トランプ氏銃撃 暴力の連鎖を断ち切れ(2024年7月17日『東京新聞』-「社説」)
銃撃事件を受け、トランプ氏が大統領選で優勢になったとの見方が広がるが、政治への暴力を招いた一因は同氏自身にもある。
政治への暴力の連鎖を断ち切るには、社会の分断をあおる手法に終止符を打たねばならない。
銃弾はトランプ氏の右耳を貫通していた。容疑者は射殺され、動機は不明だが、政治を銃弾で脅かす行為は民主主義に対する脅迫であり、断じて許されない。
撃たれたトランプ氏は警護官に守られながら退場する際、右手を突き上げて健在をアピール。背後に星条旗がはためく印象的な写真が拡散したことも、同氏が求心力を高める材料になっている。
ただ、米国で近年相次ぐ政治への暴力の背景に、交流サイト(SNS)などを駆使して対立勢力を中傷し、米国民の分断をあおり続けたトランプ氏自身の存在も指摘せざるを得ない。
共和党内には、民主党のバイデン大統領(81)によるトランプ氏への「個人攻撃」が銃撃事件を招いたなどとして、事件を大統領選に利用する動きもある。対立の火種をつくったトランプ氏をいさめる言葉はない。分断をさらに深めることを深く憂慮する。
トランプ氏は18日、指名受諾演説を行う。バイデン政権への批判を抑え、米国民の団結を訴える内容に変更すると一部メディアに語ったが、SNSでは自身への刑事訴追を無効にすることが「団結」だと主張するなど、状況の深刻さを理解しているかは疑わしい。
政治への暴力がなぜやまないのか。社会の分断をあおる政治手法が暴力を助長してはいまいか。政治指導者のみならず、有権者自身も深く考えなければならない。
トランプ氏銃撃 民主主義脅かす暴力だ(2024年7月15日『北海道新聞』-「社説」)
米国のトランプ前大統領が、11月の大統領選に向けた選挙集会の演説中に銃撃された。
右耳を負傷したが、命に別条はないという。銃撃後、大統領警護隊に囲まれながら支持者らに拳を突き上げる姿を見せた。
発砲した人物は20歳の男で会場外から銃撃したとみられ、射殺された。当局は暗殺未遂事件として捜査を始めた。
トランプ氏はソーシャルメディアに「私たちの国でこのようなことが起きるとは信じられない」と投稿した。バイデン大統領は記者会見で「誰もが非難しなければならない」と訴えた。
選挙活動は民主主義の根幹である。暴力で妨げようとする行為は、断じて許されない。
犯行の動機は分かっていないが、異なる意見や立場を暴力で抹殺しようとしたのであれば、民主社会の土台を壊す凶行だ。
最近は、これまで以上に対話より暴力に訴える風潮が強まっていると指摘される。
党派対立の激化も相まって、敵と味方に峻別(しゅんべつ)して対立と憎悪をあおる言説が拡大している。トランプ氏自身が政敵に対し罵詈(ばり)雑言を浴びせてきた。
共和党側からはバイデン氏によるトランプ氏批判が事件につながったとの主張が出ている。
社会の分断は極めて深刻だ。話し合っても無意味だとする風潮は、暴力による解決へのハードルを低くしかねない。分断の原因である格差などの解消に力を尽くす必要がある。
5月には東欧スロバキアのフィツォ首相が銃撃された。
国や党派にかかわらず、分断を克服する取り組みは民主主義を維持するために不可欠だ。
トランプ氏はきょう開幕する共和党大会で大統領選の候補として正式指名される予定だ。他方、バイデン氏は高齢不安から選挙戦の撤退圧力を受ける。
国際秩序に大きな影響力を持つ大国として、一刻も早く安定を取り戻し、冷静な政策論争を展開してもらいたい。
トランプ氏撃たれ負傷 分断深める暴力許されぬ(2024年7月15日『毎日新聞』-「社説」)
