日本経済の先行きに対する楽観ムードが、急激な株安と円高で吹き飛んだ。政府・日銀は、市場の警鐘に耳を傾けなければならない。
アジアや欧米の株式市場も急落し、「世界同時株安」となった。その後、株価は急反発したが、当面、不安定な展開が予想される。
きっかけは米国の7月の失業率が悪化し、米景気が後退するとの観測が広がったことだ。米株式相場の上昇基調が一変し、世界に波及した。
市場が大きく動揺したのは、日米の政策転換局面と重なったためだ。米中央銀行は景気下支えに向けて大幅な利下げに動くと見られている。一方、7月に追加利上げに踏み切った日銀は金融政策の正常化路線を続ける構えだ。
輸入価格の高騰を招く過度の円安に歯止めがかかる一方、急激な円高は輸出企業の業績を圧迫するリスクがある。経営者からは懸念する声も出ているが、賃上げの動きにブレーキをかけるようなことがあってはならない。
株安が消費者心理に与える影響も心配だ。岸田文雄政権は新しい少額投資非課税制度(NISA)で国民に株式投資を促してきたが、株価暴落で個人投資家の間に不安の声が広がっている。家計の消費にどう影響するか、注視する必要がある。
日本経済は足元で大きく悪化しているわけではない。ただ、7月上旬に4万円台の史上最高値を付けた日経平均株価が「金利のある世界」への移行に伴って再び急落する恐れもある。超低金利政策や円安によって企業業績が改善するとの期待感から、かさ上げされてきた面があるからだ。
相場の変調が実体経済に悪影響を及ぼす事態は避けなければならない。政府・日銀には、経済や物価動向にとどまらず、市場にも目配りした的確な手綱さばきが求められる。
「果たして眠れるだろうか」…(2024年8月7日『毎日新聞』-「余録」)
▲「自慢ではないが、たっぷり5時間眠った」と回想録に記している。その後の19年間、米金融政策を指揮した「マエストロ(巨匠)」ならではだが、一睡もできなかった投資家もいたはずだ
▲37年前を上回る「4451円安」の見出しが躍った。先月の史上最高値以降、植田日銀の追加利上げで円高が加速した。米景気の先行き不安も加わりパニック売りを誘ったらしい。6日は一転、反発したが、この先どうなるのか
▲投資家の不安心理を示す米株の指標「恐怖指数」は一時、経済危機並みに急上昇したという。日本株の乱高下はもっと激しい。岸田文雄首相が「貯蓄から投資へ」と導入した新NISA(少額投資非課税制度)で将来設計を考えていた「投資初心者」はぐっすりとは眠れないだろう
▲「我々が恐れるべきは恐れそのものだ」。大恐慌さなかに就任したルーズベルト米大統領は国民に恐れず前進するよう呼びかけたという。そんな指導力発揮は難しくても、不安を抱えた国民を落ち着かせるような言葉が聞けないものか。
世界同時株安 政府・日銀は警戒感を高めよ(2024年8月7日『読売新聞』-「社説」)
上昇を続けた日経平均株価が暴落し、世界同時株安を招いた。翌日には急反発したが、金融市場の動揺は続いている。
アジアや欧州の株式市場も急落し、米国でも5日のニューヨーク株式市場でダウ平均株価が1000ドル超下げ、約1年11か月ぶりの大きな値下がりとなった。
投資家の心理が冷え込めば、個人消費や企業の設備投資などに悪影響が及びかねない。
政府・日銀は、金融市場の安定に向け、今後の展開を注視してほしい。海外当局との密接な意思疎通も図っていくことが重要だ。
世界同時株安を招いた直接のきっかけは、米経済の先行きへの不安だ。米雇用統計が市場予想を大きく下回り、懸念が強まった。
日米の株式市場は、今年に入り急速に上昇したが、楽観が過ぎて過熱気味だとの指摘があった。
米連邦準備制度理事会の高水準の政策金利が続いても、景気を減速させずにインフレも抑制するという、経済の「軟着陸」に期待が膨らんでいた。生成AI(人工知能)を巡り、半導体関連株が相場を押し上げたのも大きい。
それが、米経済への懸念やAIへの期待の 剥落はくらく 、日銀の利上げでいったん悲観論に傾くと、市場の変動が激しくなったと言える。
