地獄化する京都の「観光公害」 地価高騰で子育て世代が続々流出、渦中の「宿泊税」は本当に抜本的対策になるのか?(2024年5月10日『Merkmal』)

大阪府の外国人向け料金導入
 
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京都市営バス(画像:写真AC)
 3月、大阪府の吉村洋文知事は、大阪・関西万博が開幕する2024年4月をめどに、外国人観光客向けの特別料金である「外国人料金」の導入を表明し、大きな注目を集めた。大阪府が検討しているのは、宿泊施設だけでなく、府内の観光施設などの利用に際しても、外国人向けの料金を設定するという画期的な取り組みだ。
 
 インバウンド需要が急激に回復するなか、全国各地の自治体では、外国人観光客をターゲットにした新たな財源確保策として、さまざまな方法での料金徴収が検討されている。なかでも、多くの自治体では
「宿泊税」
の導入が選択されている。その理由は何だろうか。
 いま、国はもちろん、多くの自治体が、経済回復の手段としてインバウンドに期待をしている。その一方で、観光ブームがもたらすプラス面とマイナス面も問題になりつつある。観光客の増加は、宿泊業や飲食業、小売業などの観光関連産業の売り上げ増加につながっているが、
・地価
・賃貸料
の高騰が他産業へ悪影響を及ぼしているとの指摘もある。
 これまでも、オーバーツーリズム(観光公害)に悩む世界の観光地では、観光客増加による弊害が問題となってきた。龍谷大学の阿部大輔氏の「オーバーツーリズムに悩む国際的観光都市」(『観光文化』240号)によると、
ヴェネツィアでは、不動産価格が1平方メートルあたり4432ユーロ(約74万円)にまで跳ね上がり、旧市街の特に中心部では1.2万~2万ユーロと高騰。地元住民が住み続けることは容易ではない」
という。バルセロナでも「2014~2017年の3年間で住宅価格が35%上昇」し、
「特に旧市街やグラシアといった地区での上昇率が高く、住民の追い出しは日常茶飯事のように生じている」
と述べている。観光地化が進むにつれ、地元住民の生活に必要な商店が次々と閉店に追い込まれるケースも報告されている。
 日本でもオーバーツーリズムの弊害はコロナ以前より顕在化していた。とりわけ京都では、ゲストハウスの無秩序な増加やマナーの悪い観光客の急増が、たびたび報じられていた。規制緩和により外国人観光客が復活した現在は、より状況が悪化している。このため、
「子育て世代の滋賀県などへの流出」
が進んでいるという報道もある。また、若者が京都での就職を避ける傾向もある。その結果、残るのは外国人観光客とそれに関する産業のみになってしまうことも懸念されている。もはや観光公害というより
「観光地獄」
の方がふさわしいのかもしれない。飲食店の時給が2000円になるなど、インバウンド客の急増による人件費高騰が話題となっている北海道のニセコ町では、介護事業所が賃金競争に抗しきれず閉所に追い込まれた事例も報じられている。
宿泊税の導入と課題
 
