米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手がレギュラーシーズンを終えた。史上初の「50本塁打、50盗塁」を達成し、それぞれ54本、59個まで記録を伸ばした。打点は130を挙げ、2年連続の本塁打王と初の打点王の「2冠」を獲得した。
驚異的な成績である。しかもいずれも自己最高の数字だ。大リーグ7年目で30歳を迎えても進化し続けていることは、超人的とも言えよう。
大谷選手は右ひじを手術したため、今季は投打の「二刀流」を封印し、打者に専念した。
打撃の質を高めようと、スイングの速さと強さにこだわった。打球の方向と飛距離に意識が向くグラウンドでのフリー打撃は避け、球場内の打撃ケージでスイングに集中したという。打球の速度は上がり、角度も良くなった。三振率は低下した。
パワーヒッターなのに打率成績もトップと4厘差に肉薄した。研さんの末、打者として完成形に近づいたのではないか。
陸上の短距離選手が使う機器を練習に導入した。腰につないだワイヤの抵抗に逆らうようにダッシュを繰り返し、スタート時の瞬発力を身につけた。
打撃も走塁も、自身の身体能力をさらに向上させる方法を見定めて愚直に取り組んだ。成績は必然だったとも言えよう。
前人未到の記録ばかりに目が向きがちだが、野球への飽くなき探究心と実践に学ぶべきではないか。
日々の努力に裏打ちされているからこそ、試合を楽しめているのだろう。記録へのプレッシャーを全く感じさせなかった。
シーズン前には信頼していた通訳に裏切られたこともあったが、新しい家族ができ、精神面も充実しているように見える。
右ひじの回復は順調で来季は二刀流が復活しそうだ。どんな活躍をするのか想像もつかないが、きっと素晴らしい景色を見せてくれるのだろう。
故障だけが心配だ。野球少年がそのまま大人になったような躍動する姿を長く見ていたい。
大谷選手、史上初50ー50 努力重ね偉業、世界が称賛(2024年10月6日『河北新報』-「社説」)
野球の枠を超え、世界各国で歴史的な偉業が称賛されている。米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手(30)=岩手・花巻東高出=は今季、メジャー史上初の「50本塁打、50盗塁」を達成。打撃成績は54本塁打、130打点で二冠に輝き、打率も首位とわずか4厘差で三冠王に肉薄した。
「50-50」は150年近い歴史がある最高峰のリーグで、数々のスラッガーや盗塁の名手が挑んでも成し遂げられず、不可能とさえいわれた大記録。可能にしたのは奇跡的な次元で融合したパワーとスピードだ。天性の素質に加え、日々の努力で備わった。
大谷選手に詳しい研究者は、今季の本塁打の特徴を右翼方向が増え、右飛のような当たりでもスタンドに入るようになったと指摘。前者は厳しい内角球を捉える技術が進化し、後者は完璧な打撃ではなくても本塁打にできるパワーを身に付けた証しだという。
アジア選手初のメジャー本塁打王となった昨季の成績に満足せず、努力を積み重ねた成果に違いない。さらに打者に専念した今季、以前は投球練習をしていた試合前に器具を使い、ダッシュの練習をする姿が見られた。スピードと走塁技術を飛躍的に向上させたトレーニングだ。
顧問を務める岩手大陸上部で、同じ器具を使う奥平柾道同大講師は「昨年よりも走行フォームの前傾姿勢が良くなり、陸上選手のような角度になった」と分析し、30~50メートル走は陸上選手と比べても遜色のない可能性があると推測する。新たに身に付けた能力が開花し、夏以降は90%を超える成功率で盗塁を量産した。
パワーとスピードを生み出す体は大谷選手の長期的なビジョンによって形成された。
