村木厚子さんが語った「働き方改革」成功のカギとは 少子化との関係「答えは分かっていたのに…」(2024年6月15日『東京新聞』)

 少子化が加速する。厚生労働省の発表では、1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.20で過去最低を記録した。さまざまな要因が絡み合うが、元厚生労働省事務次官村木厚子さんは、子どもを産みやすい社会にしていくためには、働き方改革が一つの鍵を握ると言う。ここで大事なのは、男女ともに働き方を変えることだ。40年来のライフワークという働き方改革少子化の関係について語ってもらった。(聞き手・早川由紀美、嶋村光希子)

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働き方改革が40年来のライフワークという村木厚子さん

◆政府が本腰を入れたのはこの10年

 40年前に、私が労働省(当時)で年間総労働時間短縮の計画を立てていた時から比べると、この10年ほどは政府が本当に必死に働き方改革を訴えているという状況です。理由は少子化による人口減少です。一方で高齢者が増えるので、社会保障のお金がものすごく増え、赤字がどんどん大きくなっていく。

 赤字は国債を発行して賄っています。要は借金でやっているので、「若い人たちに全部付け回しをするのか」という議論が10年ほど前に起きて、出てきたのが社会保障と税の一体改革(※)です。消費税を5%から10%に上げて、それから社会保障のお金も増え方を抑えましょうという議論をしました。放っておくと社会保障費って、1年1兆円ぐらい予算が増える。それを5000億に抑えましょうと。

 私はそのときに内閣府の子ども担当だったので、「この消費税で増えたお金を子どもに下さい」とお願いする役をやっていました。当時みんなが分かってるけど言えなかったことっていうのがありました。それは、消費税10%じゃ足りないっていうこと。今になって、また子どもの支援金の議論をしていますが、もうその時から分かってたんですね。

 この改革を当時みんなが「痛みを伴う改革」って呼んで、「こんなことは何度も何度もやれない、もうちょっと楽な、もうちょっと前向きの改革はないのか」という議論をこっそりしていたんです。

 みんな答えは分かっていたんですね。働く人が増えて、税・社会保険料を納めてくれる人が増えればいいと。そして、それは女性だと。ただ、もっと女性が働いたらもっと結婚しなくなって子どもが生まれなくなるのでは、という不安がみんなの頭をかすめました。

社会保障と税の一体改革 2014、19年に消費税率を引き上げ、高齢者中心だった使い道を、待機児童対策など子育て世代にも拡大。

◆予想と違った…女性が会社を辞める理由

 結婚や出産を経験する人が多い30~40代の女性の労働力率(人口に占める労働力人口の割合)が、その前後よりも落ち込む「M字カーブ」は、世界でも日本と韓国だけ顕著で、子育てと仕事が両立できずに辞める人が多いとされています。

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 一方で、25~54歳の女性就業率と各国の合計特殊出生率の関係を見ると、ニュージーランドスウェーデンなど、女性が多く働いている国の方が出産もしているということが分かりました。どっちか諦めてという国じゃなくて、どっちもできるねという国になるべきだというのを確信したデータでした。では、どうしたら辞めずに働き続けられるか。考えた時にあるデータを見つけました。

 働き続けたいのに諦めて辞めた人に何があればよかったかを尋ねた調査です。当時私たちは育休や短時間勤務が必要だったのではと思っていましたが、一番多かったのは職場全体の勤務時間の改善だったんです。それと職場の雰囲気。つまり、自分が早く帰れてもみんなが必死で仕事していたり、「おまえの分、俺らがやるのか」という感じではとてもじゃないけど、うまくいかない。

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 職場全体、男女双方の働き方が大事だということを示すデータはほかにもあります。6歳未満の子どもがいる家の夫の家事・育児時間で、やはり日本は欧米と比べて極端に短い。欧米は2人で働いて、2人で育てるのに対して、日本はやっぱりワンオペが多いですよね。他にも、夫の家事・育児時間が長いほど、妻の継続就業率が高く、第2子以降の出生割合が高くなるというデータがあります。

 これらのデータから、当時悩みだった少子化も、女性に働いてもらうのも、男性のライフスタイルが大きく関わっていることが分かりました。圧倒的に共働きが増えてるという社会の変化の中で、会社の中で年齢が高い人と、実際に今子育てしてる人たちとは、家族像とかライフスタイル像が全くずれるのでなかなか難しい。それでも政府は女性活躍って叫び、働き方改革で残業時間を制限しています。

◆成功する3つのポイント 「労働時間を短く」「柔軟に」「給料をフェアに」

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自身も産休・育休を取りながら2人の子を育てた村木厚子さん

