薄れる「検察の理念」、内部から「組織風土の問題」…全事件の取り調べ可視化を求める声も(2024年5月20日『読売新聞』)

[供述誘導 広がる波紋]<3>
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「検察長官会同」で訓示する甲斐行夫・検事総長(右は小泉法相)(今年2月、東京・霞が関法務省で)=木田諒一朗撮影
 今年2月下旬、法務省庁舎の地下にある大会議室。検事総長の甲斐行夫(64)以下、全国8高検の検事長、50地検の検事正らが組織運営について話し合う「検察長官会同」は、異様な緊張感に包まれていた。
 その2か月前。最高検監察指導部は、2019年参院選の大規模買収事件を巡り、東京地検特捜部検事の取り調べを「不適正」と認定する調査結果を公表した。検事は、元法相・河井克行(61)(公職選挙法違反で有罪確定)から買収資金を受け取った容疑で任意捜査した元広島市議・木戸経康(68)に不起訴を示唆し、自白調書に署名させていた。
 この「供述誘導疑惑」に前後し、検察の独自捜査事件では取り調べの問題が相次いで噴出した。甲斐が会同で「捜査・公判活動の適正確保に意を配ってほしい」と訓示した後、出席者から「自省」の発言が出た。関係者によると、ある検事正は「無理に自白を得ても良いことはない」と言及。別の検事正は「不適正な取り調べが起きるのは上司の責任が重い」と組織論に踏み込んだ。幹部の一人は「『組織風土の問題』ととらえる発言にはインパクトがあった」と語った。
 甲斐は「検察の理念」に立ち返るよう強調した。それは、09年に大阪地検特捜部が手がけた郵便不正事件で、主任検事が証拠品を改ざんするという不祥事の反省を踏まえ、11年に制定された初めての倫理規定だ。起訴の可否を決められるなど絶大な権限を握る検察官の心構えとして、<自己の名誉や評価を目的に行動することを潔しとしない><独善に陥らない>と明記した理念は、改ざん事件からの再生を図る検察改革の「魂」となってきた。
 だが、最近では「存在感」が薄れているとの見方もある。当時、検察改革を提言した「検察の在り方検討会議」委員を務めた青山学院大名誉教授(刑事訴訟法)の後藤昭(73)は、「筋書きに沿った供述をさせようとする傾向が続いている」とし、「心構えにとどまらず、禁止事項も含めた適切な取り調べの方法を示す指針を作る必要がある」と指摘する。
 一連の問題を受け、最高検が再発防止の柱に据えたのが「指導教育」の強化だ。まず監察指導部の調査結果を検事全員に配布し、問題意識の共有を図った。4月中旬には各地検で捜査の要となっている幹部らを対象に、中堅・若手の検事らへの指導方法を勉強する会合を開いた。
 木戸に対しては、取り調べ検事が不起訴を示唆するだけでなく、強制捜査の可能性を匂わせて揺さぶっていた。また、取り調べの終盤に行う調書の読み聞かせの録音・録画では、直前に木戸が買収の趣旨を否定したにもかかわらず、その発言を記録しなかった。勉強会では、取り調べに関するこうした近年の問題事例が取り上げられた。
 同部は各地検の幹部らに、現場の中堅・若手検事らと議論し、検察の理念を踏まえた適正な捜査のあり方を指導するよう促した。今後は同部の検事も各地の地検を巡回し、議論を重ねるという。最高検幹部は「『適正捜査』に向け、きちんと指揮監督していく」と誓った。
 検察が教育を中心とした内なる取り組みを進める一方、外部からは、制度改革も含めた大幅な転換が必要だとの声も根強い。焦点の一つが取り調べの録音・録画(可視化)だ。
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検察の取り調べについて取材に応じる村木厚子・元厚生労働次官(5月16日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影
 「特捜部の事件で再び問題が発生したことは深刻な事態だ。検察は重く受け止める必要がある」。検察長官会同の翌月、法務省で開かれた可視化制度などの見直しを議論する有識者会議で、刑事訴訟法の専門家がこう指摘した。会議では、供述誘導疑惑でも録音・録画で問題があったことを踏まえ、任意の事情聴取も可視化の対象に含めるべきだとの発言が出たという。
 郵便不正事件で逮捕・起訴され、公判で無罪が確定した元厚生労働次官の村木厚子(68)も、特捜部の捜査を受けた当事者の立場から取り調べの改革について議論を重ねている。
 木戸の弁護人を務める田上剛(65)から今回の疑惑の経緯を直接聞き取った村木は、自身に降りかかった経験も踏まえてこう言う。「捜査のプロである検事と、弱い立場に置かれている容疑者が対峙(たいじ)する取り調べは、検察の『真相と思うもの』が『真実』に変えられていくリスクを常にはらむ。在宅を含む全事件の取り調べを早急に可視化しなければならない」(敬称、呼称略)
 ◆郵便不正事件=障害者団体などが対象の郵便料金割引制度を巡り、虚偽の障害者団体証明書発行を指示していたとして、大阪地検特捜部が09年6月、村木厚子厚生労働省局長(当時)を虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕し、その後起訴した。村木氏は一貫して関与を否定し、無罪が確定した。