一方、日米とも実体経済や企業業績は、これまでのところ堅調だ。過度に悲観せずに、冷静に受け止めていくことが大切である。
岸田政権は、今年1月から少額投資の運用益を非課税にする「NISA」の制度を拡充するなど、「貯蓄から投資へ」を後押しする政策を推進してきた。
長期にわたる投資でリスクを回避し、資産形成を図るというのがNISAの基本理念だ。個人投資家が 狼狽ろうばい しないように、政府は説明を尽くしていくべきである。
書斎の机に鏡を置いた主人が、自分の顔を子細に眺めている。ときに頰を膨らませ、ときに顔中をしわくちゃにして、あばた面がどう映るのか確かめているらしい。<鏡は己惚(うぬぼれ)の醸造器である如(ごと)く、同時に自慢の消毒器である>
▼『吾輩は猫である』の一節はファンにはおなじみだろう。鏡がありのままの姿を映すとは限らない。光の加減、距離の遠近で見えぬものが見えたり、見えるはずのものが見えなかったりする。眺める人の胸一つで、そこに映る自分の顔が陶酔を誘うことも幻滅を招くこともある。
▼先週来、日本経済の先行きを映す鏡に投資家は何を見たのだろう。悲観と楽観の交差する顔には、その眉間に深い「V字」のしわが刻まれたようである。日経平均株価は過去最大の下げ幅を記録した5日から一転、6日は最大の上げ幅を記録した。
▼米国の景気後退への懸念や、日米の金利差縮小を見越した円高が株価の動揺につながった―などと、要因はさまざまに語られている。その値動きはあまりに激しく、投資家の思惑が入り乱れる株式市場は、制御の難しい生き物であることが分かる。
▼今年の春闘では大幅な賃上げを見たばかりである。バブルの崩壊後、わが国の経済界が三十余年をかけて悲願の「4万円超え」をかなえた株価と、今回の暴落と、どちらが実像を映しているのかが知りたい。『吾輩は―』の主人は鏡を近づけ遠ざけしながら、やがて結論を出す。
▼「やはり近過ぎるといかん。顔ばかりじゃない何でもそんなものだ」。物事の実相を知るには、適度な距離が必要なのだろう。この際、楽観も悲観も抜きに日本経済の素顔を見つめ直せば、この乱高下にもしかるべき出口が見えてくる…と、そんな気がする。
株価の乱高下 根拠なき動揺抑えねば(2024年8月7日『東京新聞』-「社説」)
米国景気の減速懸念や円高進行が直接の引き金となったが、これほど大きな振れ幅の理由にはなり得ない。物価高に苦しむ暮らしへの打撃を最小限にとどめるため、政府・日銀は金融市場に冷静な対応を呼びかけ、根拠なき動揺を抑え込まねばならない。
米国では7月の失業率が悪化して景気の先行きに警戒感が強まる中、米連邦準備制度理事会(FRB)が9月に利下げに踏み切るとの観測が浮上する一方、日銀が7月末に物価抑制を念頭に追加利上げを実施。日米の金利差が一気に縮小するとの見方から円が買われ、円高に大きく振れた。
株価が金融政策や経済指標、為替の影響を受けるのは当然だが、歴史的規模の乱高下を引き起こすほどの変化は見当たらない。市場参加者の小さな不安が積み重なって恐怖心を呼び覚まし、投機筋も加わって急激な売り買いにつながったとみるのが妥当だろう。
株価が暴落した5日、林芳正官房長官は「内外の動向を緊張感を持って注視し、経済運営に万全を期す」などと述べるにとどめた。平時と変わらぬ姿勢を示すだけでは物足りない。岸田文雄首相と植田和男総裁が認識を共有し、双方が混乱の沈静化に向けた強いメッセージを出し続けるべきだ。
しかし、投機が渦巻く株式市場では、今回のような大混乱が起きる可能性は常にある。政府が国民に株式投資を呼びかけるのは無責任極まりない。慎むべきだ。
懸念されるのは、株式や為替市場の一時的な混乱が、経営者心理を冷え込ませることだ。
アベノミクスによる円安の追い風で利益を蓄えた大企業は、市場の一時的な混乱に乗じて、賃上げや設備・研究開発への投資を通じて社会に還元する姿勢を緩めることがあってはならない。
