インクルーシブな絵本屋さん 重症心身障害のある子育てる石狩の母親 葛藤や不安、喜び一冊に託す<デジタル発>(2024年4月13日『北海道新聞』)

 あかい ふうせん ゆーらん ゆーらん
 おやねを よけて ゆーらん ゆーらん
 
 庄司さんが描いた絵本「ゆーらん ゆーらん」(A4スクエア判など、24ページ、1300円)の一文だ。風船を持って空を散歩する女の子の物語。言葉や絵を理解できなくても、音楽が好きな隼人さんが言葉のリズムを楽しめるようにと考え、作った。抱っこして揺らしながら読むと、隼人さんが声を上げて笑う、お気に入りの一冊だ。「ゆーらんゆーらん」の表紙

「ゆーらんゆーらん」の表紙

 庄司さんは岩手県滝沢市出身。道教大函館校を卒業後、道南で幼稚園教諭として勤務し、結婚を機に幼稚園教諭をやめ、根室市に移り住んだ。
 隼人さんが生まれたのは2012年冬。突然けいれんするように反応しなくなることが何度も起き、帯広市の病院を受診すると、脳のCT画像の半分が真っ黒だった。札幌にある道立子ども総合医療・療育センターに転院し、そこで、全身に腫瘍ができ知的障害を伴うことがある結節性硬化症と、頭を垂れるような発作がある難治性てんかんのウエスト症候群と診断された。いずれも国の指定難病だった。
 1年後に退院して、同センターに近い石狩市で暮らし始めた。隼人さんは泣いてばかりだった。意思疎通ができず、ひたすらあやす日々。幼稚園教諭だった時はどんな子もかわいがれると思っていた。けれど、「何をしてもどんなふうにがんばっても息子は笑ってくれない。目が合わない。育児の喜びが一切なかった。それを感じられない自分を許せなくて、苦しかった」。
隼人さんの育児について思い悩んだ日々を振り返る庄司さん

隼人さんの育児について思い悩んだ日々を振り返る庄司さん

 やがて長女(10)と次男(5)が生まれ、一時的にパートで働きながら3人の子を育てた。母親は自分を犠牲にするものだと思い込み、必死だった。隼人さんが札幌の特別支援学校に通い始め慣れたころ、ポカンと時間が空いて、ふと「自分を大切にしてみよう」と思った。幼い時の絵本作家になる夢を思い出した。絵を学んだことはないけれど、描くのは得意。好きなこと、楽しいことをしてみたくなった。
 22年1月に、最初の絵本を描き上げた。それまで絵本を見続けることができなかった隼人さんが、自分が作った絵本には声を上げて笑った。うれしくて半年で、「ゆーらんゆーらん」など10冊ほどを一気に描いた。紙書籍を1冊から比較的安価に制作できるAmazon(アマゾン)のサービスを使った。絵本「ぺったんこ」の表紙。隼人さんお気に入りの一冊だ。

絵本「ぺったんこ」の表紙。隼人さんお気に入りの一冊だ。

 「ぺったんこ」(A4スクエア判など、28ページ、1300円)は、そのころに描いた作品。リスやトラの親子が、手と手を合わせたり、ほっぺをくっつけ合ったりする様子を淡い色使いで描いた。動物たちの優しい表情が印象的だ。
ぺーったんこ ぺったんこ あなたと ぺったんこ てって!
ぺーったんこ ぺったんこ あなたと ぺったんこ ほっぺ!
 隼人さんは皮膚などの感覚が過敏で、普段は接触を嫌がる。でも、絵本を読みながら、「ぺったんこ」と言って抱きしめると笑ってくれる。絵本「ぼくのにぃに」は、隼人さんと長女、次男をモデルに描いた

絵本「ぼくのにぃに」は、隼人さんと長女、次男をモデルに描いた

 隼人さんと長女、次男をモデルにした「ぼくのにぃに」(A5判28ページ、1300円)は、障害児とそのきょうだいのことを知ってもらいたいとの思いから作った。 
こないだお散歩していたら、よそのおばあちゃんが言ったんだ。
 「まあまあ、かわいそうにねぇ」
 なんで? いっつも抱っこされてるのに。
 ある日、保育園でりなちゃんが言った。
 「ともくんのお兄ちゃん、きもちわるい」  
にぃにって、きもちわるいの? うんこたらすから? よだれたらすから? なんだかこころが、モヤってなった。
 「長女も次男もありのままの兄を受け入れていて、嫌いな時もあれば好きな時もある。偏見も変な気遣いもない。私もかつては隼人をかわいそうと思っていたけれど、わが子をみていて、それが偏見だと気づかされた」と庄司さん。きょうだいたちの寂しい気持ち、周囲の配慮のない言葉で傷つく姿も描いた。
次男(前列中央)の七五三参りで記念撮影する庄司さん一家(庄司さん提供)
次男(前列中央)の七五三参りで記念撮影する庄司さん一家(庄司さん提供)
 吃音のある小学生の物語「うまくしゃべれない ぼくは、へん?」(A4スクエア判28ページ、1300円)は、札幌市のNPO法人「NoLimits北海道吃音・失語症ネットワーク」の依頼で制作した。同法人の理事が隼人さんの発達支援を担当していた縁で、絵本での発信を勧められた。
 自身の絵本を各地の障害児施設に寄贈しようと、23年2、3月にクラウドファンディングを実施。目標を上回る寄付金74万円を集め、重症心身障害児専門デイサービスを中心に全国の400施設・団体に配布した。
 23年4月には、絵本作りを支援活動につなげる場にしたいとネット上に「絵本屋だっこ」を開設した。扱う絵本は50冊以上。庄司さんが絵と文章を描いた26冊と、障害のある人の絵に庄司さんが文章を書いた9冊、ほか趣旨に賛同した9人の作家が無償提供してくれた本などを扱う。収益は、障害のある人の作品はその人に渡し、それ以外はおおむね障害者施設への本の寄付に充てている。「わくわくアニマルしょうかいじょ」の表紙

「わくわくアニマルしょうかいじょ」の表紙

 人気作品の一つ「わくわくアニマルしょうかいじょ」(A5判24ページ、1300円)は、知的障害と自閉症スペクトラム障害がありアーティストとして活躍する愛知県の奥山優さん(24)の絵に、庄司さんの文章を付けた。障害のある人と絵本を作りたいと考えていたところ、ネットで奥山さんの作品を知り、声をかけて合作した。カラフルで個性的な猫やカメの絵が目を引く。「将来は活動を海外に広げたい」と話す庄司さん。多くの絵本で英語版も制作している

「将来は活動を海外に広げたい」と話す庄司さん。多くの絵本で英語版も制作している

 活動は絵本の制作販売にとどまらない。障害のある子を自宅で育てる親に、障害に関するコラムの執筆や一般客からの絵本制作サポートの仕事を発注するため、24年2月に合同会社「はやと」を設立し、代表社員に就いた。
 NPO法人の設立も準備中で、勉強会や障害児の家族の相談室を充実させたい考えだ。「将来の目標は隼人が地域で暮らせる施設をつくること。同じ気持ちで歩んでくれる人を増やしていきたい」と柔らかな表情で笑う。

 絵本屋だっこのサイトはhttps://dakko-ehon.com/