吉村洋文知事にIR撤退の危機感 万博開催中の工事中断要望に事業者「商売として成立しないなら…」(2024年8月15日『AERA dot.』)

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万博とIRの工事を巡る協議について説明する大阪府の吉村洋文知事=2024年8月5日、大阪府庁.
 2025年4月に開幕する大阪・関西万博の会場となる大阪湾の人工島・夢洲大阪市此花区)では、万博会場の隣でカジノを含む統合型リゾート(IR)の工事が進んでいる。しかし、この工事をめぐり、日本国際博覧会協会(万博協会)の十倉雅和会長(経団連会長)らが、万博期間中は工事を中断するよう大阪府市に求めていた。工期の遅れはIR事業者の撤退にもつながりかねず、吉村洋文府知事も簡単には応じない構えのようだが、着地点は見つかるのか。
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「万博協会側には開催期間中もIRの工事を進めることで理解が得られていると思っていた。それが突然、トップ同士の話し合いで中断という話が出てきて驚くばかり」
 と大阪市幹部は渋い表情だ。
■日本一、SNS映えする場所として
 7月末に十倉会長と吉村知事が会談した際に工事中断の要望があったという。博覧会国際事務局(BIE)も同じように中断を求めている。
 吉村知事も突然の申し入れに、
「万博の開催期間中、IRの工事が続くのはマスコミをはじめ皆さん、ご存知のはず。国からも認定を得ている」
 と戸惑いを隠せない様子だ。
 万博協会などは、工事で騒音や振動が起きたり、景観を損ねたりすることに懸念を示しているという。
 海外パビリオンの撤退などでイメージダウンが続く万博だが、そのなかでも最大の目玉としているのが世界最大級の木造建築物とされる大屋根「リング」だ。高さ20mある屋根の上から360度を眺めることができ、北は六甲山系、西は淡路島などが見渡せるといい、
「日本一、SNS映えする場所とPRし、集客につなげる考えです」
 と万博協会の幹部が話すほど、景観は万博の「売り」なのだ。
 IRの予定地では現在、液状化対策の工事が進んでいる。高さ10mほどの重機が稼働している様子が、万博会場の場所からも見える。
 当初、IRは2029年秋から冬にかけての開業が見込まれてきた。だが、国による区域整備計画の認定の遅れや地盤対策などもあり、今は2030年中の開業予定となっている。
 アメリカのMGMリゾーツ・インターナショナルと日本のオリックスが出資する事業者「大阪IR株式会社」(大阪IR)の関係者は、
 
「万博開催期間の半年間、IR工事を中断するのは無理だと突っぱねている。半年も中断すれば、事業費がかなりのコスト増となるのは明らか。それでなくとも工事のスケジュールは遅れている。地盤の状況も最初に知らされていた以上に悪い。とてもじゃないが、応じることはできない」
 といら立ちを隠さずに話した。
■高さ30メートルのクレーンや重機、ダンプの出入りも
 IR予定地では、万博が開幕する時期には地盤対策工事を完了させ、杭打ちなどを着手する予定になっている。つまり、本体の建設工事に入るタイミングだ。
 杭打ちには、巨大なクレーンや杭打機などたくさんの重機が投入される。
 万博会場の工事をしているゼネコンのスタッフに聞くと、
「IRの本体工事の内容をネットで確認した限りですが、杭打ちのためには高さが30m近くになるクレーンや重機が数多く投入されるでしょう。取り除いた泥や土砂を搬出するダンプカーの出入りもかなりの台数になります。万博は半年限定の仮設の建築ですが、IRは恒久的なものですから、その規模は万博をはるかにしのぐものです」
 と教えてくれた。
 万博の運営主体の国や万博協会、大阪府市などは「夢洲万博関連事業等推進連絡会議」を設置し、会長に首相補佐官、委員の座長に大阪市の副市長を置き、万博とIRについての情報共有や調整をしてきた。今年6月の会議でも、万博期間中のIRの進め方、騒音や振動、景観対策などについて触れている。
 大阪市のIR推進局によれば、
「事務レベルでは、地盤を掘り下げたところから工事を始めて、周囲を壁で囲うなど、景観などにも配慮して進めるということで説明をしてきました。リングなどから巨大なクレーンがどのように見えるのか、その対策を整理している最中でした」
 と説明する。
 しかし、万博協会側とIR事業者側の“溝”は埋まっていないようだ。
「リングから工事のクレーンやダンプが丸見えなら台なしだ」
 と万博協会が言えば、
大阪市議会でも、もともとはIRが先に開業して直後に万博がきて、大きく集客できるはず、と話し合われてきた。事業者からすれば、万博だから工事ストップを、と言われても、遅れに遅れており、怒るのは無理もない。ただ、万博の開催が迫っており、どこかで折り合うしかない」
 と大阪維新の会所属の大阪市議が言う。
 そこで、浮上するのがIR事業者の「解除権」だ。
 23年4月に国が事業を認定した後、9月に大阪府市と大阪IRは「実施協定」(いわゆる本契約)を結び、このなかに「解除権」が盛り込まれた。26年9月末までに資金調達や土地整備などが整わなければ、大阪IRは違約金なしで事業から撤退できるのだ。
■商売として成立しないなら
 MGMリゾーツ・インターナショナルの幹部はAERA dot.の取材に対し、
「当初、大阪府市が言っていた通り、万博より先にIR開業であればなんら問題はなく、我々も稼げたはず。だが、日本側の都合でずれ込むばかり。新型コロナなどの影響で、IRをとりまく情勢はめまぐるしく変化している。万博で工事中断となればさらに遅れることは確実だ。そうなれば、事業計画通りにIRを運営していけるのか、となる。大阪府市に補償を求めることもあるだろう。商売として成立しないなら当然、解除権の行使も議論されることになる。傷が浅いうちのほうがいいですから」
 と答えた。
 吉村知事も危機感をあらわにし、8月5日の記者会見では「解除権」に触れ、
「1兆円を超える投資で、ここではビジネスはできないとなれば、当然、解除権の行使も可能性としてあり得る」
 と述べる一方で、
「強制はできないが、最大限(工事の中止)の措置を考えてほしいと事業者には伝えている。(万博協会とIR事業者、大阪府市が)ケンカしたり、ハレーションが起きたりしているのではない。国が認可しており、事業者にとっては違う話となりかねないが、なんとか着地点を見出したい」
 と語った。
 開幕まで約8カ月と迫った万博。この難問を乗り切れるのだろうか。
AERA dot.編集部・今西憲之)