情報、思い、活動を発信することで、みんなに気にしてもらえる。応援も生まれる。そうなれば前に進める」
 連載「ここにいるよ」では、出身地がさまざまな子どもたちが集団避難し、生活する場面を描く予定だ。「寄り合い所帯の学校や旅館が舞台になる。いろんな文化が混ざりあって、交流やにぎわいが生まれる。それこそ能登に今、必要なことではないか」。作品では、能登で見つけた未来への希望がちりばめられる。

 真山仁(まやま・じん) 新聞記者、フリーライターを経て2004年に「ハゲタカ」で小説家デビュー。地熱発電開発を題材にした「マグマ」、東京地検特捜部の検事を描いた「売国」「標的」などが映画やドラマになった。東日本大震災の被災地の小学校を舞台にした3部作「そして、星の輝く夜がくる」「海は見えるか」「それでも、陽は昇る」を発表。社会問題を問う作品を生み出している。