「正義」押し通した果て 聞く耳持たず暴走 国民逆なで、与党も擁護しきれず・尹韓国大統領〔深層探訪〕(2024年12月16日『時事通信』)

キャプチャ
韓国の尹錫悦大統領=11月7日、ソウル(AFP時事)
 韓国の尹錫悦大統領は非常戒厳から11日で、命運が憲法裁判所に委ねられることになった。検事総長出身で「政治家というよりも検事のまま」(与党関係者)と言われ続けてきた尹氏は、自らの「正義」を信じ続けた結果、大多数の国民はもちろん、身内までも敵に回す形になった。
 ◇「大統領はどこに」
 「誰にも相談していない」。閣僚の一人は尹氏が3日、非常戒厳の宣言を前にした閣議で発した第一声をこう記憶する。尹氏は沖岩高校の先輩だった金龍顕国防相(以下、肩書は当時)と2人だけで決めたと説明しており、ほとんどの閣僚が寝耳に水だった。閣議の時間はわずか5分。尹氏から戒厳宣言の意思を直前に聞かされた韓悳洙首相が思いとどまらせるため急きょ開いたものだった。
 ほぼ全閣僚が反対する中でも尹氏は「避けられない措置だ」とかたくなだった。閣議終了の宣言も行わないまま部屋を出て行き、記者会見場で非常戒厳を宣言。閣僚は「どこに行ったのかと話しているさなかに、(尹氏の)声を聞いた」と振り返る。
 ◇現場も命令黙殺
 尹氏は4月の総選挙での保守系与党「国民の力」の惨敗後、国会で過半数を占める革新系最大野党「共に民主党」の強引な国会運営にいら立ちを募らせてきた。さらに、野党が検察幹部や監査院長の弾劾訴追を進めたことが、「司法による正義」を重視する心に火を付けたとみられ、尹氏は12日の談話で「司法にも弾劾の刃が向かう。何かしなければならないと判断した」と語った。
 韓国紙・中央日報によると、高校の後輩である呂寅兄軍防諜(ぼうちょう)司令官は初夏以降、尹氏から何度も「戒厳」の話を聞かされた。かつての軍事独裁時代のような話に呂氏は「今の軍は昔のような軍ではない」と翻意を促したが、尹氏は聞き入れなかった。
 呂氏の予想通り、軍も警察も同調しなかった。国会への軍投入を指揮した陸軍特殊戦司令官は尹氏から戒厳解除の決議を防ぐため「議員を引きずり出せ」と指示されたが、法的問題や多数の負傷者発生を恐れ現場が反対したと国会で証言。韓国メディアによると、警察庁長官も議員の逮捕を命じられたが「黙殺した」と捜査に供述した。
 ◇与党代表「内乱を自白」
 保守層の一部には、野党を嫌い、尹氏の行動を支持する声も根強く存在する。尹氏は12日の談話で、司法の場で争う姿勢を表明し、賭けに出た。「戒厳令は国民に巨大野党の反国家的悪行を知らせ、これを止めるよう警告する目的だった」と正当性を主張。数々の証言に反し、国会に戒厳軍を派遣したのは「秩序維持」のためであり、戒厳解除の議決を妨害する意図はなかったと抗弁した。
 ただ、国民感情を逆なでする内容に与党の韓東勲代表は「予想していなかった内容だ」と困惑。「反省でなく、事実上内乱を自白した」と批判し、弾劾訴追案への賛成に転じた。
 与党には2016年に保守系朴槿恵大統領が弾劾訴追された際に党が分裂し、革新系の文在寅氏に政権を明け渡した経緯から「弾劾トラウマ」があった。弾劾ではなく、一定の冷却期間を置いた後に尹氏が自ら退陣する方策を探っていたが、シナリオは崩壊。表立って尹氏を擁護する言葉を口にできない空気の中、2度目の弾劾訴追を前に党関係者は「国民の戒厳トラウマか党の弾劾トラウマか、どちらを優先するかだ」と苦悩を明かした。(ソウル時事)