【株価乱高下】影響を冷静に見極めて(2024年8月7日『高知新聞』-「社説」)
米国の景気が減速する懸念が急速に強まった。東京株式市場は日経平均株価が乱高下している。不安定な動きは続くとの見方があり、冷静な対応が求められる。
前日5日には前週末比4451円下落している。下げ幅は1987年の米国株式相場の大暴落「ブラックマンデー」翌日の3836円を上回り史上最大となった。下落率は2番目の大きさだった。
5日は前週末2日の米国株式市場が大幅安となった流れを引き継いだ。東京市場は前日も一時1300円を超えて下落した。欧州やアジア市場でも株は売り込まれた。
米連邦準備制度理事会(FRB)は金融引き締めでインフレ抑制を図ってきた。7月は利下げを見送ったが、9月には実施するとの見方が強まっている。雇用統計の悪化を受け、通常の2回分に当たる0・5%になるとの観測もある。
国民の不満が強い物価上昇を抑えながら、景気後退も避ける必要がある。利下げ開始が遅れて景気が減速するとの悲観的な見方が出るようになった。微妙な調整が不可欠だ。
一方、日銀は政策金利を引き上げた。高金利の米国と、緩和的政策を続けてきた日本との金利差が意識され、歴史的な円安ドル高局面を招く要因となっていた。輸出の追い風となり企業業績を拡大させる一方、輸入物価の上昇につながり暮らしは圧迫された。金利差縮小の動きに円高ドル安が急激に進んだ。
平均株価は7月11日に終値で史上最高値の4万2200円台を付け、その後は短期で1万円超下落した。海外投資家を中心に売りが加速しているとみられ、株高は調整局面入りしたとの見方が出ている。
きのうは大幅下げの反動や、輸出企業の業績を下押しする円高の一服がひとまず安心材料となり、買いが膨らんだ。実質賃金が前年同月比で27カ月ぶりにプラスに転じたことも好感された。
株価「歴史的」乱高下 金融政策の検証必要だ(2024年8月7日『沖縄タイムス』-「社説」)
2024年8月7日 4:01
株価が歴史的な乱高下の様相を呈している。5日の日経平均株価の大幅な下落から一転、6日の株価は過去最大の上げ幅を記録した。しばらくは不安定な値動きが続くとみられる。株価の予期せぬ急落が、実体経済に与える影響は無視できない。一時的な相場変動に動揺せず、実体経済を冷静に見極めることが肝心だ。
5日は県内銘柄も軒並み大幅安となった。前週末に米国株式市場が大幅安となった流れを引き継ぐ形で東京市場は終日全面安の展開だった。
米国市場では、米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げが遅く、景気が減速するとの悲観的な見方が広がった。雇用の悪化を示す統計などもマイナス要因となった。
これに追い打ちを掛けたのが円高である。
今年1月にスタートした新NISA(少額投資非課税制度)を始めたばかりの人が、銘柄の良しあしにかかわらず、売りに走ったという指摘もある。投資経験が少なく、近年の上げ相場に慣れた若年層が現金化を急いだとの見方だ。
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ただ、非課税で保有できる限度額が1800万円に拡大され、相場次第で家計への打撃にもなりかねない。投資のリスクの分散化など適切な情報提供が欠かせない。
5日発表の米国の経済統計が底堅い結果を示し、米景気への不安もひとまず和らいだとされる。厚生労働省が発表した6月の毎月勤労統計調査で、前年同月比の実質賃金が27カ月ぶりにプラスに転じたことも追い風になった。
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株価の下落要因には、日銀による利下げの時期が影響したとの指摘もある。
先月末の追加利上げは市場の意表を突いた。もう少し事前に予告されていれば、市場の折り込みが進んだ可能性もある。果たして妥当だったのか、検証が必要である。