野球動作解析の第一人者、川村卓筑波大教授によると、プロ野球日本ハムに入団1年目だった大谷選手が一人で訪ねて来て、体づくりについてアドバイスを求めたという。川村氏は急な肉体改造を控え、徐々に体をつくるよう進言。川村氏は当時を振り返り「あれほど高い意識を持った選手は初めてだった」と話す。
今季は開幕後、通訳の違法賭博が発覚し、大谷選手も事情聴取を受けた。後に「最初の方はいろいろあり睡眠が足りていない日が続いていた」と明かしたように苦難のスタートだった。そんなシーズンに偉業を達成し、まさに「われわれの想像を超える選手」(川村氏)と言うしかない。
米国では最近、存在の大きさをプロバスケットボールNBAのマイケル・ジョーダンにたとえる論評が見られようになった。50-50達成時にはアジアや欧州各国のメディアに加え、野球にほとんどなじみのない中東でもアルジャジーラが特集を組んで伝えた。
現在、念願のワールドチャンピオンを目指し、プレーする大谷選手。古里の東北から、エールを送り続けたい。
大谷選手の50-50超え 野球の可能性また広げた(2024年9月22日『毎日新聞』-「社説」)
「50本塁打、50盗塁」という米大リーグ史上初の偉業を成し遂げた。スーパースターと呼ぶにふさわしい快挙だ。
プロの世界では、長距離打者としてのパワーと盗塁を決めるスピードを併せ持つ選手は少ない。大リーグでは大谷選手を除き「40―40」が過去に5人いるだけだ。
投打の「二刀流」で野球界の常識を覆した大谷選手だが、今回は本塁打と盗塁で規格外の活躍を見せつけた。
大谷選手は上位打線の1番や2番に入り、塁に出ると、身長190センチを超す体格に似合わぬ俊敏さと鮮やかなスタートで盗塁を成功させた。右肘の手術後、投手の役割を封印したことも攻撃に専念する上でプラスになったようだ。
野球の面白さを引き出そうと、大リーグでは昨年、本塁を除くベースのサイズを大きくし、塁間の距離を短くする規則改正を行った。投手によるけん制球の回数は3回に制限された。
走者はスタートを切りやすく、大谷選手のように盗塁を試みる選手が増えた。クロスプレーが試合に緊迫感や興奮をもたらした。
高いレベルの打撃と走塁で大谷選手は世界最高峰の大リーグを沸かせ、野球の可能性をまたも広げたといえる。
波乱の幕開けで迎えた今シーズンだった。二人三脚で歩んできた通訳の水原一平氏が違法賭博で立件され、落ち着かない心境だっただろう。それでも、グラウンドでは心の迷いを見せず、大車輪の働きでチームをけん引した。
大谷選手の挑戦心、向上心は夢を持つ若者や子どもを勇気づけている。突出した才能が世界で活躍できる環境づくりに向けた道標にもなるだろう。
「40本塁打、40盗塁」でさえ、到達したのは大谷選手を含めて6人しかいない。パワーとスピードを兼ね備えた類いまれな才能とともに、本人のたゆまぬ努力を証明するものだ。
大リーグ7年目となる今シーズンを、順風の中で迎えたとは言い難い。ドジャースへの移籍という環境の変化。肘の手術で投打の「二刀流」を一時的に断念することになり、3月には元通訳の違法賭博が発覚した。
心の内に不安や重圧を抱えていたかもしれないが、それを感じさせぬ活躍だった。変わらぬ謙虚な人柄と笑顔も人々を魅了した。本人が目標に掲げていたプレーオフへの進出も決まった。引き続きエールを送りたい。
大谷選手の活躍は、日本の次世代の育成を考えるうえでのヒントにもなろう。
日本の学校教育は学力などの格差が小さい一方、個性や長所を伸ばす素地が乏しい。「ギフテッド」と呼ばれる特異な才能がある子どもが適応できず、悩みを抱えるケースもある。
