検察のエースが部下の女性に…「泊っていけ」と言われた編集者が体感した性暴力の構造(2024年12月16日『現代ビジネス』)

検察のエースが部下の女性に…「泊っていけ」と言われた編集者が体感した性暴力の構造(2024年12月16日『現代ビジネス』)
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2024年10月25日、衝撃的な会見が目に飛び込んできました。性犯罪撲滅に向けて力を尽くしてきた女性の検事が、自身が受けた性暴力について、声を震わせながらも必死に訴えていたのです。大阪地検トップの元検事正、北川健太郎被告が初公判にて起訴事実を認めた上で、「被害者に深刻な被害を与えたことを深く反省し、謝罪したい」と述べた事件の内容は、え、検察官が? と耳を疑うものでした。さらに、およそ6年の間、彼女は検事という仕事をしたくてもできない状況に置かれていたというのです。被害者のような検事こそが必要なのに、その彼女が絶望し、仕事もできない状況にある。そこに多くの人が衝撃を受け、被害者に多くの応援の声が届いたと言います。
 
ところが12月10日、就任したばかりの北川被告の新しい弁護人が一転「同意があった」と無罪を主張することを発表。翌日11日には、女性が再度会見し、時に声を震わせながら「きのうの弁護人の会見後、夜も眠れず、胸が痛み、息をするのも苦しく、涙が止まりませんでした」と語りました。
これらの報道や会見は、性的同意とはなにか。性暴力とはなにかを改めて考えさせられるものです。性暴力の構造を、新入社員時に週刊誌の編集部にいた筆者の体験をもとに紐解きます。
編集部注:本記事には、具体的な描写が含まれます。閲覧にはご注意ください。
他人事ではない
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筆者の体験も「お酒」が関係しているものなので、北川被告の事件の被害女性については、他人事ではないと感じて会見を見ました。
改めて女性の検事が会見で語った内容を振り返ります。事件が起きたのは2018年9月12日。女性は、半年前に大阪地検検事正に就任した北川被告の懇親会の席で酔いつぶれ、意識もうろうとしていました。同席していた仲間が心配する中でタクシーで帰ろうとしたところ、北川被告が女性の乗ったタクシーに乗り込み、彼女の自宅ではなく、自分の官舎に連れて行きました。そして女性が目が覚めた時には北川被告から性交されていたというのです。何度も帰りたいという訴えをしたけれど、酩酊状態の中で抵抗もままならず、被告は3時間にわたり性交に及んだといいます。
女性を苦しめたのはその性交そのものだけではありませんでした。当時の検事正であり、関西のエースと言われた北川被告からは脅しによる口止めをされたばかりか、大阪地検内で同僚に虚偽の情報を流されるなどの「セカンドレイプ」も受けたといいます。6年間被害を訴えることもできず、身も心もボロボロになったと涙ながらに語っていました。その内容については、性加害のみならず、事実関係をきちんと明らかにしなければなりません。
駆け出し編集者が遭遇したこと
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印刷所には生の原稿用紙かフロッピーディスクで原稿を渡すという90年代 Photo by iStock
では、性暴力とは何か。それを考えるにあたり一つ重要なのは、NOを言える状況にあるか。そしてそのNOを大切にされる環境にあるか。それが大きな目安となるのではないかと考えます。
わかりやすい事例を挙げてみましょう。当時、筆者は23歳で、週刊誌の編集部に配属されて1年足らずの駆け出し編集者でした。
休暇をとる上司から、自分の代わりにジャーナリストのA氏との打ち合わせに行ってほしいと依頼を受けました。A氏は元大手メディアの記者で、当時週刊誌や新聞などにも寄稿していました。日本中が注目するニュースの寄稿もあり、是非お話をしてみたいと感じました。上司はその経験を積むためにも提案をしてくれたのだろうと思いました。
A氏の事務所は、都内のマンションの一室でした。
ダイニングテーブルで資料を広げ、企画について打ち合わせをします。滞りなく打ち合わせが終わり、ほっとしているところで「ちょっと一杯やろう」と誘っていただきました。これは仕事の話を伺ういいチャンスです。あの記事はどうやって書いたのか聞いてもいいのだろうかなどと考え、緊張と期待とが高まります。ファイルなど大量の資料があり、それを持ち歩くのは心配だなと考え、事務所に置かせていただいて後で取りに戻ることにしました。
向かったのはチェーンの居酒屋。ビールで乾杯をしたあとに「日本酒にしよう」とA氏がぬる燗を頼みました。幸い日本酒は筆者も大好きです。先方もそのようで、どんどん杯があいていき、徳利は何本にもなりました。そして互いにかなり飲んだころ、A氏は私のお猪口にお酒を注いで「もっと飲め」と口にしたあと、こう続けたのです。
「君は新人だから教えてあげるよ。いいか、女性の記者は寝てネタを取るんだ。○○新聞の××もそうやってエースになった。それくらいでないといい記者になれないんだ」
もしや、自分を性的対象として見ているのだろうか
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なにかを食べることができた記憶がない…Photo by iStock