言論を暴力で封殺しようとする卑劣な行為だ。強く非難する。
米国のトランプ前大統領が演説中に銃撃され、負傷した。耳を血に染め、警護担当者らに囲まれながら退避する映像は、あまりに衝撃的だ。わずかな差で命すら落としかねない状況だった。
数発が発射され、聴衆に死傷者が出た。容疑者は警護当局に射殺された。暗殺未遂事件として捜査しているという。
大勢の人々が集まる選挙集会が標的となった。選挙を基盤とする民主政治を壊しかねない。バイデン大統領は「こうした暴力があってはならない」と強調した。
懸念されるのは、米国社会の分断が、より深刻になることだ。
2020年大統領選後には、選挙結果を覆そうとするトランプ氏支持者らが連邦議会議事堂を襲撃する事件が起きた。
トランプ氏は襲撃に加わった人々を「愛国者」と呼び、これに反発する人々はトランプ氏を「独裁者」だと批判する。
「トランプ派」と「反トランプ派」の分裂が広がり、互いが憎悪をむきだしにする不穏な空気が漂う。それが今の米国だ。
今回の事件の動機は不明だが、異なる政治的な主張を封じる暴力の連鎖を断ち切らなければ、社会の混乱に拍車がかかる。
過去にも現職大統領や大統領選の候補が銃撃される事件はたびたびあった。その負の歴史が繰り返されたことを憂えるばかりだ。
大統領選を巡っては、バイデン氏への撤退要求が民主党内に広がり、混迷の度を増している。そのさなかに起きた銃撃事件は国際社会にさらなる動揺をもたらした。
主張の違いはあっても、暴力に訴えることは絶対に許されない。その点において、党派を超え、国を超えて団結できるはずだ。
暴力に屈することなく民主主義を再建する。米国社会に求められるのは、その決意を示すことではないか。
トランプ氏銃撃 暴力で民主主義を壊すのか(2024年7月15日『読売新聞』-「社説」)
米大統領選さなかの流血の事態に驚きを禁じ得ない。民主主義の土台を支える選挙が、暴力で脅かされている状況を深く憂慮する。
トランプ前大統領が、ペンシルベニア州で遊説中に銃撃された。トランプ氏は顔から血を流し、警護官に抱きかかえられながらも拳を突き上げ、健在をアピールした。映像はすぐに世界中に流され、衝撃が広がった。
容疑者の男は警護隊にその場で射殺されたが、会場にいた1人が亡くなり、2人が重傷を負った。痛ましい限りである。
トランプ氏は、月内に開かれる共和党大会で大統領候補に正式に指名され、11月の大統領選で返り咲きを目指す。米国政治の行方を左右する重要人物が狙われた背景に、何があったのか。捜査当局は解明を急いでもらいたい。
今回の大統領選では、トランプ氏と、民主党のバイデン大統領が、激しく争っている。
トランプ氏は2020年の前回選挙でバイデン氏に敗れたことを認めず、「選挙が盗まれた」と主張している。バイデン氏は「トランプ氏を倒せるのは自分だけだ」と唱え、選挙戦からの撤退を求める党内の意見に 抗あらが っている。
選挙戦では政策論争は深まらず、互いに人格を否定するような中傷合戦の様相を呈している。敵意や憎悪が増幅される中、候補者が襲われ、死傷者まで出る事態に発展したことを、両陣営は深く受け止める必要がある。
米国は戦後、公正で開かれた選挙による民主的な国づくりを、国際社会に広める役割を担ってきた。その米国で、暴力で選挙がゆがめられる事態が繰り返されれば、悪影響は計り知れない。
今回の事件を契機に、両陣営は冷静な選挙戦に立ち返るべきだ。バイデン氏がトランプ氏に見舞いの電話をかけ、団結を訴えたことを、第一歩としたい。
