一発勝負をやめませんか――。
自民党総裁選に立候補した河野太郎デジタル相はX(ツイッター)に、大学入学共通テストについて、受験の機会を複数回設ける改革案を投稿した。
チャンスが増えるなら、歓迎すべき提案とも受け取れそうだが、専門家は「日本の入試文化を根底から変えることになる」と指摘する。
「運が悪かったでは片付けられない」
河野氏は11日の投稿で、試験日の天候や体調不良、交通機関の遅れによって受験生が動揺し、本来の力が発揮できない事態は「運が悪かったでは片付けられない」との問題意識を示した。
そして年に複数回の受験機会を設けて、一番良い結果で評価することを提案。受験に必要のない科目は勉強しなくなるという声を聞いたことがあるともし、「本当にそんなたくさんの科目のテストが必要でしょうか」と疑問を投げかけた。
SNS(ネット交流サービス)では、「一発勝負は確かにキツイものがある」との肯定的な意見がある一方で、「何回も受験できる金持ちが有利になるだけ」など、反対の声や具体策を問う声が飛び交った。
CBTとIRTの利用
入試制度に詳しい京都工芸繊維大名誉教授の羽藤由美さん(68)は河野氏の提案について「これまでも繰り返し出てきた意見で、克服すべき課題が多い」と指摘する。
複数回受験では、全科目にコンピューター方式のテスト(CBT)を導入する必要があるという。さらに、項目反応理論(IRT)を使い、それぞれの回でテストを受けた受験者の成績を比較するシステムをつくらなければならない。
CBTは、動画や音声など多様な方法で出題・解答でき、試験問題や解答を早く、効率的に配信・回収できる。一方で、ネットワーク回線の整備やソフトウエア開発などに費用がかかることや、端末の不具合に対応する体制づくりが課題だ。
IRTを利用すると、データの蓄積や分析のために試験問題が非公開となるため、過去問を使った指導や学習ができなくなる。成績が開示されても、自己採点との照合が難しく、出題ミスの発見も困難になるという。
羽藤さんは「今は年1回、同一問題、一斉試験で、実施直後に問題が公開されることで公平性や透明性が保たれています。複数回受験を導入するのであれば、受験生や教員、保護者だけでなく、社会全体にこうした変更点についての理解を広げることが前提になります」と説く。
「同じてつを踏むわけにいかない」
大学入学共通テストの「改革」は、政治主導で進められてきたものの頓挫した過去がある。
2013年、政府の教育再生実行会議による「1点刻みからの脱却」の提言を皮切りに、英語民間試験と記述式問題の導入が検討された。
だが、当初から測る能力が異なる民間試験の成績比較は難しく、受験機会で不平等が生じることが懸念されていた。羽藤さんらは約8000人の署名とともに導入中止を求める請願書を国会に提出。批判の声は大きくなり19年、国は相次いで見送りを決めた。
羽藤さんは「受験生や学校現場に混乱をきたした過去の改革と、同じてつを踏むわけにはいきません。改革案を本当に進めるのであれば、実現可能性や弊害としっかり向き合い、議論を深める必要があります」と話す。【近藤綾加】