大谷選手はプロ入り前から大リーグを目指し、周囲もそれを支えてきた。スポーツだけでなく、一人ひとりの興味関心に応じて科学研究や文化活動に取り組める場を増やさねばならない。つまずきを許容する寛容さも大切だ。
広い世界に挑む積極性も育てたい。主要国の中で、日本の高校生の「内向き志向」は顕著である。海外への留学や進学を後押しする奨学金を増やすなどの環境整備が必要だ。
多様な人々が暮らす社会で磨き合い、成長を続ける。スーパースターの背中から学ぶ点は多い。
米大リーグ(MLB)で、低迷続きのある球団にファンからメールが届いた。「チームのシーズンチケットを、このまま持ち続けるべきか」。それを読んだ球団の社長は答えた。「観戦に来る理由が勝ち負けなら、来るんじゃない」と。
▼いまから10年以上も前の話だという。一見、随分なご挨拶に思える。社長の真意は、その続きにあった。「もったいない。ベースボールがどういうものか見失っているんだ」(『MLB人類学』宇根夏樹著)。勝敗を超え胸を打つ何かが、野球にはあるという意味だろう。
▼ドジャースの大谷翔平選手が、50本塁打と50盗塁の「50―50」を達成したのは敵地の球場である。その試合では3本塁打を放ち、10打点を挙げ、自軍は大差で勝った。勝敗だけが全てなら、相手チームのファンにはつらい1日でしかなかったろう。
▼偉業をたたえる観客の喝采に、敵味方の別は全くなかった。相手投手は敬遠を潔しとせず、全打席で勝負を挑み、その心意気に大谷選手はバットで応えた。相手チームの監督は試合後に語ったという。「このゲームに敬意を払い、勝負にいった」
▼望ましくない形で自軍の名を球史に刻んだ1日も、「ベースボールにとっては良い日だった」と。勝敗を超えた言葉の美技もまた、野球に宿る「何か」なのだろう。快挙の余韻に浸りつつ、ほろりとした人は多いのではないか。良き相手に恵まれ、生まれた大記録である。
▼チームが振るわぬエンゼルス時代から、大谷選手を追って球場に足を運んできたファンは多い。今季の「50―50」とプレーオフ進出はファンに宛てた一つの答えに見える。願わくはワールドシリーズも制し、歓喜のおすそ分けを。そうなれば答えとしては満点である。
作家、ねじめ正一さんの小説『長嶋少年』に小学生の男の子が中央線の線路に耳を当てる場面がある
▼舞台は昭和30年代の東京・高円寺。線路は後楽園球場のあった水道橋を通る。線路から伝わってくる音に少年はあこがれの長嶋茂雄選手を想像する。「あのざわめきは長嶋が登場したざわめきです。僕は長嶋のざわめきをずうっとずうっと聞いています」。よく分かるというのは昭和20年代生まれか
▼野球の神さまはときどき傑出した選手をこの世に送ってくれるようだ。戦後復興期に青バットの大下、赤バットの川上。高度成長期には長嶋と王。経済停滞期のイチロー。時代時代に現れるヒーローが世の中全体を明るく照らし、子どもはもちろん大人まで笑顔にする
▼先行きが見えず、不安な時代にやって来たその人は、世の重苦しい雲を強打と快走でひととき晴らす。少し前にお会いしたねじめさんがおっしゃっていた。「大谷君はもうあの時代の長嶋さんの存在を超えているのだろうね」
大谷選手の快挙(2024年9月21日『北海道新聞』-「卓上四季」)
大谷翔平選手は打撃を練習するとき、バットを折ることがまずないそうだ。なぜなら投球をバットの真芯でとらえることにたけているから。ずばぬけたバッターである証しだと聞いた
▼米マイアミのスタジアムに響いた快音も超一流の証明だろうか。大リーグ史上初となるシーズン50本塁打、50盗塁を達成した一発。バットを振り抜くと、乾いた打撃音がとどろいた。飛球の軌跡の優雅さもさることながら、あの強烈な音はファンの記憶に長く刻まれるに違いない