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観光公害のイメージ(画像:写真AC)
 こうしたなかで、多くの自治体が導入しているのが宿泊税だ。宿泊税とは、一定額以上の宿泊料金に対して課税される地方税で、その税収は
・観光振興
・オーバーツーリズム対策
に充てられる。日本では、2002(平成14)年に東京都が導入して以来、大阪府京都市など、観光客の多い自治体で次々と導入されてきた。2023年には長崎市、2024年には熱海市でも導入が決まっており、広島県浦安市なども検討中だ。
 ただし、宿泊税には課題がある。まず、日本の法律上、
「外国人のみ」
を対象とした宿泊税を設けることはできない。日本が各国と結んでいる租税条約では、外国人のみに税金を課す差別的な制度を禁じているからだ。また、宿泊者が観光客か定住者かを判別するのも煩雑で現実的ではない。そのため、宿泊税は国籍に関わらず、全ての宿泊者に一律に課税されることになる。つまり、日本に住む人からすれば、外国人観光客のために
「なんでわれわれまで税金を払わされるハメになるのだ」
というわけだ。そこで、大阪府が検討しているような、宿泊施設以外でも外国人と日本人で料金を変える「外国人料金」の設定が浮上したわけだ。
 諸外国では、自国民や地元民と外国人観光客で異なる料金を設定している例が数多くある。例えば、正規料金を設定した上で、自国民や定住者には割引料金を適用するなど、外国人観光客により多くの負担を求めつつ、「差別ではない」と説明づける巧妙な手法が用いられている。ニューヨークのメトロポリタン美術館では、入場料を「寄付」と位置づけ、ニューヨーク州民や近隣州の学生、12歳以下の子ども以外は、寄付を義務化する仕組みを取っている。
 しかし、これらはあくまで民間施設が独自に行っている料金設定だ。外国人からの料金徴収を行う国は増えてはいるものの、その大半は宿泊料金に上乗せする方式にとどまる。自治体が管轄する広い範囲で、宿泊施設以外にも外国人料金を導入するとなれば、徴収の仕組みは極めて複雑になり、現実的ではないからだ。
 事実、日帰り客への入島税を導入したヴェネツィアなど、ごく一部の例外を除けば、自治体による外国人料金の導入例はほとんどないのが実情なのだ。
宿泊施設側の懸念
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インバウンドのイメージ(画像:写真AC)
 以上を考慮すると、内外人問わず広く薄く宿泊税を課す方式が、最も現実的で受容されやすい方法であり、各自治体が導入を進めている理由だ。
 ただ、宿泊施設側からは徴収事務の負担増加への懸念も根強い。料金上乗せによる需要減退も指摘される。さらに温泉地では、
入湯税との二重課税」
になるなど負担感による、利用者の減少も懸念される。しかし、日本で最初に宿泊税を導入した東京都の事例を見ると、導入初年度の2002年度から2021年度までの間に、合計で
「約273億円」
の税収を確保している(「宿泊税 20年間の実績と今後のあり方」)。これにより、
・東京観光情報センターの整備/運営
・ウエルカムカードの作成
など、都の戦略的な観光振興施策の推進に大きく寄与してきた。東京都の訪都外国人旅行者数は、宿泊税導入前の2001(平成13)年の277万人から、コロナ禍前の2019年には過去最多の1518万人までに増加するなど、着実に効果が現れている。
 こうした東京都の先行事例からも、宿泊税は、受け入れられやすく観光振興に必要な安定財源の確保に有効であることがわかる。重要なのは、多様な人々の理解と協力を得ながら、地域の実情に即した効果的な制度設計を行い、戦略的に活用していくことである。それにより、各地域がオーバーツーリズム対策や観光地の魅力向上を進め、持続可能な観光振興と地域経済の活性化を実現していくことが期待される。
 観光立国を掲げる日本にとって、インバウンド需要への対応は喫緊の課題である。各地で導入の動きが加速する宿泊税については、地域の実情を踏まえた丁寧な制度設計が不可欠だ。外国人観光客との共生を図りつつ、地域の持続的発展につなげる知恵が問われている。
経済同友会の提言と宿泊税の拡大
 
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インバウンドのイメージ(画像:写真AC)
 2024年3月の経済同友会の提言「自立した地域の観光経営の実現に向けた宿泊税の拡大と活用」では、観光振興に向けた財源として、現在一部の自治体で導入されている宿泊税を地方税法上の「法定目的税」として全国的に展開することを求めている。
 報道等によると、既に
「約30以上の地方自治体」
が宿泊税の導入を検討中とのことだが、国主導で法定目的税化によって全国共通の独自財源の基盤整備を行うことで、より多くの自治体での導入が期待できる。
 また、同提言では、法定目的税化に際しての論点として、
・定率制の導入と3%以上の税率設定
・課税の前提となる観光振興戦略の策定義務付け
などを挙げている。特に、観光振興戦略においては、宿泊税の位置づけや使途の見える化、定期的な効果検証の実施などを盛り込むべきだと指摘する。宿泊税が真に観光振興に資する施策に活用されるよう、制度設計の工夫が求められる。
 多くの自治体が宿泊税の導入にかじを切っているのは、観光客から直接得られる新たな財源を観光振興や観光公害対策に充てることで、持続可能な観光地経営を目指すことにある。東京都をはじめとする先行事例の効果が明らかになるなか、観光客増加のメリットを享受してきた地域ほど、宿泊税の導入に積極的な姿勢を見せている。
 もちろん、宿泊税がオーバーツーリズム対策の即効性のある決定打になるわけではない。
・観光客の分散化
・住民との対話
・受け入れキャパシティーの拡大
など、多面的な取り組みが欠かせない。今後、ますます拡大するインバウンド需要に対応し、真の観光立国を実現するには、宿泊税を軸とした観光財源の確保と、地域の実情に即した効果的な活用が鍵を握る。
 自治体には、多様な関係者の理解と協力を得ながら、宿泊税の戦略的な活用を通じて、観光公害の防止と観光振興の好循環を生み出していくことが求められている。外国人観光客の
「恩恵と副作用」
の間で綱渡りを強いられる各地の苦悩は、まさに観光大国ニッポンの“生みの痛み”なのである。
キャリコット美由紀(観光経済ライター)