金融・証券市場が動揺している。5日の日経平均株価は前週末比4451円安と過去最大の下げ幅を記録し、円相場は一時7カ月ぶりの水準に急伸した。米景気の下振れ懸念や日米の金融政策の変化を受け、「日本株買い・円売り」に傾いていた短期の投資マネーの取引が一斉に逆回転した。
株安は韓国や台湾にも波及しており、世界的なリスク回避の発端になるおそれも否定できない。金融当局は資金の流れを注視し、市場の安定に努めてほしい。一方で企業や市場参加者は中長期の視点で冷静な対応が求められる。
日経平均は先週後半から下げ止まらず、3営業日の下落幅が計7600円に達した。昨年末に比べて下落に転じた。
7月末に米連邦準備理事会(FRB)が9月の利下げを示唆した直後から、弱い米経済指標が相次いだ。先週には米ハイテク企業の成長期待が揺らぎインテル株が急落したほか、人工知能(AI)の収益化にも不安が生じていた。中東情勢の緊迫も逆風となった。
そこに急激な円高が重なった。5日の円相場は一時1ドル=141円台をつけ、37年半ぶりの安値から1カ月で20円程度上昇した。今期の主要上場企業の想定レートは平均146円。収益の上振れ期待が後退し輸出株中心に売られた。
円安是正への当局の努力は妥当だったが、国際的なマネーの逆流に拍車をかけ、相場変動を大きくした面は否めない。政府・日銀は企業活動への影響にも目を配りつつ市場との意思疎通に万全を期し、相場安定につなげてほしい。
企業は将来を見据えた設備や人への投資の手を緩めてはなるまい。経営効率の低さは多くの日本企業の課題だ。株式市場は外部環境の影響を受けつつも個々の企業の持続的な成長力を映す場であるはずだ。不透明なときこそ長い視点で投資家と対話すべきだ。
新たな少額投資非課税制度(NISA)を使って投資を始めた人も多いだろう。必要以上に動揺するのは避けたい。投資は変動を伴うだけに、時間を分け、異なる投資先を選ぶ分散が欠かせない。自分のとれるリスクの範囲で長期の資産形成にのぞむ姿勢が大切だ。
東京株価が暴落 混乱拡大への警戒強めよ(2024年8月6日『産経新聞』-「主張」)
米景気の減速懸念や急速な円高に伴う暴落だ。市場は売りが売りを呼ぶパニックのような状況に陥った。終値の3万1458円42銭は、7月11日に更新したばかりの最高値を1万円以上も下回る。年初来の株高機運は吹き飛んだ形だ。
もちろん、日米ともに経済が極度に悪化しているわけではなく、これほどの暴落は行き過ぎの感がある。米国の動向次第で東京株が反転上昇する可能性もあり、いたずらに先行きを悲観することは避けたい。
むしろ株価や円相場の不安定化が実体経済に及ぼす影響を冷静に見極める必要がある。企業心理や消費を下振れさせる恐れはないか。政府・日銀は混乱拡大への警戒を強めるべきだ。
日銀が7月31日に追加利上げを決めた後に進んだ円高も一段と加速した。これまでの円安は輸入品の価格高騰を通じて家計を圧迫した。本来なら極度の円安の是正は望ましいが、変動が急激すぎると混乱も生じよう。円高に伴う輸出企業の収益悪化が見込まれて株価下落を助長したことは懸念すべきだ。
東京株が売り一辺倒となったのは米国株式市場が大幅安となった流れを引き継いだためでもある。認識しておくべきは、日米ともに経済の大きな転換点に差し掛かっていることだ。
米国ではインフレの鈍化傾向などを踏まえて金融政策の方向性が見直され、米連邦準備制度理事会(FRB)は早ければ9月に利下げを検討するとみられている。そんな中で雇用の減速を示す統計が発表され、景気後退懸念がさらに強まった。
逆に日本は、賃上げの広がりなどで物価と経済の好循環が期待されるようになった。先に日銀が追加利上げを決めたのもこのためだが、植田和男総裁は年内のさらなる利上げを否定しておらず、米国との方向の違いが一段と鮮明になっている。それが市場の疑心暗鬼を招いた。
政府・日銀は難しい舵(かじ)取りを迫られる局面だ。丁寧な政策運営や情報発信をなすべきは当然である。実体経済の悪化には適切な対処が求められよう。