米国ではこれまでも、政治家が政治活動中に襲われたり、殺されたりする血塗られた歴史が繰り返されてきた。
1963年にジョン・F・ケネディ大統領がパレード中に銃で撃たれて死亡した。68年大統領選では、民主党の本命候補と目された弟のロバート・ケネディ上院議員が暗殺された。レーガン大統領も在任中に銃撃され、負傷した。
それでも米国は、危機を乗り越え、民意に基づく指導者選びを実現してきた。政治と社会のレジリエンス(復元力)を発揮し、安定を取り戻してほしい。
トランプ前米大統領銃撃のような政治家を標的にした襲撃事件が世界で頻発している=AP
トランプ前米大統領が演説中に銃撃され、負傷した。共和党がトランプ氏を党の大統領候補に正式に指名する全国大会を間近に控えての事件である。暴力で言論を封じようとする蛮行は民主主義への挑戦であり、絶対に許されない。断固として非難する。
トランプ氏は「銃弾が右耳の上部を貫通した」とSNSで説明した。命に別条はなく、党大会にも参加する。現場となった選挙集会の参加者1人が死亡し、2人が重傷を負ったのは残念というほかない。容疑者は射殺され、当局は暗殺未遂事件として捜査している。犯行の動機や思想的な背景をつまびらかにしてほしい。
銃弾で命を失ったケネディ大統領をはじめ、米国の大統領は常に暗殺の危険にさらされている。トランプ氏のような大統領経験者にも大統領警護隊(シークレットサービス)が厳重な警護にあたる。集会への入場は身体検査や荷物への入念なチェックがあるが、今回の発砲は会場の外からだった。警備体制を点検し、必要ならさらに強化しなければならない。
事件後に民主党のバイデン大統領がトランプ氏と電話で話し、テレビ広告の一時停止を決めたのは適切だ。11月の大統領選を前に国民の分断が深まっている。民主主義を脅かす危機には一時的にせよ対立を乗り越え、一致して対処する姿勢を示すのが望ましい。
民主党は多数の死傷者を出したトランプ氏の支持者による連邦議会占拠事件を非難してきた。トランプ氏は襲撃者を擁護する発言をしたり、共和党にも占拠事件を軽んじたりする向きがあった。今回の事案をこれらの言動を再考する警鐘ととらえるべきではないか。
米国の世論調査をみれば、トランプ氏再選を阻止するのに暴力に訴えてもよいと考える人が一定数いる。今回の事件にこうした背景があるとしたら極めて問題だ。
世界を見渡せば、政治指導者を力で排除しようと試みる凶行が頻発している。1月に韓国の最大野党代表が、5月にはスロバキアの首相が襲撃を受けた。6月のメキシコ大統領選や議会選では数十人もの候補が殺害された。
トランプ氏狙撃 卑劣な暗殺未遂許されぬ(2024年7月15日『産経新聞』-「主張」)
米東部ペンシルベニア州での大統領選の選挙集会で演説していたトランプ前大統領が狙撃された。トランプ氏は右耳を負傷したが命に別条はなかった。聴衆1人が死亡し、2人が重傷を負った。大統領警護隊(シークレットサービス)が容疑者を射殺した。
候補者の生命を狙い、選挙を歪(ゆが)めようとするテロリズムは民主主義を否定する最低最悪の犯罪だ。選挙や言論を暴力で封殺しようとするのは独善かつ卑劣で絶対に許されない。
自由と民主主義を遵奉(じゅんぽう)する国々の中でも米国の大統領は際立った影響力を持つ。その候補者が凶弾に倒れれば、世界の情勢と民主主義に与える打撃は計り知れない。
バイデン米大統領は会見で「米国にこのような暴力が許される場所はない」と強く非難し、徹底的に捜査を進めるとした。容疑者は20歳の男と報じられている。動機や背景の全容を解明すべきだ。同時に、狙撃を許してしまった警備、遊説体制を急ぎ改善し、テロ再発を防がなくてはならない。
