空前の円安で訪日客には「バーゲンセール状態」の日本 2万円超えのウニ丼が安い!? 旅行消費額が過去最高(2024年6月16日『東京新聞』)

 
外国人観光客らでにぎわう築地場外市場(木戸佑撮影)

外国人観光客らでにぎわう築地場外市場(木戸佑撮影)

 新型コロナウイルス禍からの回復と円安を追い風にインバウンド(訪日客)が増えている。訪日客の旅行消費額は2023年に5兆3000億円と過去最高を記録した。日本経済を潤す半面、外国人でにぎわう観光地のモノやサービス価格は高騰。日本人の国内旅行客数がコロナ前よりも減少する副作用も生じている。(高田みのり、山田晃史)

 インバウンド 日本を訪れる外国人観光客。外国人による日本旅行自体を示すこともある。訪日客の人数は新型コロナウイルス禍前に当たる2019年の3188万人が最も多く、2023年は2500万人ほどだった。2024年は19年水準を上回る見通しで、岸田文雄首相は2030年までに6000万人、消費額15兆円を目指すと表明している。

◆国籍別の支出はオーストラリアの34万円が最高

 コロナ前の2019年末の為替相場は1ドル=109円台だったが、現在は157円台。外国人にとっては日本での価格が4割超も安くなる換算となる。
 観光庁の「訪日外国人消費動向調査(2023年)」によると、訪日客の旅行消費額は5兆3065億円で、コロナ禍前の2019年比10.2%増だった。1人あたりの旅行支出は21万3000円(2019年比34.2%増)。訪日客の国籍別支出額は統計のある国・地域全てで増えており、最も高かったのはオーストラリアの34万円余(同37.4%増)だった。

◆宿泊料は2023年度に25%も上昇

 だが、訪日客の支出額上昇は国内の物価も引き上げる。中でもホテル業界への影響が顕著だ。総務省がまとめる消費者物価指数によると、2023年度の「宿泊料」は前年度比25.5%上昇。直近の4月は前年同月比18.8%上昇で高止まり傾向が続く。
 約220ホテルが加盟する「東京ホテル会」の平均客室単価は、17カ月連続で最高額を更新。今年4月の平均単価は1泊1万8581円で、前年同月比で約4000円上昇した。稼働率もコロナ禍前に迫る89.3%に上る。
 帝国ホテル(東京都千代田区)の今年4月の客室単価は約7万6000円で、19年4月比81.5%増。客室稼働率はやや下がったが「ゆとりあるサービスで顧客満足度が上がり、さらなる高単価販売も可能になる」と見通す。

◆日本人には負の影響 消費を控える傾向に

 大和総研の中村華奈子エコノミスト(日本経済)は、コロナ禍明けの旅行需要増加とともに円安が進んだことで「国内観光地に人が集まり、食事などサービス料金の上昇につながった。今後もインバウンドの1人当たり支出額が増えれば、安定的な経済効果が生まれる」と一定の期待を寄せた。他方、日本人にとっては「国内価格が上がりサービス消費を控える傾向が強まる」と指摘した。
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◆メニューは訪日客をターゲットにした価格設定

 歴史的な円安水準が続く日本は、訪日客からみれば「バーゲンセール」(40代の男性米国人)の状態だ。中でも飲食店のメニューは、購買力が高まる訪日客に合わせた価格設定が相次ぎ、日本人にはとても手が出せない水準に。東京の観光地を歩き、彼我の金銭感覚の違いを探った。(山田晃史)
外国人観光客らでにぎわう築地場外市場(木戸佑撮影)

外国人観光客らでにぎわう築地場外市場(木戸佑撮影)

 平日でもまっすぐ歩くのが困難なほど大勢の訪日客らでにぎわう東京・築地。すしや海鮮丼の店と訪日客がひしめく通りで、2万2000円のウニ丼の看板に目を疑った。ほかにも豪華さを強調する2万円の海鮮丼の看板もある。東京・豊洲市場近くで今年2月に開業した観光施設「豊洲 千客万来」で1万8000円の海鮮丼「インバウン丼」が話題となったが、それを超える価格だ。

◆高額のウニ丼に「米国ではもっと高いだろうね」

 この価格、訪日客にはどう映るのか。20代の男性米国人は「米国ではもっと高いだろうね」。為替相場は1ドル=160円に近い。円安効果に加え、日本よりも激しい海外の物価上昇を考えれば、割安に感じられるのかもしれない。
 海鮮の印象が強い築地だが、居酒屋チェーンのワタミが昨年に希少ブランド和牛にこだわた牛串店を出すなど牛肉を扱う店が増えている。和牛人気が海外で高まっていることが背景にある。インドネシア人の女性(27)は「日本の牛肉は口の中で溶けるようで本当においしい」と、3000円の和牛串を楽しんでいた。
和牛串を手に笑顔の観光客(木戸佑撮影)

和牛串を手に笑顔の観光客(木戸佑撮影)

 ウニを乗せたサーロイン串(1万3000円)や、神戸牛とウニの丼(2万8000円)を扱うなど、訪日客に人気の牛肉と海鮮を組み合わせたメニューもある。

◆日本人観光客は手を出せず

 日本人観光客はどう感じているのか。千葉県から友人と観光に来た会社役員の女性(40)は「海鮮の安い東北出身なので価格にびっくりした。おいしくて安めの海鮮ランチを探したい」とぽつり。金銭感覚と味覚の違いが際立った。
 浅草でも高級牛肉をアピールする英語の看板が目立つ。「KOBE BEEF STEAK」「サーロイン 1万4800円」と打ち出すのは浅草地域に8店舗展開する「神戸牛ダイア」。担当者は「欧州だけでなく他の国からの客層が広がっている。最近はイスラム圏向けにハラル牛にも力を入れている」と話す。観光に訪れた中野区の男性会社員(26)は「1480円かと思った。食べられる日本人は富豪だと思う」と看板を眺め、驚いていた。
 観光客と日本在住者で価格差をつける店も出てきた。東京・渋谷の海鮮バイキング&浜焼きバーベキュー「玉手箱」は、海鮮の食べ放題と飲み放題で外国人観光客向けに、一人当たりで次の通りの料金を設定している。
 【平日ランチ】6578円
 【土日祝ランチ】7678円
 【月~木ディナー】7678円
 【土日祝と祝前日ディナー】8778円
 日本人と日本在住の外国人はこの料金から1人1100円引きにしている。
 外国人観光客は焼き方や食べ方に不慣れで手厚い接客が必要になるほか、大型のキャリーケースを持っている人が多く保管場所が必要になり、コストがかかっているためという。オーナーの米満尚悟さん(39)は「料金を観光客に合わせると接客が必要ない日本人にはぼったくりになるし、日本人価格では観光客が殺到する。同じ料金にそろえられない」と理由を語る。