凍り付きました。もともとお酒は弱くはない方ですが、酔いがさっと醒めていくような感じがしました。この人は、筆者に「枕営業をしてネタを取れ」と「教えて」いるのでしょうか。これが酔っ払った同期のセリフなら、ふざけんな!と怒鳴るところです。しかし相手は初対面、しかも名のあるジャーナリスト。さらに筆者は上司の代理で打ち合わせに来た身です。
筆者はようやく小さな声で「それがいい記者なら、私はいい記者にならなくていいです……」と言いました。しかし彼は「そんなんじゃだめだ」と、具体的な媒体名や記者の方々の名前を挙げました。
「もしかしたら、A氏は自分を性的対象として見ているのだろうか」という恐怖で、背中には汗をびっしょりかいていました。
それから「もう一軒行くぞ」と近くのバーに行きます。断ればいいのでしょうが、断れる空気ではなかったのです。もはや何を飲んだのかは覚えていませんが、「お前は疲れてるな」と肩をもまれて、思わず鳥肌が立ったのを強烈に覚えています。
どうにかして逃げなければならない。しかし、資料はA氏の事務所に置いたままです。行くしかない。でも絶対危ない。緊張が走ります。
「お前は疲れているんだから泊まっていけ」
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そしてすっかり酔っ払ったA氏と事務所に戻り、資料を持って帰ろうとすると「お前は疲れているんだから泊まっていけ」と言われました。
「お気遣いありがとうございます。でも家はそんなに遠くありませんから帰ります」と靴を履こうとします。すると、「人の厚意をなんだと思ってるんだ! 企画がどうなってもいいのか!」と怒鳴られたのです。
いま、もしそう言われた後輩がいたら、「企画なんてどうなってもいいから自分の身の安全を最優先にして」と伝えることでしょう。しかし立場が上の人から「上司の企画がどうなってもいいのか」と言われて、強引に帰ることができる人は少ないのではないでしょうか。
当時は携帯電話もガラケーで、LINEどころかSNSもない時代。誰かにSOSを出すにも、その手段がありません。どうすればいい、どうしたらいい。考えている間に、A氏が布団を敷いたのでした。
どうすればいい。
どうしたらいい。
お酒をたくさん飲んでいたけれど、酔うどころか、頭の中でそんな思いがグルグル回っていました。
「お母さん、私」
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慌てて逃げるように帰った Photo by iStock
とにかくもう少し飲みませんかと焼酎をコップに注ぎ、自宅から通っているので帰りがあまりに遅いと親が心配する、自宅に電話をかけさせてほしいと頼みました。
そして、休みをとっている上司の携帯にかけ、つながりますようにと祈りながらコールの音を聞きました。
「あれ、どうしたの、何か問題あった?」
上司の声を聞いてどれだけホッとしたことでしょう。
「お母さん、私」と言うと、上司は「え?」と戸惑います。
”今日上司の代わりに夕方打ち合わせに来たのだけど、実はまだそこにいるの。わたしが疲れているから泊まっていけとおっしゃるんだよ。だから帰らなくても心配しないで”
そのような内容を、母に伝えるような口調で言うと、「え、まだ○○さんのところにいるの? 泊まる? ちょっと待って」と、私からのメッセージの意味を理解してくれたのがわかりました。
これで大丈夫。なにかあったら、きっと上司がなんとかしてくれる(上司は筆者からの電話を受け、深夜でも事務所に向かってくれたそうです)。
それで冷静になり、もはやお酒を飲ませて寝かせるしかないと決意。親にお酒に強い身体に産んでくれてありがとうと感謝しながら、お酌をしまくる作戦に出ました。そしてA氏が寝てしまったところで、急ぎ事務所を後にしたのです。
もし、これで泊まっていたら「同意」だろうか
当然ながらこの出来事は上司にも編集長にも報告して、以降彼と接触することは一度もありませんでした。
しかし、もしこれで私が泊まっていたら、そこでなにかがあったら。どのように「同意はなかった」と説明できたのでしょうか。むしろ「仕事が欲しい新人が枕営業をした」と言われることすらあるのではないでしょうか。また、幸い筆者の場合は上司が寄り添ってくれ、その後A氏と接触することはありませんでした。しかしもし、相手がすぐ近くにいるパワーが上の人だったら、果たして安心して仕事をすることができるでしょうか。
もちろん、上司と部下であっても、パワーバランスがあっても、恋愛関係になることもあるでしょう。
恋のドキドキハラハラをすべて否定するつもりはありません。
しかし、「絶対的なパワーバランス」をちらつかせた関係性は、「対等」でしょうか。
そこにNOと言える環境は存在するのでしょうか。ただでさえNOと言えないパワーバランスの中に、大量のお酒による判断力や抵抗力の低下の中、そこで性交したら「同意があった」ということなのでしょうか。
筆者はこの体験を、以前にも記事にしたことがありました。教師が自分の生徒に対して性暴力を起こし、それが「両想いだった」と語った事件のときのことでした。そしてそれを読んでいたある女性が、今回の検事の方の会見を受け、ずっと語れずにいた体験を共有してくれました。後編「泥酔した女性と「性的同意」はできるのか。職場で起きた地獄の体験」にてその方の心の叫びをお伝えします。
文・FRaUweb 新町真弓
FRaU編集部