▼それにしても記念すべき節目の試合で3ホーマー、2盗塁、10打点とは。まるで漫画やアニメの世界の主人公ではないか
▼いや、二刀流への挑戦から始まり、ことごとく常識を覆してきた過去の歩みが示す。これこそが大谷翔平なのだ、と
▼ダイヤモンドを回る際、輝かしい笑顔を見せた。その裏にどれだけの努力があるのだろう。<価値ある事業は、ささやかな、人知れぬ出発、地道な労苦、向上を目指す無言の、地道な苦闘といった風土のうちで、真に発展し開花する>。近代看護の祖ナイチンゲールの言葉を思う
▼試合後のシャンパンはこの上ない味だったはずだ。けれどそこでとどまる彼ではない。だれも踏み込まなかった未知の領域が行く手になお広がる。どんな高みへ到達するのか。物語はこれからも続くことだろう。
偉業の上書き(2024年9月21日『福島民報』-「あぶくま抄」)
ノートをつけろ―。野球を始めた小学生の息子に、チームの監督だった父は命じた。「評価と助言」、「反省と課題」が記された「交換日記」が始まった(佐々木亨著「道ひらく、海わたる」)
▼息子とは米大リーグの大谷翔平選手。父徹さんは事あるごとに、文章を三つ書いた。〈大きな声を出して、元気よくプレーする〉〈キャッチボールを一生懸命に練習する〉〈一生懸命に走る〉。押しも押されもせぬ看板選手に成長した後も、人生最初の指導者から贈られた叱咤[しった]激励[げきれい]を忘れない。「とりわけ全力疾走は大きな意味がある」と、インタビューに答えている
▼前人未到の大記録達成は圧巻と言うほかない。2盗塁に3打席連続ホームランで、「50―50」を一気に超えた。51本塁打、51盗塁は、いずれも自己シーズン最多を更新しての金字塔。ドジャースに移籍した今春、元通訳のごたごたに巻き込まれたが、心は折れはしなかった。交換日記は強靱[きょうじん]な精神力も育んだのだろう
▼チームはプレーオフ進出を決めた。舞台はまだまだ続く。来季、マウンドに復帰すれば、投、打、走の「三刀流」だ。不世出のアスリートはこの先、一体どんな偉業を上書きしてゆくのか。
(2024年9月21日『山形新聞』-「談話室」)
(2024年9月21日『山形新聞』-「談話室」)
▼▽陸上のトレーニングをすれば、100メートルの日本記録を出すかもしれない。それぐらい速い―。プロ野球日本ハムの元コーチ白井一幸さんはその走力を目の当たりにし、驚愕(きょうがく)した。相手は米大リーグ大谷翔平選手である。
▼▽周知の通り打撃は一流。故に白井さんは、打者に専念すれば、三冠王に盗塁王を合わせ、四冠王になる素質があると語っていた(「証言大谷翔平」)。メジャー挑戦1年目の時だ。類いまれな才能は証明されていたが、当時ならば「そこまでは…」と見る向きもあったはず。
▼▽今ならどうだろう。四冠王も「あり得る」と思う人が多いのではないか。大谷選手はきのう、メジャー史上初となる「50本塁打、50盗塁」を成し遂げた。3打席連続アーチ、10打点、2盗塁と大暴れ。本塁打と打点はリーグトップで、盗塁は2位、打率は5位につけている。
▼▽投手に復帰する来季は盗塁が減るとみられる。ただし、所属チームのコーチはこんなコメントを残した。「彼は投球しながら55―55を目指すと言い出すだろう。驚くことではないよ」。どんな記録を打ち立てても不思議ではない。そう思わせてくれる、唯一無二のスターだ。
大谷50―50達成 チームの勝利追い求めた末に(2024年9月21日『読売新聞』-「社説」)
圧倒的なパワーとスピードで、新たな金字塔を打ち立てた。この記録は今後誰も破れないのではないか。そう思わせる歴史的快挙である。
