「ハリス大健闘」に混沌を極める米大統領選...「急進的左翼躍動」の先に起こりうる「危険な未来」(2024年8月15日『現代ビジネス』)

ここへきて、ハリスの人気が急上昇
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米大統領選の行方が混沌としてきた。民主党候補のカマラ・ハリス副大統領とミネソタ州知事、ティム・ワルツ氏のペアが大健闘しているのだ。「ハリス政権」が誕生したら、日本と世界はどうなるのか。
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世論調査機関、リアル・クリア・ポリティクス(RCP)の集計によれば、8月12日時点でトランプ氏支持は47.7%で、ハリス氏の46.8%を僅差でしのいでいる。勝敗の行方を左右する激戦7州でみると、トランプ氏はアリゾナネバダペンシルバニアノースカロライナジョージアの5州でリードしているが、ハリス氏もウィスコンシンとミシガンで優勢だ。大健闘と言っていい。
7月13日のトランプ暗殺未遂事件の直後は、強い前大統領の印象が広がって「トランプ勝利は決まり」かと思われた。ここへきて、ハリス氏の人気が急上昇しているのは、なぜか。私は「バイデン大統領に対して募っていた不満の反動」とみる。
認知障害がひどかったバイデン大統領に対する欲求不満が頂点に達したところへ、民主党が掲げる「多様性・平等・包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion=DEI)」の理念に「女性・黒人・アジア系」というドンピシャの候補が登場し、民主党支持者が燃えているのだ。
米メディアによれば、とくに「若者と非白人層の支持が強い」という。
ただし、この勢いが11月の選挙まで続くかどうか、は分からない。ハリス陣営の政策には、不透明な部分が多いからだ。
副大統領候補のワルツがアキレス腱になりかねない
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たとえば、イスラエルイスラム過激派、ハマスの戦争はどうか。
ハリス氏はバイデン政権の副大統領として「イスラエル支持」を掲げながらも、パレスチナ人への強い同情を示してきた。昨年7月、イスラエルベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談した後、彼女は「私はガザの苦難について、黙ってはいない」と記者団に語った。
そうした姿勢が若者の支持につながっているが、伝統的な民主党支持層からは反発を呼ぶ可能性もある。
ロシアのウクライナ侵攻についても、欧州のミュンヘンで開かれている安全保障会議に3年連続で出席し、バイデン政権の政策売り込みを図ってきた。バイデン政権はウクライナ支援に全力を上げてきたが、彼女がその政策を踏襲するかどうかは、分からない。
ハリス氏は民主党大統領候補の指名を受ける直前、選挙集会で「我々は元には戻らない」と演説した。どういう意味なのか、はっきりしないが、バイデン政権との違い、ましてや、欧州への関与を減らそうとしているドナルド・トランプ前大統領との違いを出すのは、苦労するのではないか。
彼女のアキレス腱は、ワルツ氏かもしれない。これまでの実績をみると、ワルツ氏はハリス氏以上の「急進的左翼」と言っても過言でないからだ。
たとえば、ミネソタ州知事として、彼は2023年、同州の不法移民に運転免許証を与える法案に署名した。「免許を与えて保険に加入できるようになれば、州民の安全は高まる」という理由からだ。不法移民の増加に神経を尖らせている有権者からみれば「とんでもない政策」と映っただろう。
ワルツ氏が州知事として推進したのは、既存の医療保険に加入資格がない低所得者も加入できる州独自の「ミネソタケア」保険制度の創設や、低所得世帯の子供に対する補助金支給、同じく大学の学費免除、中絶権の保証、無料の学校給食、LGBTQ(性的少数者)に対する保護制度創設など、いわゆる「左派政策」のオンパレードだ。
こうした政策が、はたして、全米レベルでウケるかどうか。私は左派の支持固めには役立っても「激戦州でハリス氏とトランプ氏のどちらに投票するか迷っている中間層を惹きつけるには、逆効果ではないか」とみている。
ワルツ夫妻は中国の学校で教鞭をとった経験がある。ワルツ氏は中国滞在経験について、中国から帰国した後、ネブラスカ州兵の新聞に「中国行きは、これまで私がしたなかで、もっとも素晴らしい経験の1つだった」と語っている。それが「親中派ではないか」と目される1つの理由にもなっている。
中国とすれば「願ったり、叶ったり」
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こうしてみると、ハリス政権が誕生すると、さきほど触れた「多様性、平等、包摂性」の理念を全面的に押し出した政策を推進する可能性が高そうだ。その延長線上に、中国をはじめとする外交政策も展開されることになる。
そうだとすれば、中国やロシア、イラン、北朝鮮を過剰に敵視せず、むしろ「多様性」などの理念に忠実に「国際社会に引き入れよう」とする方向が強まるかもしれない。世界は多様であり、中ロなども排除するのではなく、同じ世界の隣人として、逆に「包みこんでいくべきだ」という話になるからだ。
そうなったら、中国とすれば「願ったり、叶ったり」だろう。トランプ、バイデン政権で続いてきた対中包囲政策に、大きな穴が開いたも同然になるからだ。ワルツ氏のような急進左派が政権内で大活躍する姿が目に浮かぶ。
英国では、女性の子供3人が刺殺された事件をきっかけにイスラム系住民と白人住民の間で暴動が続いた。反移民を主張する勢力が移民を受け入れるホテルなどを襲撃した一方、反人種差別を訴える勢力も大規模集会を開いて、抗議している。
移民が定着した欧州で、こうした緊張と対立が元に戻ることはないだろう。
米国でも、不法移民問題は収まるどころか、むしろ世論調査では、争点のトップに掲げられている。民主党は「不法移民(illegal immigrants)」という言葉を使わず「公的に文書化されていない移民(undocumented immigrants)と呼んでいる。「当局の許可なしに入国したか、許可を得て入国したが、すでに滞在許可が切れている人々」を指す。
ここに、民主党のスタンスが示されている。彼らにとっては、基本的に「移民は歓迎すべき人々」なのだ。それも、また「開かれた米国」という彼らの理念から、当然のように導き出される。
日本の岸田文雄政権はバイデン政権の圧力を受けて、LGBT理解増進法を成立させた。その結果、女性風呂に女性を装った男性が侵入する事件も起きている。「そういう事態にはならない」と言われたことが、現実になった。
共和党テキサス州知事、グレッグ・アボット氏はX(旧ツイッター)に「ハリス・ワルツ組は過去最高の危険な組み合わせだ。彼らは不法移民を引き寄せる磁石になる」と投稿した。米国だけでなく、日本にとっても危険な組み合わせになるかもしれない。
長谷川 幸洋(ジャーナリスト)