暗殺未遂は大統領選の激戦州で発生した。会場外の高所から複数回発砲があり、トランプ氏は流血した右耳を押さえてしゃがみ込んだ後、警護陣に囲まれ立ち上がった。健在を示そうとしたのか、拳を突き上げて会場を後にした。トランプ氏はSNSに「私たちの国でこのようなことが起こるとは信じられない」「大量に出血し、何が起きたか理解した」と投稿した。
暗殺未遂は大統領選が米国の民主主義を守る重要な戦いでもあることを印象付けた。今回のテロへの最も効果的な反撃は警備を強化しつつ大統領選を整然と行うことだ。
バイデン、トランプ両氏は、卑劣な暴力を寄せ付けない言論の力を選挙戦で存分に示してもらいたい。
13日、米ペンシルベニア州バトラーでの選挙集会で、大統領警護隊に囲まれ拳を上げるトランプ前大統領(AP=共同)
微生物学者の北里柴三郎が描かれた新紙幣の千円札の裏には、葛飾北斎の「冨嶽(ふがく)三十六景 神奈川沖浪裏(なみうら)」の図柄が採用されている。「すみだ北斎美術館」(東京都墨田区)で新紙幣を記念して、この作品の誕生の背景などを紹介する特別展が開かれている。
▼まだ新紙幣を手にしていなくても、巨大な波の奥に富士山が見える図柄を知っている人は多いだろう。北斎が70代で発表した冨嶽三十六景のなかでも海外から「グレートウエーブ」の名で親しまれて、人気だという。
▼よく見ると荒々しい波間に3艘(そう)の船が描かれている。展示説明によると鮮魚を江戸に運ぶ船で、自然の猛威に翻弄される人々と、超然とたたずむ富士山を描いた壮大な作品だという。そんな作品を見た後だったので、人々がテロ、暴力を決して許さず、屈しない毅然(きぜん)とした態度を貫くことの重要さを改めて思い、波間の富士の姿と重ねた。
▼連休中の日曜朝、まだ寝ていた人もいただろう。米国から衝撃的なニュースが飛び込んできた。秋の大統領選に向けての集会の演説中にトランプ前大統領が銃撃され、右耳を負傷した。集会参加者にも死傷者が出た深刻な事件だ。容疑者は会場外から銃撃したとみられ、シークレットサービスに射殺されたという。
▼各国首脳から、いかなる政治的暴力も許さないとの声明などが相次いだのは当然としても、暴力を容認、助長する風潮はないか、改めて考え、心したい。
▼安倍晋三元首相が暗殺された2年前、教育委員会が公立学校に弔意を表す半旗掲揚を求めたことにも異論や批判が起きた。故人を悼むどころか、テロ事件を肯定するような声は続いている。テロは憎むべき社会の敵だ。翻弄され敵を見誤ってはならない。
▼その劇場で事件が起きる。芝居を見ていたリンカーン大統領が南部を支持する男に撃たれ、死亡。1865年のリンカーン暗殺事件である。男はグラントも標的にしていたとされ、欠席が幸いし、難を逃れた
▼危うさでいえばグラントの比ではなかろう。昨日のトランプ前大統領の暗殺未遂事件である。銃弾が耳をかすり、血を流している姿が痛々しい。命に別条はないが、弾があと数センチでもずれていたら。考えただけでおぞけ立つ
▼銃撃現場となった選挙集会に参加していた1人が亡くなっている。この事件でやはり撃たれ、傷ついているものがあるとすれば、それは米国の民主主義そのものだろう
▼撃った人物の狙いは分からない。どんな理由であれ、意見が異なるからといって大統領選に出馬するトランプ氏を暴力で排除しようとするのであれば、それは民主主義と選挙を「狙撃」したのと同じである。主張の違いで憎悪を深め合う米国の分断はついにここにまで至ったのか。それをあおっているのがトランプ政治でもあるが、暴力や銃弾ではなに一つ、解決できまい