米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手がメジャー史上初の「50本塁打、50盗塁」を達成した。マーリンズ戦の一回と二回に三盗と二盗を決めて51盗塁とすると、六回と七回に続けて2ランを放ち、50本塁打に到達した。
九回には51号となる3ランも飛び出した。6打数6安打10打点、3本塁打の驚異的な固め打ちに、もはや言葉も出ない。
大谷選手は試合後、「早く決めたかった。一生忘れられない日になると思う」と述べた。
ドジャースに移籍した今季は、元通訳の違法賭博が発覚し、精神的に苦しい時期もあったはずだ。それを乗り越えての偉業に、大きな拍手を送りたい。
大谷選手は8月に6人目の達成者となり、ついに「50―50」の扉を開いた。投打の二刀流として知られるが、「走・打」も異次元の二刀流だと言えそうだ。
盗塁の数が昨季の2倍以上に増えたことは特筆に値する。試合前はコーチと共に映像を見て、投手の特徴を分析した。7月23日以降、失敗が一度もないのも、こうした努力の成果に違いない。
現在、右肘手術からのリハビリを進めており、来季は投手としての復活を目指している。
ケガの不安や疲労を考えると、今季のように走れるかどうか、不透明な面もあろう。それでも、高い走塁技術で球場を駆け回る姿を今後も見たいと思うのは、求めすぎだろうか。
悲願のワールドシリーズ制覇を目指して躍動する大谷選手を見られるのは、うれしい限りだ。リーグ最優秀選手(MVP)争いからも目が離せない。
大谷の50-50 同時代の目撃者は幸福だ(2024年9月21日『産経新聞』-「主張」)
別のシーズンに50本塁打と50盗塁を記録した選手も2人しかいない。ブレイディ・アンダーソンは1992年に21本塁打53盗塁、96年に50本塁打21盗塁、バリー・ボンズは90年に33本塁打52盗塁、2001年に73本塁打13盗塁を記録した。
スマートな万能選手だった若きボンズは筋肉増強剤によって巨体に変貌し、90年と01年では全く違う外見の選手となっての記録である。それほどパワーとスピードの両立は難しい。
加えて信じ難いのは、大谷は昨秋、右ひじを手術してリハビリ中の投手でもあることだ。マウンドに復帰する来季はどんな「前人未到」が実現するのか、今から楽しみである。
称賛すべきはもちろん大谷の素質であり、進化を止めない努力であり、2度の右ひじの手術を乗り切る精神の頑健さだ。
ただこの偉業を支えたのは大谷の二刀流を受け入れた日本ハムやエンゼルスの度量であり、先見の明である。大谷のプロ入り時は球界のほとんどが二刀流に否定的だった。高校生ですでに160キロを投じた剛球の印象が強すぎたためでもある。
本人が望む可能性にふたをすることなく、夢を受け入れた組織や指導者の存在が生んだ大記録だ。多くのOBの主張通りに大谷が投球に専念していれば、全米を揺るがす「50―50」が誕生することはなかった。
大谷ほどの特異な才能は希少でも、人は誰でも大小の可能性を有している。組織や指導者はその芽を摘み取る側に回っていないか。スポーツの世界にとどまらず、全ての人がわが身を省みる機会としたい。
人の可能性の偉大さは、パリのパラリンピックでも痛感したばかりである。
大谷選手50-50 どこまで型を破るのか(2024年9月21日『東京新聞』-「社説」)
米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手が劇的な活躍で史上初めて50本塁打、50盗塁の「50-50」を達成した。これまで投・打の「二刀流」で球史を塗り替えてきた30歳。今季は右肘手術の影響で打者に専念したが、そうした状況でも、いわば走・打の「二刀流」で偉業を成し遂げたのだから恐れ入る。