 働き方改革で大事なこと、私は3つあると思っています。1つは長すぎる労働時間を短くすること。2つ目は8時間働けるけど、今日はごめんとか、この日何曜日の何時からはダメとか、今日は在宅などと言える柔軟性だと思っています。それからもう一つ最後に大事なのは、そうしたいろんな働き方をする人がいる時に、お給料を職場への貢献でフェアにきちんと払うっていう仕組みができる。これが働き方改革の本質で、ここが今途上にあるんだと思います。

 2023年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のクラウディア・ゴールディン氏によると、仕事には貪欲なポジションというのと柔軟なポジションがある。つまり「いつでもやってくれるよね。いつでも転勤してくれるよね。急患出たらいつでも病院に来て見てくれるよね」というような貪欲なポジションを女性が選べないので賃金格差が縮まらない。解決策はすごく分かりやすくて、全部柔軟なポジションにしてしまえばいいんだと私は勝手に思ってます。

 男女別に有償労働(会社での仕事など)と無償労働(家事など)を合わせた総労働時間の国際比較をすると、総労働時間は日本と外国がそんなに違うわけでもないし、日本の女性と外国の男女はほとんど変わらない。日本の女性は世界標準です。世界標準でないのは韓国の男性と日本の男性で、一日のうち圧倒的に多くの時間を職場でだけ使っています。この韓国と日本が少子化に苦しんでるというのは、とても分かりやすいと思うんですよね。少子化に日本ほど困っていない、あるいはダイバーシティー(多様性)が進んでいる他の国の働き方をあっちが標準だと思って改革の方向を決めていくのが必要かなと思っています。

◆働き方を柔軟にすれば生産性は上がる

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 あとは自分の組織にとってどうかということ。ある会社の社長が「働き方改革や女性活躍をやれ」と叫んで、いろんな仕掛けを会社に入れて卒業した。何年かたって自分の後輩の会社の幹部に「あれはどうなった?」と聞いたら、返ってきた答えが「いや、今、それどころじゃないんです。うちの会社は業績が悪いから」。つまりゆとりがあればやるけど、業績を上げるためにやることだというふうにはまだ多くの幹部が思っていないんですね。

 実際のデータとして、働き方改革フレックスタイム制ワークライフバランスを一定期間しっかりやると、相当生産性が上がるという結果があります。なぜ上がるか。私がいつも言うのは、もし全日本の監督になって西日本からだけ選手連れてきたら普通、怒られるよねって。女性は人口の半分で子育てしてる人もたくさんいるわけで、そこの人たちが働きにくいやり方をやっている。要するに一部の人しか1軍になれないというシステムでやってるっていうのはまずいのではないか。

 ただ難しいのは、日本はみんな同じが大好きなので、バラバラに働く人が職場にいるときにこれをワンチームにするまでにはかなり時間がかかる。そこはやはりマネジャーや企業のトップの力が求められるので、そこがやれないと「ワークライフバランスの実現はコストかかるけど、生産性上がらない」っていう答えになってしまう。ここを乗り越えられるかどうかというところに今来てるんだろうなと思います。

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「働きやすさ」と「働きがい」の両方の軸が大切と考える村木厚子さん

◆「働きやすさ」と「働きがい」が大切

 うまく働き方改革やってる会社ってやっぱりトップの意識がしっかりしています。それから座標軸が「働きやすさ」と「働きがい」の両方の軸をちゃんと持っています。働きやすさが働かないという方向に行っては意味がなくて、働きやすさとしっかり働いてしっかり実績が残るっていう座標軸をちゃんと2つくっつけて考えられてる会社はうまくいきます。

 それから、女性活躍とか仕事と家庭の両立を進めると、休むとか、短く働くっていう選択肢をしがちなんですけど、柔軟にするっていう選択肢で相当解決できるっていうことが分かっています。子育て中だからでなくて一人一人が「今日はだめ」という時に、あるいは「こういう事情がある」という時には配慮ができる、その人が一番働きやすく、良い仕事ができるようにと考えてる会社が結果的にはうまくいって、両立もうまく進んでいる。なので、あまり従業員をグループにして分けてレッテル貼るよりは、誰もが柔軟にという方向に動いてる会社の方が、結果としてはうまくいってるかなと思いますね。

 村木厚子(むらき・あつこ) 高知大を卒業後、1978年、労働省(現・厚生労働省)入省。女性政策や障害者政策などを担当。2009年、郵便不正事件で逮捕、10年に無罪が確定し、復職。13年厚労事務次官。15年、退官。全国社会福祉協議会会長。困難を抱える若い女性を支える「若草プロジェクト」呼びかけ人。累犯障害者を支援する「共生社会を創る愛の基金」顧問。大阪大学ダイバーシティインクルージョンセンター招聘(しょうへい)教授。高知県出身。68歳。