▼11月の大統領選まで約4カ月。事件に刺激され、別の暴力や騒動などが起きなければよいが。撃たれた米国の民主主義の傷の具合が心配である。
トランプ氏銃撃 言論封じる凶行許されぬ(2024年7月15日『新潟日報』-「社説」)
民主主義の根幹をなす選挙の場での言論活動を、暴力で封じようとした凶行に怒りを禁じ得えない。到底許すことはできない。
米国民は、動揺することなく候補者の政策をしっかり見極め、11月の大統領選を迎えてほしい。
米東部ペンシルベニア州で13日、大統領選の集会で演説していたトランプ前大統領が銃撃され、右耳を負傷した。トランプ氏は大統領警護隊に囲まれ歩いて降壇し、車で会場を後にした。命に別条はなかった。
民主主義の模範となるべき米国で、それも大統領選の候補予定者の演説中に、凶弾が向けられたことへの衝撃は大きい。
警護隊は銃撃の容疑者を殺害した。発砲は会場の外からで複数回あったという。残念なことに、集会の参加者1人が死亡し、2人が重傷を負った。
撃ったのはペンシルベニア州に住む20歳の男で、米メディアによると、容疑者は警備が及ばない会場外の建物の屋根によじ登る姿が目撃されていた。
容疑者は死亡したが、捜査当局は、男がなぜこのような暴挙に及んだのか、早急に解明しなければならない。
トランプ氏は政敵相手に言いたい放題を続け、それが求心力を高めてきた一方で、米社会の分断を深めたとの非難もある。
とはいえ、暴力で言動を封じることは絶対にあってはならない。
バイデン米大統領は、「米国にこの種の暴力が入り込む余地はない。誰もが非難しなければならない」と述べた。
米社会で銃規制が進まないことも要因だろう。小学校でも銃乱射事件が起きるなど、関係のない多くの人が巻き込まれる銃犯罪は一向になくならない。
今後の大統領選への影響も懸念される。有権者の間に、トランプ氏への同情やテロに屈しない強いイメージが広がる可能性がある。
米国民はバイデン、トランプ両氏の政策論争を、冷静に判断してもらいたい。
選挙演説中という不特定多数の人が集まる場での警備の難しさも改めて浮き彫りになった。
両事件を受け、政治家は警察庁の求めに応じ、街頭演説で聴衆との距離確保や警備員の配置などの対策を実施している。
政治家や有権者の安全を守るため知恵を出したい。暴力によって、選挙活動が萎縮するような事態は絶対に招いてはならない。
トランプ氏暗殺未遂(2024年7月15日『山陽新聞』-「滴一滴」)
▼選挙応援の街頭演説に訪れた岸田文雄首相に向けて手製の爆発物が投げ込まれた。首相は無事だったが、2人が軽傷を負った。逮捕された無職の男は一貫して黙秘し、いまだ動機などが判然としない
▼のどかな漁港に“よそ者”の男が来れば目立つのではと思ったが、今春現地を訪れて合点がいった。トンネルを抜けるとすぐ市街地で、釣り客らが多く、バスも通る。不特定多数にまぎれて首相に近づけたのだろう
▼2年前、安倍晋三元首相が奈良市内での街頭演説中に銃撃されて落命した事件も記憶に生々しい。前夜の岡山市での演説会では襲撃できず、翌日実行した。蛮行が身近にいつ起きても不思議ではないのだと思い知らされた
▼自らの理想や主張を語り聴衆が賛否を判断する。民主主義の基本的な仕組みが暴力で脅かされるなら、社会は危うい。権力で押し通す権威主義国家の勢いも増している。世界的な「力の時代」への懸念が募る。
トランプ氏銃撃 民主主義壊す暴力許さぬ(2024年7月15日『中国新聞』-「社説」)
民主主義の土台を揺るがす暴力は断固として許さない。
