『モンスター』『虎に翼』『アンチヒーロー』 法律が重視され始めたリーガルドラマの現在地(2024年12月16日『リアルサウンド』)

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『モンスター』©︎カンテレ
 佳境を迎えつつある『モンスター』(カンテレ・フジテレビ系)。弁護士の神波亮子(趣里)が現代の闇に挑む本作は、エッジの効いた作風でリーガルドラマの現在地を示している。このコラムでは同ジャンルの現状を概観し、今後の展望を探ってみたい。
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法廷に立つ神波亮子(趣里
 社会正義を貫き、事件の深層に鋭く斬り込む。巧みな弁舌と探偵顔負けのリサーチで、依頼人のために逆転勝訴を導く。弁護士、検事、裁判官を主人公とするリーガルドラマは、人気ジャンルとしてドラマ界の一角を占める。2024年はリーガルドラマの秀作が目白押しだった。朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)を筆頭に、4月期日曜劇場の『アンチヒーロー』(TBS系)、深夜枠の『JKと六法全書』(テレビ朝日系)など各局が意欲作を送り込んだ。
 いわゆる「法廷もの」と呼ばれる作品はこれまでもあったが、それらと近年のリーガルドラマの大きな違いは、司法制度改革以降の変化が反映されていることだ。詳細はここでは省くが、裁判員裁判が開始され、法科大学院ロースクール)の設置によって法律家を養成するプロセスが見直された。
 この変化は作品の内容に影響を及ぼした。わかりやすいところでは、登場人物の経歴がある。新制度では、法科大学院修了もしくは予備試験合格者に司法試験の受験資格が与えられることになった。ドラマに登場する若手の弁護士や裁判官は、法科大学院卒か予備試験合格者と考えてほぼ間違いない。現実の世界では旧制度の合格者と新司法試験の合格者がいるが、作中でも新旧の合格者が混在する状況が生まれた。
 ただし、これはあくまで外的な変化にすぎない。より重要で作品の成り立ちに関わる変化がある。一言で言えばそれは「法律ドラマの法律化」だ。従来の法廷ものは、ミステリー・サスペンスのサブジャンルの扱いだった。弁護士や裁判官は登場するが、難しい法律論は後回しにされ、犯人や被害者の動機にスポットライトが当たった。証拠探しに尺が費やされ、法廷シーンがクライマックスに来る構成だった。主人公の一代記も含めて、人情に訴えて、観る側の感情を揺さぶるものが主流だった。
 司法制度改革がもたらした成果の一つに、司法へのアクセスがある。生涯、裁判所の門をくぐらない人も多い日本で、法テラスや裁判員裁判によって、司法はより身近なものとなった。法曹人口の増加は法律家の活動領域を拡大した。法科大学院で専門的な教育を受け、法律リテラシーを持つ人間が増加した。結果として起きたのは、送り手と受け手の変容だ。法的な素養が高まったことで、ドラマのクオリティも変化する。情に訴える構成から、争点整理と事実認定に重点がシフトした。敬遠されがちだった法律のロジックが物語の構成要素になったのである。
リーガルドラマの制作サイドに法律家が増えた背景も
 古いところで『ビギナー』(フジテレビ系)は司法修習を扱っており、修習生同士が法律論を戦わせる場面がある。同作が放送された2003年は、制度改革の議論がさかんに行われた時期だった。『女神の教室~リーガル青春白書~』(フジテレビ系)は、そのものずばり法科大学院が舞台だ。当事者同士の裁判では、2022年7月期の『石子と羽男―そんなコトで訴えます?―』(TBS系)は請求と法律構成を示してエピソードに落とし込んでいた。『虎に翼』も劇中劇のフォーマットで法律上の争点を示した。『アンチヒーロー』は、検察の立証に合理的な疑いを差し挟む弁護側の戦術が作品の土台にあった。
 法律論の密度が高まったのは、制作サイドに法律家が増えたことも関係がある。監修だけでなく、近年、原作者や脚本家自身が資格保有者という事例が見られる。『JKと六法全書』で共同脚本を担当した柏谷周希氏、『元彼の遺言状』(フジテレビ系)、『競争の番人』(フジテレビ系)の原作者・新川帆立氏も弁護士だ。作家業を兼ねる弁護士は増えているので、この傾向は加速するだろう。
 法的な視点から問題の本質を見極め、物語を通して観る者の心のひだに触れる。法律を扱った作品の隆盛ぶりは、広義のリーガルドラマで顕著だ。主人公は弁護士や裁判官ではないが、司法と密接に関連した役割を担う。『シッコウ!!~犬と私と執行官~』(テレビ朝日系)は執行官、『競争の番人』は公正取引委員会の審査官が主人公だ。『ジャンヌの裁き』(テレビ東京系)は、一般市民から選ばれた審査員で構成される検察審査会が舞台となった。
 人物設定、作品構造、作り手、視聴者、テーマの各段階でアップデートされたのが現在のリーガルドラマである。もう一点、2020年代のドラマの問題意識として、同時代性と社会へのインパクトを挙げたい。2024年9月、殺人容疑で死刑判決を受けた袴田巌氏が再審無罪となり、翌月確定した。冤罪を扱ったドラマは増加傾向にある。『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ・フジテレビ系)がそうであるし、『アンチヒーロー』は冤罪を正面から取り上げた。
 国外の動きに目を向けると、韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は、自閉症スペクトラムの弁護士が主人公。ダイバーシティを扱った同作は、法律論と人間ドラマの深みを備えていた。『モンスター』では裁判をゲーム感覚でとらえる主人公が、AIや推し活、闇バイトに挑む。法律を駆使しながら法律で解決できない心の闇に斬り込む本作は、ドラマでしか描けない領域に手を伸ばしている。その先にリーガルドラマの未来があると言ったら大げさだろうか。
石河コウヘイ