夏の甲子園に関する社説・コラム(2024年8月7・8日)

個人攻撃超え国家像語れ/米大統領選構図決まる(2024年8月8日『東奥日報』-「時論」)
 
 米民主党のハリス副大統領は、11月の大統領選挙に向けた自らの副大統領候補に中西部ミネソタ州のワルツ知事を選んだ。両氏は共和党のトランプ前大統領とバンス上院議員の正副候補と、政権の座をかけた対決に臨む。
 今選挙戦では7月、政権返り咲きを目指すトランプ氏に対する暗殺未遂事件が発生、現職の民主党バイデン大統領は、高齢不安から再選を突如断念した。暴力と波乱が影を落とす中、急きょ後継候補となったハリス氏は米国で初の女性大統領を目指す。
 母がインド系で父が黒人と多様性を象徴する人物でもある。米国の政治に新風を吹き込み、ワルツ氏と共に米国だけでなく世界の民主主義を守り抜く覚悟を語ってほしい。
 そう期待せざるを得ないほど、米国の現状は暗い。英誌エコノミストが毎年公表する世界の「民主主義指数」で、米国はトランプ氏が初当選した2016年に評価が「完全な民主主義」から「欠陥のある民主主義」に降格。22年には06年の集計開始以降で最低となる30位に転落した。
 同誌は「社会の分極化が依然として最大の脅威だ」と厳しく指摘した。現実は「世界の民主主義リーダー」という米国の自国像と大きく懸け離れている。
 暗殺未遂を受けて、トランプ氏はつかの間、分断修復に踏み出すそぶりを見せたが、すぐにバイデン政権を「史上最低」とののしった。さらにバイデン氏が勝利した20年の前回大統領選挙が不正だったという持ち前の陰謀論を展開。ハリス氏の黒人支持者離れを狙い「(ハリス氏は)以前インド系だと言っていたのに、突然黒人になった」とやゆするなど、なりふり構わぬ分断スタイルを復活させた。
 半面、元高校教師で州兵でもあったワルツ氏の候補入りで固まった構図に、希望も見いだせる。ハリス氏は検事でトランプ氏は富豪、バンス氏は作家と兵士の経歴を持つ。多様な人材がホワイトハウスの頂点を目指す政治の姿は、米国の活力を映し出す鏡でもある。戦争をはじめ強権国家の横暴が際立つ現在、米国の安定的な力強さは、世界が必要とするところだ。
 ハリス氏は候補指名を確実にした後の選挙演説で「自由と慈悲の国か、恐怖と憎悪の国、どちらに住みたいか?」と繰り返してきた。また「民主主義の美は、一人一人がその問いに答える力があることだ」と選挙制度と投票の大切さを語る。
 ワルツ氏は候補に選ばれた直後の演説で、銃規制や環境問題など州知事として取り組んだリベラル政策を貫く姿勢を強調。ハリス氏は未来志向の政治を提唱した。理想を実現するためにも、2人には近く行われる見通しの討論会を主要舞台に、社会の分断を修復する具体的な道筋の提示を期待する。
 ライバル批判は必要だろうが、連邦議会襲撃事件を含む四つの事件で起訴されうち1件では有罪となったトランプ氏を、“犯罪者”として扱う対立姿勢一辺倒であってはならない。個人攻撃を超えた国家ビジョンを語るべきだ。
 そうした原則の尊重を民主、共和の両陣営に求めたい。4氏が外交や不法移民対策、最近の株価変動や失業率増加で再燃した不安を払拭する政策議論を展開することが、米国の経済的繁栄と指導力を維持するための道となるだろう。

高校野球を次の100年も(2024年8月8日『産経新聞』-「産経抄」)
 
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 選手を先導する穴水高校・東野魁仁さん=7日午前、甲子園球場(代表撮影)
 
 いまの時節、高校野球のプレーボールやゲームセットを告げるサイレンは、耳になじみの「夏の音」だろう。今月100歳を迎えた甲子園球場では、その歴史がいつ始まったのか定かではない。戦前からすでに使われていたそうである。
▼対米戦中の昭和17年に行われた夏の大会では、サイレンの代わりに進軍ラッパが使われている。選手は「選士」と呼ばれ、打者は内角に来た球を避けてはならないルールもあった。文部省などが主催したこの大会は公式記録とは認められず、「幻の大会」といわれている。
▼翌18年から20年にかけては全ての大会が中止され、球史に大きな空白ができた。甲子園もやがて軍需施設として活用され、外野は軍用トラックの駐車場に、内野席を覆った大屋根「大鉄傘」が軍への金属供出のため解体されたことは知られている。
▼令和2年にはコロナ禍による中止もあった。これらの歴史の上にいまの甲子園がある。「この先の100年も、ここ甲子園球場が聖地であり続けること」。きのう開幕した夏の高校野球では、球史が二度と途切れぬことを願う球児の宣誓を聞いた。
▼15日の「終戦の日」には、正午のサイレンに合わせて球児らが1分間の黙禱(もくとう)を捧(ささ)げることだろう。厳しさを増す暑さへの対策として、今大会から朝夕の2部制が導入されているが、平和の尊さをかみしめる厳かな営みだけは、次の100年も守り続けてほしいと切に願う。
▼先に触れた「幻の大会」を制したのは徳島商である。優勝旗の代わりに同校が手にしたのは、「智・仁・勇」と書かれた小旗だった。それも終戦の年に徳島空襲で焼けたという。記録としては残らずとも、聖地に刻まれた球児たちの足跡は記憶に留(とど)めておきたい。

