「悪質トランス差別団体」と指摘された団体の慰謝料請求を認めず 横浜地裁 「女性スペースを守る会」控訴へ(2024年7月13日『東京新聞』)

 自認する性別が出生時と異なるトランスジェンダー女性の権利などを巡り、慎重な議論を訴える団体「女性スペースを守る会」(神奈川県大和市)が、交流サイト(SNS)で「差別団体」と指摘され名誉を傷つけられたとして、大学講師の男性に慰謝料55万円の支払いなどを求めた訴訟で、横浜地裁(小西洋裁判長)は12日、請求を棄却した。
◆「意見・論評の域を逸脱するものとはいえない」 
 判決はSNSでの投稿の主目的を、差別への反対表明を通じて「公益を図ることにあった」と認め、表現も「意見ないし論評の域を逸脱するものとはいえない」とした。団体側は控訴する意向を示した。
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 訴状などによると、団体側が名誉毀損(きそん)と主張したのは、相模女子大非常勤講師の劉霊均(りゅうれいきん)さんが2022年9月、ツイッター(現X)に書き込んだ「悪質トランス差別団体」という表現。
 訴訟で劉さん側は、団体が設立趣意書で「女性トイレが身体男性に開かれれば、性暴力被害や盗撮被害が増える」などの見解を示したことを踏まえ「性的少数者の集団を犯罪予備軍のように扱い、社会の不安をあおり立てることは差別だ」などと反論していた。
 劉さんは判決後のオンライン会見で「さまざまな性で生きる人たちの本当の姿を見てほしい」と述べた。
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◆地裁が虹色のアクセサリー着用を制限
 横浜地裁での4月下旬の口頭弁論で担当者が、傍聴に訪れた30代女性が着けていたLGBTQら性的少数者を象徴するレインボーカラー(虹色)のピンバッジやネックレス計3点を外すよう求めた。大きさはいずれも2センチ四方程度。傍聴規則では裁判長らの判断に基づく傍聴人の所持品制限を認めている。女性は従って外したが「アイデンティティーを踏みにじられるようで屈辱的だった」と憤る。
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傍聴時に外すよう求められたネックレスやピンバッジ
 提訴した団体側は地裁への上申書で「心理的圧迫があってはならない」として、法廷内への虹色の所持品持ち込みを禁止するよう訴えていた。地裁総務課は制限の理由を「裁判体の指示による」と述べた。
 同様の例は性的少数者がかかわる他の裁判でもあった。福岡地裁は昨年6月、同性婚を認めない現行制度の違憲性を問う訴訟で、虹色の所持品を制限。最高裁も同9月、性別変更に関する家事審判の特別抗告審で、傍聴人に虹色のマスクを外すなどの対応を求めた。
 最高裁は取材に「着用は一定の主義主張をアピールする行為で、他の傍聴人らに『裁判所がアピールを受けて判断するのでは』との誤解を生む可能性がある。(制限なしでは)国民の司法への信頼を損ないかねない」と答えた。
 12日の判決後に記者会見した劉霊均さんは「性的少数者や支援者は暴力的という事実無根の話に基づいた対応で、不条理だと感じた」と述べた。 (奥野斐、森田真奈子、太田理英子)

「女性スペースを守る会」めぐる訴訟(2022年11月28日『週刊金曜日』)
 
飯田光穂・ライター
 LGBT法案の「性自認」に対する慎重な議論を求め活動する「女性スペースを守る会」(神奈川・大和市)をSNSで「悪質トランス差別団体」と投稿したことで謝罪や損害賠償を要求された男性が11月14日、債務不存在確認訴訟を提起し、記者会見を開いた。この男性は大阪公立大学人権問題研究センターの特別研究員、劉靈均(りゅう・れいきん)氏(写真左)。経緯は以下の通りだ。
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記者会見で劉靈均氏(左)と弁護団。(撮影/飯田光穂)
「女性スペースを守る会」は、同会ホームページによると「LGBT法案のうちの『T=性自認による差別は許されない』という文言が身体の性別よりも性自認を優先させることに繋がり、身体の性別によって社会的な不利を被ってきた女性の人権を更に後退させる恐れがある」と主張する団体。「T」とは、生まれた時に割り当てられた性別と性自認ジェンダーアイデンティティ)が一致していないトランスジェンダーのことだ。トランスジェンダーの女性が女性トイレなど「女性スペース」を使うことに慎重論を唱えている。
 この会の姿勢をユーチューブ番組で批判した女性装の安冨歩東京大学教授を、同会は9月22日、名誉毀損で提訴。劉氏は同25日、この件について〈悪質トランス差別団体「女性スペースを守る会」は今度安冨歩先生に提訴した。安冨先生を支持します。#LGBT〉とツイートした。
 これに対し「女性スペースを守る会」は、「悪質トランス差別団体」発言が名誉毀損にあたり、刑事・民事上違法な行為であることは明らかだとして①当該ツイートの削除、②謝罪広告の掲載、③9月30日から削除するまで1日5000円の損害賠償の支払い、を請求する文書を劉氏の勤務先大学に送付。劉氏はこれらの要求に対し「債務不存在」として確認訴訟を起こし、今回の会見に至った。
排除は性被害を招く
 同会の主張は、トランスジェンダー女性からシスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性別と性自認が一致している)女性への性犯罪を懸念しているように読み取れるが、劉氏は会見で「女性スペースを『全ての女性を外見により選別・審査・検閲するスペース』にすることは本当に女性を守ることではない。見た目による選別は本当の性犯罪への注意力を減らす」と反論する。
 実際、性被害に遭う確率はトランスジェンダー女性のほうがシスジェンダー女性よりも高い。トランスジェンダー女性を女性スペースから排除すると性自認の暴露や性被害につながってしまう。性犯罪をなくすために必要なのは、女性スペースからトランスジェンダー女性を排除することではなく、性や人権に関する十分な教育と性犯罪を許さない法整備だ。
 また、劉氏代理人の神原元(かんばら・はじめ)弁護士は、「差別を指摘された側が名誉毀損で訴えることは名誉毀損罪を定める刑法230条の悪用だ」と指摘。本件については「公正な論評の法理」を適用するべきだと述べている。「公正な論評の法理」とは①その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったこと。②意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったこと。③人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないこと。つまり、劉氏のツイートは女性スペースを守る会への論評であり、公共的な事項に関する表現の自由として憲法上の権利が尊重されるという主張だ。
「女性スペースを守る会」の代理人滝本太郎弁護士は取材に対し、「原告らこそが、女性らが主張する表現の自由を『悪質なトランス差別団体』とレッテル付けして侵害している。『悪質トランス差別団体』と守る会を表現することはもちろん名誉毀損にあたる」と主張。さらに「今後の対応としては、会の皆と相談する。守る会について〈まさに差別団体です。差別加害者が被害者ポーズをとっている点も悪質。〉などとツイートした著名人についても検討し始めている。裁判所に迷惑をかけることは最低限としたいが」とし、同会を批判した他のツイートについても法的手段をとることをほのめかした。
 なお、「女性スペースを守る会」は「女性トイレの維持及びその安心安全の確保について国に意見書を出すことを求める陳情」を都議会へ提出したが、9月15日に満場一致で「不採択」となっている。
(『週刊金曜日』2022年11月25日号)