相反するともいえるパワーとスピードを両立させた打者は、大リーグで「40-40クラブ」とたたえられる。昨季までの達成者は5人のみ。大谷選手は大台を突破し、現段階で11も記録を上乗せしてみせた。日本のプロ野球では、西武・秋山幸二選手の43本塁打、38盗塁(1987年)が最も近いというから、すごさが分かる。2年連続3度目となる最優秀選手(MVP)も「当確」ではないか。
本塁打王に輝いた昨季の44本、自己最多だった2021年の46本を軽く超えた本塁打もさることながら、素晴らしいのは盗塁だ。確かに「けん制は3球目の失敗でボーク」となるなど昨季からのルール改正の影響は小さくない。けが防止のためベースの1辺が8センチ近く長くなったことも助けになったはずだが、それを差し引いても強打者ながら盗塁王を争うレベルの数には驚く。
「40-40」を決めたときの言葉が印象的だ。「(記録が)目的にはならない。勝つための手段としてやりたい」。個人の記録よりチームの勝利という考え方は、高校野球を思わせる。常に果敢に次の塁を狙う姿勢もしかり、最高峰の舞台に君臨しつつ、なお「野球少年」であり続けていることがファンを引きつける大きな理由でもあろう。
名門球団に移籍して迎えた渡米7季目は、起伏の大きい中でのスタートだった。2月に結婚を発表したが、3月の開幕直後には、通訳を務めていた水原一平氏のギャンブルにからむ不正送金事件が発覚した。心をかき乱される出来事だったはずだが、それにも左右されない精神的タフさは大谷選手の強みだ。
今夏には投球練習を再開しており、真骨頂たる投・打の「二刀流」復活へと動きだしている。
無理だ、できない、とあきらめるな-。固定観念を打ち破り続ける「型破り」の天才選手は、私たちに、そう語りかけているのかもしれない。
大谷「50-50」達成 驚天動地の偉業をまたも(2024年9月21日『新潟日報』-「社説」)
またしてもファンの予想を超える最高の舞台を見せてくれた。球史に残る驚天動地の偉業に、一段と大きな拍手を送りたい。
100年以上の歴史を持つ大リーグで前人未到の快挙だ。
この試合で3本塁打、2盗塁をマークし、一気に記録を「51-51」に伸ばした。
3打席連続本塁打を含む6安打、10打点の攻撃力で偉業を飾ると、「これだけ打てたことは人生でもない。自分が一番びっくりしている」と喜びを語った。
50本塁打以上を打った打者で、25盗塁以上を記録した選手はいない。「50-50」は別格で、まさにスーパースターのなせる技だ。
パワーがものをいう本塁打と、スピードが大事な盗塁は全く違い、二つの能力を高い水準で発揮するのは容易ではない。
しかし常に「いい打席を一打席でも多く重ねたい」「積極的に次の塁を狙っていく姿勢をつくりたい」と語り、有言実行を貫いた。
驚くのは、大谷選手にとって今季は、肩を休め、投手としての復帰を目指すシーズンであることだ。投げられないことで別の可能性を広げ、新たな金字塔を打ち立てたことには舌を巻く。
3月の開幕直後に元通訳による違法賭博事件が発覚したが、そこでもプレーに影響させない精神力の強さを見せた。
劇的な「50-50」達成とともに、メジャー7年目で自身初のプレーオフ進出も決めた。
前人未到の記録でさえも、大谷選手の野球人生にとっては一つの通過点に過ぎないだろう。
次はどんな快挙を成し遂げてくれるか。二刀流の復活と、さらなる活躍を楽しみにしたい。
(2024年9月21日『新潟日報』-「日報抄」)
野球は「3」と縁が深いスポーツである。3ストライクになると打者はアウト。アウトが三つで攻守交代。選手は3の3倍の9人だし、試合は9回までだ