米国のペンシルベニア州でトランプ前大統領が、野外の集会で演説中に銃で狙撃された。右耳を負傷し、少しでもずれたらと考えるとぞっとする。命が無事だったのは幸いだ。しかし、参加者1人が犠牲になり、2人が重傷を負った。あまりに衝撃的で、怒りを禁じ得ない。
11月の大統領選を控え、トランプ氏は近く始まる共和党大会で、党候補に正式決定するのが確実視されている。民主主義の根幹である選挙に絡んだ事態だけに、深刻だ。
政治家や、演説を聴いていた市民の安全を脅かした罪にとどまらない。卑劣な暴力で言論を封じる行為が、いかに危険か。それぞれ考えや主張が異なっていようとも、あくまで議論によって政治の在り方やルールを決めるのが民主主義だ。積み重ねてきた英知への挑戦にほかならない。
バイデン大統領は「米国にこの種の暴力が入り込む余地はない。誰もが非難しなければならない」と演説した。その通りだ。いかなる背景や動機があっても容認できない。
米国では現職の大統領が過去に4人、いずれも銃で暗殺されている。トランプ氏への銃撃は、61年前、ケネディ大統領がパレード中に頭を撃たれて死亡した事件をほうふつとさせた。政治に対する暴力が横行してきた現実がある。
今回もひるまず、屈せず、民主的な社会の基盤となる言論の自由、法の支配の価値を再認識したい。
トランプ氏が勝った2016年の大統領選の頃から、米国社会は保守かリベラルかを巡って分断が深まった。「愛国」を名目にした暴力を容認する世論が高まり、トランプ氏の支持者らが連邦議会議事堂を襲撃した事件も起きた。不満や不安を民主的な手段ではなく、安易に暴力に訴える傾向が強まるのは危険だ。
米メディアによると、容疑者は同州に住む20歳の男で、集会の会場外にある建物の上から複数回発射したという。大統領警護隊(シークレットサービス)によって殺害された。米連邦捜査局(FBI)が捜査を始めており、事件の究明をまず徹底すべきだ。
現場で屋根によじ登る容疑者の姿が目撃されながら、警察や警護隊員が事前に対応できなかったとの指摘がある。大統領選を安全に実施するためにも、速やかに態勢を点検し直す必要がある。
交流サイト(SNS)では早くも、容疑者や犯行目的、背景について臆測に基づいた情報が飛び交う。偽情報や陰謀論に警戒し、厳しく監視しなければならない。大統領選での政治的な利用も、戒める必要がある。社会の混乱はさらなる暴力を招きかねない。冷静に対応したい。
日本も無関係ではない。2年前に安倍晋三元首相が参院選の演説中に銃撃死し、昨年には衆院補欠選挙の応援に訪れていた岸田文雄首相の近くに、爆発物を投げ込まれた事件があった。政治家に対する凶行や、政治テロへの懸念が一層強まっている。非暴力を徹底する教訓としたい。
トランプ氏と狙撃手(2024年7月15日『中国新聞』-「天風録」)
さいとう・たかをさんのシリーズ漫画「ゴルゴ13」は世界各国の事情を巧みに織り込んできた。23年前の一編「殺人劇の夜」が後に話題となったのは狙撃手ゴルゴが標的とした人物の名ゆえだ。米不動産王の「クランプ」
▲実業家時代のトランプ前大統領がモデルという読み方が専らだ。強引な手法に恨みを抱く商売敵の依頼で、リンカーン大統領暗殺のように観劇中に銃撃される。その一幕を世界を駆け巡った衝撃ニュースで思い出した
▲演説中のトランプ氏の耳を銃弾が貫通する―。まるでフィクションのよう。離れた建物の上から狙撃したらしい。紙一重で命は助かったが、聴衆が巻き添えになった。強い憤りを覚える
▲証拠は残さずに姿を消す物語のスナイパーとは真逆に、現実の狙撃現場で20歳の容疑者が射殺された、と報じられた。警備陣の手抜かりも指摘され、大統領選を前に真偽不明の説が飛び交うだろう。一刻も早く知りたいのは真実だ。
