「3年前に多くの負託を受けた」「県政を前に進めることが、私の責任の取り方」。1時間40分に及んだ16日の斎藤元彦兵庫県知事の定例記者会見。進退を問われるたび、硬い表情で繰り返し辞職を否定した。
◆頭ごなしに「うそ八百」「公務員失格」
発端となったのは、元県西播磨県民局長(60)が斎藤氏のパワハラなどを指摘した内部告発だ。退職前の3月中旬、疑惑7項目を挙げた文書を県議や報道機関に配布。元局長の告発文書によれば、「おねだり体質は県庁内でも有名」として物品を業者から譲り受けたことや、出張先の施設のエントランスから20メートルほど手前で車を降ろされた知事が歩かされ、職員を怒鳴り散らす出来事があったと訴えている。
県は同月27日に元局長の退職を取り消す人事を発表し、斎藤氏は定例会見で「事実無根が多々ある」「うそ八百」「公務員失格」と断じた。告発にあったコーヒーメーカーの授受を幹部の1人が4月に認めたものの、県は5月にこの文書を誹謗(ひぼう)中傷と認定。元局長を停職3カ月の懲戒処分にした。調査の中立性が疑われ6月に県議会が百条委を設置。元局長は今月19日に証人として出席予定だったが、7日に死亡しているのが見つかった。自殺とみられるという。
◆副知事は涙ながらに辞任を表明
周囲からは辞職を求める声が強まる一方だ。12日に片山安孝副知事が涙ながらに引責辞任を表明し、斎藤氏にも複数回求めたが応じなかったと説明。14日には前回知事選で斎藤氏を推薦した自民党県連会長の末松信介参院議員が「大きな正しい決断をしてほしい」と事実上、辞職を要求した。
関係者によると、元局長の死後、百条委で読み上げる予定だった陳述書や、斎藤氏が公務中に県特産品のワインをねだるようなやりとりが記録された音声データが残されていたことも判明。「死をもって抗議する」という趣旨のメッセージも残しており、遺族が提出した。百条委は16日の理事会で、19日の会合で調査資料とする方針を決めた。
◆パワハラの告発には事実が含まれていた
斎藤氏はどんな人物か。東大卒の元総務官僚で大阪府への出向を経て2021年に県知事選に出馬。自民の支援が分裂する中、維新の推薦を受けて初当選した。
「ひょうひょうとして、議会以外でもあいさつする腰が低い印象の知事だったので、告発内容は驚いた」と語るのは疑惑の解明に努める無所属の丸尾牧県議。4〜6月に庁舎前などで県職員向けのアンケート約400枚を配り、27人の回答があった。「擦り合わせると、おねだり体質やパワハラの告発には十分に事実が含まれていた。知事が具体的な説明を果たさず、職に固執する理由が理解できない」と首をかしげる。
◆通報後の処分は禁止されているが
県職員労働組合の土取節夫中央執行委員長は「職員たちから『県政が滞っている』と聞く。一刻も早く刷新されてほしい」とした上で、「辞めたとしても責任が果たされるわけではない。人が亡くなっている。真実を明らかにしなければいけない」とくぎを刺した。
兵庫県の元局長のような内部告発者を守るため、通報後の処分を禁止した「公益通報者保護法」がある。2022年施行の改正法で、受付窓口の整備が義務付けられたほか、調査担当者に守秘義務が課された。解雇や降格、犯人捜しといった通報者への不利益な扱いも禁じられたが、こうした報復に罰則は設けられなかった。
元局長は告発文を配布し、4月に県の公益通報窓口にも同じ内容を通報した。しかし、知事は「公益通報には当たらない」と会見で表明し、公益通報窓口とは別の内部の調査を経て、元局長の懲戒処分を決めた。公益通報者保護制度に詳しい中村雅人弁護士は「通報の中身は公益に資する内容。処分は拙速だった」と話す。
◆公務員に「守秘義務のプレッシャー」
同法では、事業者内部、権限のある行政機関、マスコミや労組といった第三者の三つの通報先が定められている。消費者庁が昨年、公的機関を含む1万人の就労者を対象に行ったアンケートによれば、勤務先の重大な法令違反を相談・通報すると回答した人のうち、65%が「勤務先」を最初の通報先として選んだ。従業員数が多いほど、この割合は高くなっている。
だが、中村弁護士は「兵庫県の事例では、通報対象がトップの不正であり、内部通報で改善が望める効果は薄い。県自身が権限のある行政機関でもある。やむを得ない事情でまずは外部に告発した」と解説。「公務員の場合、民間労働者よりも守秘義務のプレッシャーは大きい。命懸けの勇気が必要な訴えに対し、懲戒処分という『伝家の宝刀』をトップがたやすく抜くのが許されれば、多くの人は制度を活用すべき場面で萎縮してしまう」と危ぶむ。
◆通報者側に求められるハードル
前出のアンケートでも実際に相談・通報した人の17.2%が「後悔している」と答えた。複数回答の理由として「不正に関する調査や是正が行われなかった」(57.2%)、「不利益な取り扱いを受けた」(42.1%)などが挙がった。
社内窓口への内部告発後に配置転換され、勤務先のオリンパスとの8年にわたる訴訟に勝訴した浜田正晴さん(63)は「通報者にとって、求められるハードルは非常識に高い」と指摘した。「公益通報者保護法が適用されるのは、刑事罰、過料に当たる違法行為に通報者自らが告発で言及した場合に限られる。一般のビジネスパーソンや公務員には非常に難しい」
さらに、兵庫県の姿勢を疑問視する。「ろくに調べもしないで、元局長を切り捨てたように映る。百条委員会の場でしっかり事実を明らかにしてほしい」
◆不当な取り扱いに罰則を設けよ
兵庫県に限らず、公益通報を巡る問題は各地の公的機関で相次いでいる。和歌山市では、不正支出を知った男性職員の公益通報で、20年に十数人が停職や減給といった処分を受けたが、別の部署に異動したこの男性職員が自殺。鹿児島県警では今年、内部文書をライターに送付した前生活安全部長が国家公務員法(守秘義務)違反の罪で起訴されているが、弁護人は「趣旨は県警の隠蔽(いんぺい)を訴えることにあり、公益通報かそれに準ずる」として、公判で無罪を主張する構えだ。
今年5月以降、改正法の課題を洗い出す国の検討会が始動。これまでに計3回実施され、一部の委員から「法制度の不備」「『不利益な取り扱い』に対する行政措置の早急な検討」といった声も上がった。前出の中村弁護士は議論の行方に期待する。「公益通報者保護の理念はまだ歴史が浅い。周知不足を解消するとともに、必要な内部通報が損なわれないよう、不利益な取り扱いにはペナルティーを設けるべきだ」
◆デスクメモ
運輸業界不正を告発した串岡弘昭さんへの取材を思い出す。営業職を外され、30年以上草むしりなどの閑職に。それでも「社会のためにならない不正や違法は、国民に伝えなきゃならん」と話した。報道も告発者を守る制度を担う。誰もそんなに強くない。組織による報復は許されない。(恭)