なぜか衆院選で「議論にならない」7つの重要争点、人気取り政策ばかりの絶望(2024年10月21日『ビジネス+IT』)

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財源の具体案を出さない政党ばかりの選挙は無意味だ(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
 10月27日に投開票が行われる衆議院議員総選挙に向けて各党が政策を公表しているが、その中身の貧弱さは目を覆わんばかりであり、絶望的なレベルだ。与野党とも財源の裏付けがない人気取り政策が目立つ。その半面で、年金制度改革や賃金引上げなど、国民生活に重要な影響を与える問題が論点とされていない。
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「国民負担」増加の議論から逃げている
 衆議院議員総選挙に向けて各党の政策が公表されている。だが経済・財政問題について言えば、問題は、財源の裏付けのない人気取りのばらまき政策ばかりで、財源を明示した責任のある政策が何も打ち出されていないことだ。
 与野党とも、負担増の議論からはまったく逃げてしまっている。つまり、国民は避けて通れない負担増について、意見を反映させる手段を失っていることになる。
 そもそも選挙とは、実現してほしいと願う政策を提示している政党を選ぶプロセスだ。どの政党もそのような政策を提示していないのであれば、選挙は意味のないものになってしまう。
 石破 茂内閣の表看板政策は、地方創成だ。それをどのようにして実現するのかと言えば、交付金を増額するのだという。では、その財源はどこから調達するのか? それについては何も具体案が示されていない。
【消費税の廃止・減税】財源の具体案なし
 各党の財政関連政策の中では、消費税の減税にかかわるものが多い。
 共産党は、消費税廃止に向かって、ただちに5%の引き下げを求める。日本維新の会は、消費税減税による消費拡大を訴える。国民民主党、れいわ新選組なども、消費税の減税や廃止を訴える(立憲民主党は、消費税減税より先に、給付金付き税額控除が必要としている)。
 しかし、消費税を廃止または減税して社会保障の支出を減らすのでなければ、他の税を増税して、社会保障の財源を確保しなければならない。では、どのような財源を考えるのか? これについて、各党は具体案を示していない。
 石破内閣の交付金引き上げにしても、野党の消費税減税にしても、財源を明確に示さなければ、まともな政策とはとても言えない。しかも、何のために消費税を減税するのか? 所得税法人税でなく、消費税を減税するのはなぜか? といった理由もはっきりしない。
【防衛費の増額・社会保障制度の維持】財源はどうなる?
 総選挙後の政府がどうしても対処しなければならない問題は、防衛費増額のための増税だ。この問題の基本は、すでに岸田内閣によって決定されている。岸田内閣は防衛費を増額することとしたが、その財源は増税によることとし、国債の発行には頼らないこととした。
 そして、防衛力強化基金を設立したが、増税の具体的な内容は、これから決めることになる。これについての議論が野党の側からまったく提示されていないのは、どういうわけだろうか?
 さらに、日本がこれから長期的に対応しなければならない問題として、社会保障制度を維持するための財源の問題がある。
 社会保障制度は、社会保険料と税によって賄われている。大雑把に言えば、社会保障の受益者は、年金をはじめ、医療保険介護保険でも、高齢者が中心だ。そして、保険料や税の負担をするのは、主として労働年齢階級の人々だ。
 ところが高齢化が進むことにより、高齢者の比率と労働年齢階級の人口の比率は大きく変わる。したがって、仮に高齢者1人当たりの社会保障給付を現状どおりとすれば、労働年齢階級の人々の1人当たり負担は著しく増加することになる。
 このような負担増はとても不可能と考えられるので、さまざまな対策が必要になる。第一は社会保障給付の減額だ。年金の場合には、「マクロ経済スライド」という制度が導入されており、年金額を一定の比率で減額していくこととなっている。しかし現実には、それを発動するための要件である物価上昇率が高まらなかったため、これまでほとんど発動されてこなかった。
 医療保険介護保険については、受益者の自己負担を増額することがすでに行われており、これからも行われる可能性がある。
 年金制度について言えば、2023年公表された財政検証で、すでに問題が指摘されている。第一は、国民年金所得代替率が今後低下する可能性があることだ。これを解決するために、基礎年金の比率を増大することが考えられるが、そのためには国庫負担を増大させなければならず、そのための財源問題が生じる。
 こうした問題について、現状では、国民が意見を反映させるルートがない。総選挙においてこそ、こうした問題が議論の対象とされるべきだ。
【全世代型社会保障】高齢者負担を上げ続けるべきか?
 これまでの社会保険制度では、前述のように負担が主として、労働年齢階級の人口が負うことになっていたが、高齢者の負担を引き上げていくという方向転換が行われている。これが、「全世代型社会保障」と呼ばれる考えだ。
 この方針に基づき、医療保険における現役並み保険料負担者の範囲拡大や、介護保険料の増額が行われている。また自己負担の引き上げも行われている。
 このような方向を是として、さらに進めるべきか? あるいは望ましくないと考えるべきか?
 これについては、日本維新の会が高齢者の医療費窓口負担を原則的に3割に引き上げることを公約にしている。他党も政策の方向を明示すべきだろう。
【金融資産所得への課税】石破氏の方針が一転も…
 医療保険介護保険の保険料および自己負担率を計算する場合に、現在の制度では、金融資産所得で分離課税を選択している人が有利になるという問題がある。この問題を調整するために、金融資産所得に対する課税を強化することが検討されている。
 石破首相も、自民党総裁就任前には、この問題を検討するとしていた。しかし、就任後は一転して、この問題に手をつけないことにした。他の党からも、この問題に対する問題提起はない。
 したがって、総選挙においてもこの問題が争点にはなっていない。つまり、国民はこの問題に対する意見を表明する手段を奪われていることになる。
 こうした問題が総選挙の争点になっていないのは、誠に大きな問題だと考えざるを得ない。
【賃金引き上げ】「好循環が始まった」認識は正しいか?
 賃金引き上げも、重要な論点として議論されるべきだ。
 現在の状況は、賃金と物価の好循環が始まったと認識されることが多いのだが、果たしてその認識が正しいかどうかは疑問だ。生産性の上昇によらず、消費者の負担において賃上げがなされている可能性がある。こうした状況が続けば、コストプッシュインフレに落ち込む危険があることに注意しなければならない。
 最低賃金の引き上げに関して石破首相は、全国平均1,500円超えの目標を、2030年代半ばから2020年代に前倒しするとした。中小企業の生産性を高めるため、一定の再編はやむを得ないと石破首相は述べた。この問題に関しても議論がなされるべきだ。
【緊急経済対策の評価】ガソリン・電気・ガス代の補助は?
 石破内閣は、年内に大型の経済対策をまとめる方針だ。この問題も、総選挙の論点の1つとして取り上げるべきだ。
 問題となるのは、ガソリン・電気・ガス代の補助だ。この補助金は、高額所得者や、業績の好調な企業にも及ぶ。しかも、価格を本来の水準より低下させることになるので、エネルギーの節約にも反することになる。
 これまでも、延長や再開を重ねてきたが、継続論が強まっている。公明党は、それを選挙の公約にも割り込んだ。
 石破内閣は、経済対策の規模に関して、一般会計の歳出総額で13兆円超になった2023年度の補正予算を上回る規模にするとしている。この財源は、結局のところは赤字国債の増発によらざるを得ないだろう。国と地方の基礎的財政収支を2025年度に黒字化するという目標は、とっくに忘れ去られているようだ。こうしたことで良いかどうかも、総選挙の争点になるべきだ。
執筆:野口 悠紀雄