「二八月」の戒めいまも、迷走台風(2024年8月28日『産経新聞』-「産経抄」)

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台風10号の影響で荒波が打ち寄せる宮崎市の海岸=27日午前8時51分
 
 空模様を占う格言に、「二八月荒れ右衛門(ニハチガツ アレエモン)」がある。春の強い温帯低気圧と秋口の台風を指す。旧暦の二、八月は天候の急変しやすい時期だから、十分に備えよ。新暦とはひと月ほどずれるものの、先人はそう戒めたわけである。
▼<二八月は思う子船に乗せるな>も、その一つ。大切な人を乗せた船が、荒れた海にのまれる事故は昔から多かったのだろう。さすがに現代は、雲行きと風向き次第で、交通機関が計画運休を打ち出すようになった。利用者の側も、仕事や旅の予定変更をどうかためらわずに…。
▼と、簡単に書けない今回の迷走台風である。10号は予想進路が定まらず、旅程を狂わされた人も多いのではないか。発生した22日以降、次第に速度を落とし、日本海へ向け猛進するとした当初の予報円は、列島を縦に縫うコースに変わりつつある。
▼月末にかけて広い範囲で、交通機関が運休になる恐れも出てきた。農作物を早めに収穫するなど対応に追われる農園もあると聞く。何よりも大雨への警戒が怠れない。500ミリや300ミリなど、24時間の予想雨量として目を疑う数字が並んでいる。
▼台風を早期に予測し、大砲で破壊できるようになる―。明治34(1901)年の新聞に載った記事は、100年後の科学についてこう予言したという。気象庁が予報円を導入してから40年あまり。昨年は予測の精度が4年ぶりに改善され、5日先の予報円は半径が小さくなった。
▼残念ながら、それにより台風の脅威が去るわけでなく、進路を正しく把握する力も破壊する力も科学はまだ手に入れていない。「二八月」の戒めに、謙虚に頭を垂れるほかない21世紀の人類である。数手先を読んだ備えの重みは、昔もいまも変わることがない。