夏の甲子園 不断の暑さ対策が必要(2024年8月7日『北海道新聞』-「社説」)
 
 夏の全国高校野球選手権大会がきょう開幕する。今月開場100年を迎えた甲子園球場での記念すべき大会である。白樺、札日大高の北海道勢の活躍を期待したい。
 だが地球温暖化が進んで、夏の暑さが年々厳しくなる中、高校野球は曲がり角にある。選手の命と健康を守ることを最優先に、暑さ対策を不断に進めなければならない。
 今回の大会では開幕から3日間、猛暑の時間帯を避けて朝夕に分けて試合をする2部制が試験的に導入される。
 第1日は開会式後の午前10時から第1試合を、午後4時から残る2試合を行う。第2、3日は午前8時から2試合を、午後5時から第3試合を行う。
 一定の評価はできる。ただ4試合を行う日に実施すれば終了が夜遅くなるなどの問題点もある。大会を主催する日本高校野球連盟は効果と課題を検証した上で、来夏の本格導入を目指してもらいたい。
 昨年の大会から五回終了時に選手らが水分補給するクーリングタイムが設けられた。
 高野連はさらに「7イニング制」導入の検討を始めた。投げすぎによる投手の肩やひじの故障を防ぐ狙いもある。海外の高校の年代では、米国や韓国、台湾、カナダなどが採用する。
 野球は筋書きのないドラマとも言われ、終盤八、九回の逆転劇がなくなるなど反対論もあろう。しかし近年は試合の早期決着を図るタイブレーク制導入や1週間500球の球数制限など改革が進んできた。
 甲子園の1試合の平均時間は2時間20分ほどだ。七回までなら30分以上短くなる計算だ。選手の健康や負担軽減の観点から、導入の方向はうなずける。
 球場を所有する阪神電鉄は内野席を覆う銀傘(屋根)を拡張する。完成すれば、応援する生徒たちがいるアルプス席の約7割が覆われ、日差しを遮る。
 ただし2部制をはじめ、7イニング制や銀傘拡張にしても、抜本対策とは言えない。「熱中症警戒アラート」が発出されるような中での試合は本来、回避されるべきものだ。
 大会時期をずらすことや、空調が効いたドーム球場での開催といった根本的な改革が今後必要になるのではないか。
 甲子園は高校球児の憧れの舞台だ。ファンは暑さの中で白球を追う姿に心を揺さぶられる。
 しかし、感動と引き換えに選手の健康が損なわれてはならない。環境や時代とともに高校野球が変化することを私たちも受け入れる必要がある。

変わる高校野球 持続可能な環境整えたい(2024年8月7日『毎日新聞』-「社説」)
 
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開会式のリハーサルで行われた選手宣誓の練習=阪神甲子園球場で2024年8月6日、久保玲撮影
 伝統や慣習にとらわれず、時代の変化に合わせた改革を進めることが欠かせない。
 日本高校野球連盟が、1試合のイニング数を9回から7回に短縮する案を検討している。ワーキンググループを設けて協議を始めており、メリットや課題などを12月の理事会に報告する予定だ。
 熱中症の予防対策だけでなく、投手の負担軽減にもつながる。18歳以下の国際大会など、海外では主に7回制が採用されている。
 ただ、「投手起用など戦術が変わってしまう」「選手の出場機会が減ることになる」と懸念する現場の声もある。丁寧に議論を重ねてほしい。
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内野席を覆う「銀傘」は2028年にはアルプス席まで拡張される(写真は昨夏の大会で立正大淞南を応援する生徒ら)=阪神甲子園球場で2023年8月11日、来住哲司撮影
 酷暑が続く中、夏の大会運営は難しさを増している。阪神甲子園球場で開幕する全国選手権では、暑い昼間の試合を避ける「朝夕2部制」が試験導入される。
 1日3試合の日に実施し、選手のプレーや観客の入れ替えなどにどのような影響があるかを検証する。夏の甲子園は4試合を行う日が多い。7回制にすれば、朝夕2試合ずつでも日程を組みやすくなるだろう。
 近年は、選手の健康や安全に配慮し、他にもさまざまな改革が進められてきた。
 勝負を長引かせないよう、延長戦を無死一、二塁の場面から始めるタイブレークや、降雨などで中断した場合、翌日以降にその時点からプレーを再開する継続試合が採用された。
 1週間で500球以内とする投手の球数制限や、打球による投手の受傷事故を防ぐための低反発バットも導入されている。
 少子化で部活動を縮小する学校が増え、球児の減少も続く。日本高野連の井本亘事務局長は「高校野球は大きな転換点に立っている」と改革の必要性を強調する。
 観客の健康管理も課題だ。開場100周年を迎えた甲子園では今後、内野席上部の「銀傘」と呼ばれる屋根を、応援団が陣取るアルプス席まで拡張する。
 不易流行という言葉がある。本質を見失わず、新しい変化も取り入れていくという意味だ。
 教育の一環という価値を重視しつつ、持続性を高める環境をいかに整えるか。新しい高校野球のあり方が問われている。