◆「何を伝えなければならないのか」
主人公として登場する元小学校教師の小野寺徹平が子どもたちや住民とかかわる中で、能登半島地震が問いかけるものを浮き彫りにしていく。
東日本大震災の被災地の小学校を舞台にした3部作「そして、星の輝く夜がくる」「海は見えるか」「それでも、陽は昇る」では、子どもたちの言葉が鋭かった。
「(原発)事故が起きてから、東電(東京電力)はずっと悪者です。原発を造ったからです。そして、安全だとみんなにウソをついていたからです。じゃあ、電気を使っていた人は悪くないんですか。みんな今だって毎日使っている」(「そして、星の輝く夜がくる」から)
真山さんは、子どもの言葉に言いたいことを仮託する。その理由を「子どもの言うことにうそはない。大人のやることをよく見ている。言葉に普遍性があり、真実がある」と語る。
◆「いずれ生まれてくる人に、伝えなければならない」
もう一つの視点を示すのも特徴だ。「被災した施設から利用者やスタッフみんなが生還したら、大ニュース。『奇跡の生還』と言われながらも、施設のある地元では、住民が別の場所で地震の犠牲になっている現実もある。遺族が『奇跡の生還ともてはやされるのが、実はつらかった』といえるようになるには長い時間がかかるかもしれない。いい話は危うい。そういうことを考えるきっかけを小説で狙いたい」
「昨年10月に輪島に行った際、朝市の現場が一部を除いてなくなっていたのはびっくりした。地元の人たちは、早く記憶から消してしまいたいと思っているのだろうか。なかったことにしたいのか。それを否定はしないが、震災によって変わってしまった情景をつらくても目のあたりにしながら、どうやって自分たちのまちを再建していこうかと考えるという姿勢があってもよい」。率直にそう明かす。
そこからが小説の出番という。「朝市の現場を跡形もなく片付けてよかったんですかと問う人もいれば、亡くなった人のことばかり思い出すから見たくないという人もいる。小説でなら、立場の違う人たちの相克もほどよい距離感で見せられる」
地震の発生から1年で小説にする理由について「今年、生まれた人やいずれ生まれてくる人に、こういうことがあったと伝えなければならないと思う。今、ホットな間に自分の目で見て、感じて、書いておきたい」と説明する。
◆「能登に今、必要なこと」とは
言葉の端々から人々への愛情があふれる。
「お正月の震災という不幸な出来事によって能登に、注目が集まった。不運だった、不幸だと落ち込んでいるだけではなく、『応援したいね』という声も集まっている。被害に遭ったことは悲しいことだが、チャンスでもあるととらえてほしい」
「我々は見捨てられている。昔からそうだったし、これからもそうだろうと思っている方もいるかもしれない。しかし、あきらめないでほしい。情報、思い、活動を発信することで、みんなに気にしてもらえる。応援も生まれる。そうなれば前に進める」
連載「ここにいるよ」では、出身地がさまざまな子どもたちが集団避難し、生活する場面を描く予定だ。「寄り合い所帯の学校や旅館が舞台になる。いろんな文化が混ざりあって、交流やにぎわいが生まれる。それこそ能登に今、必要なことではないか」。作品では、能登で見つけた未来への希望がちりばめられる。