▼得点に直結する本塁打にはパワーが求められ、得点の可能性を高める盗塁にはスピードが不可欠。両方の要素を兼ね備える打者は少ない。そもそも大リーグでは「40本塁打、40盗塁」が偉業とされた。大谷選手以前に達成したのは、わずか5人しかいなかった
▼大谷選手は従来の偉業の水準を軽々と飛び越えた。至難の業と思われた「50本塁打、50盗塁」の節目をあっさり達成し、さらに数字を積み上げた。現実離れしたような展開に、わが目を疑った人も多いのではないか。伝説と呼ばれるだろう大記録を引っさげポストシーズンへ、さらにはワールドシリーズ制覇を目指す
▼右肘手術の影響で打者に専念したシーズンで「走攻」の金字塔を打ち立てた。来季は二刀流の復活が期待されている。名実ともに走攻守の三拍子がそろう姿を見せてくれるのではないか。伝説の歩みはまだ続く。
50号の記憶(2024年9月21日『山陰中央新報』-「明窓」)
▼松井さんは翌シーズンから米大リーグに挑戦。一ファンとしてテレビ観戦した東京ドームでの最終打席で、ヤクルトの豪腕・五十嵐亮太さんの速球を左中間に運んだ一発は今も目に焼き付いている
▼その松井さんをもってしても31本が最高だったメジャーで大谷翔平選手がきのう、前人未到の50本塁打、50盗塁の「50-50」を達成した。松井さんの記憶が鮮明によみがえったのは、大谷選手の50号が同じ左中間への一発だったこともある
▼シーズン残り2試合、ホームのファンに最終打席で50号を届けた松井さんに対し、大谷選手は残り10試合でいとも簡単に達成した。スイングの後、左中間への一発を確信したかのように見届けると、自軍のベンチに向かって叫び、珍しく感情をあらわに。記録よりチームの勝利を優先する発言が目立った中、試合後のインタビューで「早く決めたいなとは思っていた」と「50-50」への意識を明かした
▼マイアミの地で歓喜した姿は昨春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝の場面と重なる。きのうは自身初のプレーオフ進出も決定。ヤンキース時代の松井さんのようにワールドシリーズでも輝く姿が見たい。(吏)
【大谷選手50―50】歴史をまた塗り替えた(2024年9月21日『高知新聞』-「社説」)
【大谷選手50―50】歴史をまた塗り替えた(2024年9月21日『高知新聞』-「社説」)
一般的に、本塁打にはパワーが、盗塁にはスピードや機動力が求められる。長打力のある選手はスピードに欠け、逆に盗塁が得意な選手はパワーが劣ることが多い。このため、両方で高いパフォーマンスを発揮すること自体が特別視され、高く評価される。
その中で、抜群の身体能力を誇ってきた歴代スター選手たちがなし得なかった高みに上った。
右肘手術明けの今シーズンは投打の「二刀流」は封印しているが、これまで「打つ」「投げる」「走る」の全てで高い次元を追求してきた大谷選手らしい快挙だとも言える。
サヨナラ満塁ホームランで到達した「40―40」の時と同様、ファンの記憶に強く残る内容で歴史的な試合を飾った。ロバーツ監督が「驚くべき才能だ。これ以上の表現を持ち合わせていない」と語った通り、ありきたりな称賛の言葉が陳腐に思えてしまうような活躍ぶりだ。あらためて敬意を表したい。
今季、エンゼルスから移籍した大谷選手は右肘のリハビリのため打者に専念している。シーズン当初、水原一平元通訳の違法賭博問題が判明して巻き込まれることが懸念されたが、影響は限定的で、ほぼコンスタントに成績を積み上げてきた。
大谷選手は、睡眠や食事の管理、データや技術の研究など、野球で結果を出すことを最優先した生活を送っているとされる。好成績はやはりそれらのたまものだろう。
