元検事正の起訴 情報の非公表は不信を招く(2024年7月18日『読売新聞』-「社説」)

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北川健太郎被告
 事件の捜査に強大な権限を持つ検察の元幹部が性犯罪で起訴された。
 検察は、身内に甘いという疑念を持たれないよう、説明を尽くす必要があったにもかかわらず、対応は極めて不十分だった。
 大阪地検が、元大阪地検検事正の北川健太郎被告を準強制性交罪で起訴した。北川被告は検事正だった2018年9月、大阪市の自身の官舎で、酒に酔った部下の女性を暴行したとされる。
 検事正は、捜査や公判を指揮する地検のトップである。北川被告はそれまでも、最高検刑事部長などを歴任し、「関西検察のエース」と呼ばれていた。
 検察の要職を務めた幹部が性犯罪で逮捕、起訴されるなど、あってはならない異常な事態だ。検察は実態を解明し、公判を通じて厳しい処罰を求める必要がある。
 理解に苦しむのは、事件の捜査にあたった大阪高検の対応だ。
 高検は先月、北川被告を逮捕した際、犯行の日時や場所、経緯などの事件概要を一切公表しなかった。「被害者の特定につながる恐れがある」ためだという。
 性犯罪の場合、捜査機関が被害者のプライバシーに配慮するのは当然だ。だからといって、説明義務を果たそうとしない姿勢は不適切だと言うほかない。
 これでは身内の不祥事を隠したように映るうえ、検察当局の、逮捕という強力な権限行使の妥当性を誰もチェックできなくなる。
 まして今回は5年以上前に起きた事件である。北川被告は事件の1年後、検事正を最後に辞職し、弁護士に転向した。検察内部では、定年まで3年を残した退官をいぶかしむ声があったという。
 なぜ今になって逮捕したのか。検察は当時から被害を把握していたのではないか。こうした疑問が拭えない。犯行日時や経緯の一部を公表したとしても、被害者の特定につながるとは思えない。
 社会的影響の大きい事件については、たとえ性犯罪であっても、事件ごとに公表できる範囲を丁寧に検討することが重要だ。
 近年、検事が取調室で容疑者に暴言を吐いたり、捜査の筋書きに沿うよう供述を誘導したりする問題が起きている。検察に向けられる国民の視線は厳しい。
 今月、検事総長に就任した畝本直美氏は「常に『検察の理念』に立ち返り、公正誠実であることが大切だ」と述べた。倫理規定「検察の理念」には、権限の行使が独善に陥ることなく、謙虚な姿勢を保つべきだ、と書かれている。