警察の司法取引/透明で公正な捜査が前提(2024年4月13日『神戸新聞』-「社説」)

 兵庫県警が自動車販売会社の元社長や税理士らを逮捕した融資金詐欺事件を巡り、捜査協力の見返りに刑事処分を減免する司法取引(協議・合意制度)が成立していたことが分かった。2018年の導入以来、東京地検特捜部が捜査した三つの事件で適用が明らかになっていたが、警察の事件としては初めてだ。

 検察に比べ格段に事件処理数が多い警察が本腰を入れれば、司法取引は急速に広がる可能性がある。組織犯罪の解明が期待される一方、冤罪(えんざい)を生む恐れも指摘されている。適用状況の丁寧な検証が欠かせない。

 融資金詐欺事件では、粉飾した決算報告書を基に銀行へ融資を申し込み、4千万円をだまし取ったとして計5人が逮捕された。

 司法取引は税理士法人の職員と警察との間で成立した。法人側は粉飾の認識はなかったと容疑を否認したとされ、得られた供述が税理士の摘発につながったとみられる。職員は起訴猶予処分となった。

 この事件への適用は妥当だったのか。捜査当局には公判などを通じ経緯の詳しい説明が求められる。

 司法取引は贈収賄や薬物・銃器、一部の経済事件が対象だが、不適切な運用がなし崩し的に拡大するのを防がねばならない。

 全国初の適用とされるタイの発電所建設に絡む汚職事件では、関連会社の元取締役らが在宅起訴される一方、法人としての同社が取引で処罰を免れた。「トカゲの尻尾切り」との批判が上がるのは当然だろう。

 期待の大きい特殊詐欺事件への適用は限界がある。被害金の「受け子」らはスマートフォンなどで指示され、主犯との接点が希薄だからだ。

 司法取引によって引き出された供述に対し、信頼性に疑義を呈する判決も相次いでいる。従来の地道な突き上げ捜査の重要性は変わらない。

 無実の人を処罰する懸念も拭えない。虚偽の証言で第三者に罪を転嫁する恐れがある。全ての協議に弁護人が立ち会う決まりだが、容疑者・被告の利益を優先するため冤罪防止につながるかは不透明だ。

 19年参院選広島選挙区での大型買収事件では、河井克行元法相から現金を受け取った元市議らに対し、全面的に罪を認めれば不起訴にすると検察側が言及するなど、司法取引まがいの不正な捜査が判明した。

 被疑者に安易に取引を持ちかけ、捜査当局の描いたシナリオ通りに供述させる風潮が広まらないよう、要件の厳格化など歯止めが不可欠だ。

 司法取引は、取り調べを録音・録画する可視化と引き換えに認められた。供述への過度な依存を脱却する狙いもある。透明で公正な捜査を実現する大前提を忘れてはならない。