トランプ氏銃撃(2024年7月15日『高知新聞』-「小社会)
銃弾は左肺まで達し、危険な状態だった。ところが、大統領は手術室で医師らを見回して「あなた方がみな共和党員だといいんですがね」。実は民主党員だった医師も、「大統領閣下、今日はわれわれ全員が共和党員です」(村田晃嗣著「レーガン」)。
生死の境にあってもユーモアを失わず、回復も驚異的だった。窮地に陥っても巧みな弁舌で切り抜け、「テフロン(傷が付かない)大統領」といわれたレーガン氏。あの狙撃事件でも米国人が好む「強さ」を印象づけたのかもしれない。
こちらはまだ「候補」だが、トランプ前大統領が銃撃された映像に驚いた。民主主義を揺るがす暴力は許されない。けがの回復を祈り、巻き込まれた犠牲者を悼む。
とはいえ、血を流しながら拳を突き上げるトランプ氏の映像には複雑な思いもわいた。議会襲撃事件など多くの起訴を逆手に取って支持を伸ばすトランプ氏は、既に「テフロン」の要素もあろう。この暗殺未遂は強さを好む米国人の冷静な判断を邪魔しないだろうか。
トランプ氏暗殺未遂 民主主義否定する凶行(2024年7月15日『沖縄タイムス』-「社説」)
11月の大統領選に向けた運動中の銃撃事件だ。民主主義を否定する凶行であり、断じて許されない。
米ペンシルベニア州バトラーで13日午後6時(日本時間14日午前7時)過ぎ、選挙集会で演説中のトランプ前大統領が銃撃された。
会場に銃声が鳴り響いたのは演説が始まって10分ほどたったころ。
発砲は複数回あり、トランプ氏は右耳を押さえて演台の裏にしゃがみ込んだ。
シークレットサービスに囲まれたトランプ氏の右頬には血が伝っていた。
命に別条はないという。だが、弾があと数センチずれていたらと思うと戦慄(せんりつ)を覚える。政治的暴力であり、絶対にあってはならない。
大勢の聴衆が参加していた会場は、突然の銃声に悲鳴と怒号が交差。集会参加者1人が死亡、2人が重傷を負った。
現地報道によると、発砲したのは同州に住む20歳の男で、現場で射殺された。会場外にある建物の屋根の上にいたとされ、捜査当局は会場周辺でライフルを押収したという。
単独犯とみられている。動機や背景を含めた事実関係を早急に解明してほしい。
ペンシルベニア州は大統領選の激戦州の一つだ。集会は候補予定者の声をじかに聞ける場だった。
安全性の確保は民主主義が機能するためになくてはならない条件だ。
参加者に犠牲が出たことを重く受け止め、警備の検証も急ぐべきだ。
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米国では政治家を標的とした銃撃事件が繰り返されてきた。
近年の米国社会の対立や分断は、そうした危険性に拍車をかける。トランプ氏が大統領選で敗北した2020年以降は暴力容認の危険な潮流が強まった。
今回の事件を受け、バイデン大統領は銃撃を強く批判するコメントを発表した。
大統領選まで4カ月足らずのタイミングで起こった今回の事件が選挙に影響するのは必至だ。
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政治家に向けられた銃弾は、どんな形にせよ民主政治をゆがめる。二度と発射させてはならない。
安倍晋三元首相が演説中に銃撃され死亡した事件から2年がたった。日本にとっても今回の事件は人ごとではない。
暴力で一方的に発言を封じようとする行為は社会を混乱に陥れ、対立をあおるだけだ。非暴力を徹底するための教訓としたい。