《“カジノありき”だった》ノンフィクション作家・森功氏が「間に合うわけがない」と確信した大阪万博“デタラメ発注”(2024年5月11日)

下水道も電気も、舗装された道路もなく…

橋下・松井コンビでスタート
〈海外パビリオン、建設申請「ゼロ」 大阪万博 開幕間に合わぬ恐れ〉

 昨年7月1日付朝刊で朝日新聞がそう報じたことにより、マスコミが「大阪万博危うし」と騒ぎ始めた。建設予算も当初の2倍近くになっている。万博の開催を巡るマスコミ各社の世論調査では、「中止すべき」と「延期すべき」の合計が軒並み半数を超えた。

「もうデッドラインは過ぎていると思ってもいい」

 海外パビリオンの建設工事について、日本建設業連合会会長の宮本洋一清水建設会長は、昨年11月27日の定例記者会見でそう言い放ち、物議を醸した。そこへ元日の能登半島地震が起き、ますます万博懐疑論に拍車がかかっている。万博工事が復興の足かせになるのではないか、という声が上がり、政府はその火消しに追われてきた。

 だが、大阪万博の問題は建設工事の遅れだけではない。そもそもなぜ大阪湾の人工島で計画したのか。根本的な疑問も浮かぶ。大阪万博の迷走は今に始まったことではない。

 大阪万博は、元大阪府知事橋下徹と前大阪市長松井一郎日本維新の会コンビが、2010年5月の上海万博を視察したことからスタートしている。このとき日本は民主党政権だったため、政府への提案すらなかったが、12年12月の安倍晋三政権の発足後、大阪の万博計画が本格化する。橋下との入れ替わりで大阪府知事に就いた松井が、官房長官だった菅義偉に相談し、構想が動き始めた。15年から16年にかけて大阪府は「国際博覧会大阪誘致構想検討会」「2025年万博基本構想検討会議」といった有識者会議を設置し、博覧会国際事務局(BIE)に誘致を働きかけるための基本構想を練っていった。

当初は“カジノありき”だった
 もっとも実は橋下・松井コンビの率いる維新の会にとって、万博は大阪湾に浮かぶ夢洲開発構想の一部に過ぎなかった。大阪府大阪市は万博の検討会設置に先立つ14年10月、経済連合会、同友会、商工会の関西経済三団体とともに「夢洲まちづくり構想検討会」を立ち上げた。その〈夢洲まちづくり基本方針〉を読むと、夢洲の構想が一目瞭然だ。はじめに次のように記されている。

〈2017年8月に夢洲まちづくり構想を策定した。同構想において想定されていた「IR」や「万博」に関し、IRについては、国において「IR推進法」が2016年、「IR整備法」が2018年に成立し、それを受けて府市として2019年2月に大阪IR基本構想(案)をまとめたところであり、万博については、2025年に夢洲での開催が決定したところである〉

 その〈夢洲まちづくり構想〉はこうも記す。

夢洲全体を世界中から人々が集まる魅力ある国際観光拠点として形成するため、第1期の成功で大きな注目を集めることが不可欠であり、統合型リゾート(IR)の成否が大きな鍵を握る〉

 つまり夢洲開発はカジノ・IR構想ありきで、万博はカジノ開業後に開く予定だったのである。事実、検討会の具体的な夢洲開発の〈第1期・第2期まちづくりに係るスケジュール〉を見ると、第一期工事がIR整備、万博は第二期工事に位置付けられていた。カジノ・IRは21年から整備を始めて24年半ばに開業、万博は23年初頭から建設を始め、24年中に終える計画だ。むろんそこまでには、夢洲までの橋や道路、地下鉄の延伸といったインフラ整備も済ませていなければならない。つまり万博は、カジノの集客起爆剤として計画されていたのである。

 万博迷走の原点が、ここにある。2016年以降、大阪府の万博基本構想検討会議委員として加わってきた大阪公立大学特別教授の橋爪紳也は、次のように指摘する。

「もともと2014年段階の万博検討会議の大阪案では、千里ニュータウンのEXPOʼ70万博跡地や鶴見緑地など8候補地が挙がっていました。そこから1つを選んで大阪府がまとめ、15年に政府に提案した。その案がIR構想の隣地となる夢洲を会場とするものでした」

 16年12月、カジノを含む統合型リゾート法(通称IR推進法)が施行され、18年7月にIR整備法が成立する。橋爪が続ける。

大阪府大阪市は、IRの開業を先行させ、その後に隣接地で万博を開催する予定でした。IRに向けてインフラ整備を行うことを前提に、そこに万博を誘致したわけです。したがって万博開催時には、道路や鉄道、下水道などのインフラ整備も進んでいるはずでした。政府には、計画の立案から2年ほどで大阪IRの地域認定をしてもらえると考えていました。ところが、認定が2023年の4月にずれ込んだ。その間に万博の誘致に成功した。結果、先に万博が開催され、IRの開業があとになったわけです」 

知られざる300億円の減額
 電気も水道もないなか、パビリオン建設を進めなければならないのも、計画が逆転したせいだろう。ここへ来て、会場の建設費膨張も問題になっている。大阪誘致が決定した2018年11月時点の1250億円が、2020年12月に「最大で1850億円」、昨年10月になって2350億円に膨らんだ。1.9倍になったと騒いでいるのだが、実は当初の1250億円の見積もり自体がかなり怪しいのである。

 大阪府の万博基本構想検討会議における初回会議の議事録を捲ると、事務局の発言がこう記されている。

「事業費につきましては、愛知万博の例などを参考に、会場建設費は1500~1600億円程度、運営費は800億円程度と試算しております。運営費は、原則入場料等で賄うものと想定しております」

 これが16年6月30日のことだ。そこからわずか3カ月後の9月29日の同じ検討会議で、建設費を1200億円から1300億円と見積もっている。なぜ3カ月の間に300億円もコストカットできたのか。大阪府・市の万博推進局に尋ねると、計画面積の縮小などを理由にするが、検討会議では誰もそこを議論せず、関西経済同友会事務局長が辛うじてこう突っ込んでいるだけだ。

〈今まで、どなたも経費についての話をしていないので。(中略)これはこれで大変結構なことなんですけど〉

 先の橋爪はこう指摘する。

「建設費削減の根拠について、詳細に議論された記憶はありません。検討会議の席で話題に出た誘致案の当初予算は、詳細がわからない段階ですので、さまざまな事業費を仮定のうえに積みあげました。大阪の財界や議会、国民の賛同を得るための概算のシーリングに過ぎません。その後、博覧会協会が精査して基本計画を立案した段階で、実施案でどのような予算になるのかは、見えていたと思われます」

 万博会場の建設費用は国と大阪府市、関西の財界で、3分の1ずつ応分に負担することになる。財界から1600億円もの建設費に不満の声があがったため、慌てて見積もりを下げたという説もある。

本記事の全文は、『文藝春秋』2024年3月号と『文藝春秋 電子版』に掲載されています(「 大阪万博のデタラメ発注を暴く 」)。

森 功/文藝春秋 2024年3月号

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