長打力は過去のシーズンで実証済みだが、今季は盗塁数が急伸した。打者に専念するに当たり、「次の塁」に対して高い意識を持ったという。それが身体能力とかみ合った。投手としての練習時間が減り、試合前に攻撃面での準備時間が長く取れることも影響しているようだ。
ポストシーズンの短期決戦は高い緊張感の中で繰り広げられる。大谷選手の真価があらためて問われるが、ここでも活躍を期待したい。
来季は投打の二刀流も復活する見通しだ。「ショーヘイ・オオタニ」の活躍に励まされている人は多い。ファンの楽しみは尽きない。
ガイな偉業(2024年9月21日『高知新聞』-「小社会」)
〈子供時代に竹刀を持ったこともなく、角力(すもう)を取った経験もなかった〉。スポーツ好きでもない子規の熱中を、同郷で門下の河東碧梧桐が不思議がっている。〈それがどうして野球に限って…まア奇蹟(きせき)と言ってもいい、変態現象であった〉(「子規の回想」)。この「変態」は正常ではないものを見たという意味だろう。
「あれだけ体が大きくて、身のこなしがいい選手は少ない」。古巣のプロ野球日本ハムでコーチだった白井一幸さんは6年前、既に可能性を見抜いていた。打者に専念すれば、「三冠王どころか盗塁王と合わせて四冠王になれる」(「証言大谷翔平」)。
彼岸の入り、19日が子規の命日だった。元祖野球少年が大谷選手を見たらどう言うか。やはり伊予弁で「すごいなあ」を意味する「ガイじゃのう」だろうか。
雪の研究で知られる物理学者の中谷宇吉郎(1900~62年)は、研究には「警視庁型」と「アマゾン型」があるという。警視庁型は犯人が分かっていて、それをとらえるのが難しいケース。アマゾン型は犯人の名前が分からないばかりか、犯人がいるかいないかも分からないケース。アマゾンの上流、人類未踏の地に分け入った生物学者のようなもの、というたとえになるほどと感じた
◆小欄で「40―40」をたたえてから約1カ月。本当に「50―50」を達成するとは。しかもきのうの試合は3打席連続本塁打で10打点、2盗塁の大活躍。記録を「51―51」に伸ばした。もはや褒め言葉が見つからない
◆この大記録はもう破られない気がする一方で、人間の可能性は無限大とも思う。「誰かができた」という事実は人に勇気を与える。開拓者が道を切り開くから、後に続く人は進みやすいのである
◆中谷は警視庁型とアマゾン型が融合した時にいい研究ができると言った。未踏の地でも、そこに宝があると分かっていれば突き進める。記録は達成した瞬間から次世代の目標に変わる。それでもひとまず今は大谷選手おめでとう。(義)
チョウを追う人(2024年9月21日『長崎新聞』-「水や空」)
▲その人は「超人」「規格外」「異次元の人」と形容されることが多いが、チョウを追って山頂に到達した少年には違いない。偉業を達成したとき、地元局の実況は「唯一無二の存在だ」と絶叫した
▲米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手が、史上初の「50本塁打、50盗塁」を成し遂げ、同じ試合で「51-51」に達した。朝、テレビの速報に「おおっ」か「えーっ」か、驚きと歓喜の声を上げた人も多いだろう
▲昨季までは投打の二刀流で、2年連続の「2桁本塁打、2桁勝利」の快挙を遂げた。「打」「走」の“二刀流”でも、これまでとは違う名場面を歴史に刻み、世界中から賛辞がやまない
▲山頂の眺めはどうだろう。ご本人は「一生忘れられない」と語った。1試合で6打数6安打、3本塁打、10打点、2盗塁。世界中が夢の中にいるような一日になった
▲「一生忘れられない」のは、大谷選手に憧れる子どもたちも同じだろう。チョウを追い続けるその人はいま、憧れという灯を誰かの胸にともしている。未来へ続くトーチリレーを見ている気がする。(徹)