「どう考えても、不当な強制捜査だ」。鹿児島県警の元巡査長が逮捕、起訴された捜査資料漏えい事件の「関係先」として、福岡市の事務所を捜索されたニュースサイト「ハンター」代表の中願寺純則さん(64)は憤りを隠せない。取材の成果と商売道具を取り上げられた上、事件と無関係の警察内部文書の削除まで要求された。事件の経過を振り返りながら、浮かび上がった問題点を考えた。(西田直晃、写真も)
◆令状の中身は見せない、弁護士も呼ばせない
インターホンが鳴ったのは4月8日午前8時半ごろ。中願寺さんがドアを開けると、警察手帳を取り出した若い捜査員は「分かってますよね」と告げたという。示された捜索令状に「地方公務員法違反」と書いてあったが、その中身を見せるべきだという訴えは拒まれ、読み上げもなかった。
「言葉は丁寧だったが、やはり強く出てくるなと思った」と中願寺さん。手にした携帯電話で弁護士に連絡を試みると、近づいた捜査員に取り上げられ、「身に着けているものを押収していいことになっている」と説明を受けた。10人ほどの捜査員が約5時間かけて家宅捜索。差し押さえられたのは、パソコンや携帯電話のほか、取材ノート、これまでにハンターが「県警がもみ消した強制性交」として追及してきた事件の関係者の名刺などだった。
県警の不祥事を追及する記事を書くに当たり、取材や告発を経て入手した内部文書を昨年から、自社のサイトに掲載。県警の事件捜査に疑問を呈するため、内部文書の「告訴・告発事件処理簿一覧表」のほか、「刑事企画課だより」の画像を公開。速やかな事件記録の廃棄を促す記述などを問題視してきた。
◆「まさか報道機関に捜索に入るとは」
今年2月には、県警本部に処理簿一覧表を持参し、県民に謝罪するよう迫ったことも。3月、県警は「約100事件分の処理簿一覧表が外部に流出した」と発表。その数日後、中願寺さんに「情報漏えいの調査のために話を聞きたい」と捜査員から電話がかかってきたが、日程の調整で折り合わないうちに、家宅捜索を受けたという。
「任意の事情聴取は警戒していたが、まさか報道機関に捜索に入るとは」。万が一を想定し、重要資料の原本は弁護士に預けていたものの、パソコンや携帯電話を押収されれば、配信業務や連絡にも支障が出る。近くの警察署でその日から始まった任意聴取では「取材過程やニュースソースについては一切話さない」と黙秘の意向を伝えた。2回目の聴取の前、「被疑者としての取り調べに変更する」と捜査員に言われた。
東京新聞のインタビューに応じた中願寺純隆さん。今後の取材に支障が出るため顔出しはNGという=いずれも福岡市で
取調官からは、元巡査長との通話の内容、内部文書の受け渡し方法などを聞かれたほか、「記事のようなキレがないですね」「世間話ならいいでしょう」と水を向けられたが、一度も供述調書にサインしなかった。警察官に尾行されている気配も感じ、「一時は逮捕も覚悟した」と振り返る。
ハンターの家宅捜索について、県警の野川明輝本部長は6月の会見で「元巡査長の供述や客観証拠などを踏まえて行われた」「取材の自由は理解している」と述べた。「元巡査長が認めているのに、メディアの家宅捜索がどうして必要なのか」と中願寺さんはいぶかしむ。「情報漏えいの教唆という理屈だろうが、正当な取材活動の成果だ。鹿児島県警の組織防衛、ハンターつぶしではないのか」
◆パソコンからデータ削除させられた
中願寺さんの憤りはそれだけではない。
家宅捜索の翌日、押収品の一部は自宅に戻ったが、「処理簿一覧表」「刑事企画課だより」のデータをパソコンから削除するように求められた。「流出すると大変なことになる」と説得されたという。
「後者は特に元巡査長の事件と直接の関係はなく、データを消去させる理由がないはずだ。数年前には、県内の警察署で誰もが目にすることができた。『おかしいだろ』と抵抗したが、任意ではなく強制と思い込んでいたので、従わざるを得なかった」
刑事企画課だよりの原本は別に保管していたが、このパソコンには、中願寺さんが別の記者から送られた、鹿児島県警を巡る内部告発の手紙のデータも保存されていた。県警は家宅捜索を契機として、5月に別の情報漏えいの疑いで、前県警生活安全部長の本田尚志被告も逮捕した。メディアへの強制捜査を端緒に別の証拠を押収し、内部通報者を特定した形になる。本田被告は今後の公判で、情報を送った行為は「県警の隠ぺいを訴えるためで、公益通報かそれに準ずる」として、無罪を主張する方針を示している。
中願寺さんは「本田さんの逮捕にしても、内部告発者は絶対に許さないという見せしめだ。鹿児島県警が守っているのは、県民ではなく県警そのもの。そのためには何だってやる。本来であれば、地元メディアが権力の暴走を監視し、声を大にして『おかしいことはおかしい』と言わなければならない」と強調する。
記者の「取材源の秘匿」「情報漏えい教唆」に焦点が当たった強制捜査は、過去にもあった。
◆過去の例と比べても異質「あってはならないこと」
1957年の売春汚職事件では、読売新聞の故立松和博記者が「召喚必至」と立件を名指しした国会議員への名誉毀損(きそん)容疑で逮捕された。背景には検察内部の派閥抗争があったとされ、日本新聞協会が即時釈放を求めた。1971年の沖縄返還の日米密約を巡る外務省機密漏えい事件で、情報提供者の女性事務官とともに逮捕された毎日新聞の故西山太吉記者のケースもある。
だが、こうした例と比べてもハンターの家宅捜索は特異という。上智大の奥山俊宏教授(メディア法)は「立松、西山両記者は自分自身が被疑者となったが、ハンターは捜索段階では第三者の『関連先』でしかなかった。逮捕された巡査長と極めて近い存在だったわけでもない」と前置きし、「報道の目的を逸脱して利用されたり、公共性や公益性がないのにネット公開されたりするのは問題だが、正当な取材で得られた資料について、探索的に情報源関連の資料を家宅捜索し、差し押さえるという行為は前例がない。あってはならないことだ」と続ける。
「取材・報道の目的で個人情報をメディアに提供する行為は、個人情報保護法でも考慮されている。社会的に是認されるべきだ」
◆名ばかりの公安委員、チェック機能果たされず
今回の事件を別の角度から検証すべきだ、とする声もある。立正大の石塚伸一客員教授(刑事政策)は「本来、県公安委員会が経緯を調査し、事後だとしても県警にしっかり報告を求め、再発防止の措置を取らないといけない」と指摘する一方、「それがなかなか難しい。都道府県の公安委員には地域の名士が選ばれるが、警察行政の素人ばかりで実質的には名誉職となっている。警察の民主的な運営をチェックするという機能が果たされていない」と話す。
◆デスクメモ
兵庫県知事の疑惑を告発して亡くなった幹部の男性も今回の前部長も、60歳退職を迎える中での行動。部下に迷惑をかけまいとしたかもしれない、資料を押収された中願寺さんの苦悩も想像する。不正の告発に組織による報復は許されない。警察のように強大な権力ならばなおさらだ。(恭)